第15話鍛錬の結果

 痛みは始めの内だけで慣れてしまえば案外耐えられるものだった。というよりも、俺の一つのことにのめり込めば周りが見えなくな性質と魔力制御による痛みの代償とは非常に相性が良いのだ。


「マスター……集中なさるのはいいですが、そろそろお休みになられた方が」

「当主様……最初にそれほどまでの魔力制御をする場合では、僅かな気の緩みによって肉体の魔力負荷が狂い爆発する可能性があります……当主様?」


 何かが鼓膜に届いている気がするが、今の俺は魔力制御に全身全霊で挑んでいた。

 

 圧縮、圧縮、圧縮、圧縮―――――――ッ!


 カエデに眉間から流してもらった魔力の感覚、それを一度体験しただけでこの世界に魔力を流入させている根源の一つである俺は簡単に魔力を己のモノと出来た。

 後はマキナさんやカエデの言う通りに、身体を通して異次元から流入する魔力を肉体に押し留めて全身の肉体に貯め込み圧縮するだけ。たったそれだけで俺の肉体は超人的な力を持つようになるらしいのだ。

 

「マスター!これ以上は危険です!本来ならば世界を侵食するレベルの魔力を身体に溜めこみ圧縮した影響で……ほんの僅かな魔力の揺れで連鎖的にマスターの肉体に魔力が暴走し爆発します……ッ!」

「凄まじい魔力制御と集中力は素晴らしいでございます!ですが、緊張の糸が崩れた場合は地域一帯が崩壊する程の爆発が……何より当主様の御身がご心配です……ッ!」


 何か叫び声のようなモノが聞こえる。でも今の俺には魔力制御しか頭になく、まるでナイアガラの滝のように無尽蔵に内側から溢れだす魔力を己の身に溜めこみ、そして魔力で肉体が満たされたら更に魔力を圧縮して無限に供給される魔力を溜め尽くす。

 例え足が骨折して瓦礫の暗闇の中に居ようとも、ルービックキューブを解き続けた俺の精神は決して止まらない。もし止まる時が来るとすれば、それはルービックキューブの全面の色が揃ったように、この肉体の限界値まで魔力が溜めこまれるか、それともこの無限とも思える魔力の供給が止まる時だろう。


 圧縮、圧縮、圧縮、圧縮――ッ!


 肉体は今にも破裂しそうだった。無尽蔵に身体の内側から湧き出す魔力を溜め続け、それをひたすらに全身に巡らせて零れる程に溢れた圧縮する。もはや全身が溶け出すかと錯覚する程の凄まじい熱量と痛みを感じながらも、いわゆる極限の集中の領域に踏み込んだゾーンに入った俺からすると痛みすら気にならない。

 

「駄目です……マスターは完全に精神が極限まで高められておられます。これでは私達に出来ることはありません」

「ですがマキナ殿!このまま当主様を放っておいては危険ではないですか!」

「いえ、これに干渉すれば世界規模の魔力の圧縮が解き放たれて私達もろとも爆発に巻き込まれて消滅します。今はただマスターが魔力制御を極めるまで待ち、その間に雑事はこちらがすることです」

「分かりました!では某は何をすれば良いでしょうか!」

「マスターの求める拠点を買う時はカエデ様が担当してもらいます。機械人形であり外見が異邦人の私よりもこの国の人種と外見の変わらないので都合が良いです。書類などの事務手続きはこちらで担当しますので、家主と会う時はカエデ様にお願いします」

「はい!」


 刹那の気の緩みさえも許されない極限状態。その状況にあって尚、俺の精神のボルテージは最高潮であった。一歩間違えば死、全ては俺自身の集中力に委ねられ死に直面する状況が生きているということを教えてくれる。

 目を瞑ったまま、暗闇で今にも俺の肉体を食い破り外に溢れだそうとする魔力の手綱を握りしめて、終わりのないと思われる内側から湧きだし続ける魔力を支配するのだった。




 んっ?もう限界か……思った以上に肉体は耐えられないみたいだな。


 あれからどれだけの時間が経ったのか分からないが、俺が制御出来る魔力量に限界が来た事を本能的に理解する。

 そうなれば沸き上がり続ける魔力は外側に放出して、肉体に溜まった魔力の安定化を図る。それは思ったよりも簡単な作業で、ナイアガラの滝のように流れ溢れ出る魔力を御すことに比べれば、溜まったものを鎮めることなど欠伸が出る程に退屈であった。


「ふぁ~……疲れた」

「お疲れ様です、マスター。見事に魔力の制御を極めましたね」

 

 大きく伸びをしてマキナさんと会話しながら目を見開くと――


「んっ、あぁ……思ったより難しかったけど、やってみると――なんだこれ?!」


――そこにあったのは光り輝く宙に浮くカードが五枚並んでいた。


「あれから五日間程、魔力制御をしていましたのでデイリーガチャのカードが引かれるのを今か今かと待っております」

「五日間も俺は魔力制御してたんだ……気が付いたら五日も経過してるなんて怖いなぁ」


 極限まで集中すると時間間隔もなくなるので、まるで未来にタイムスリップしたと勘違いしそうになる宙に浮く五枚のカードを眺める。


 レアが4枚。スーパーレアが1枚か……ガチャ排出率考えるとそんなもんか?いや、『美少女大戦』通りの排出率とは限らないしなぁ……運が悪いのか良いのか……。


 青く輝くカードと赤く輝くカードの合計5枚を見つめて。


「そういえば旅館の件はどうなった?」

「そちらは家主の方から早急に売買契約を迫られたので即決で10億で買いました」

「なんで早急に……?」

「マスターが鍛錬の間に世界情勢はより不安定になり、現金化を望んだ結果でしょう。リゾート開発に失敗した旅館など、この時勢では持っていても何の得にもなりませんから」

 

 そう言ってマキナさんはタブレットを渡してくるので画面を覗く。


「……世はまさに世紀末と言った状況だな」


 マキナさんがまとめた世界の重要ニュースを眺めるとそれは地獄と言ってもいい惨状であった。


 アメリカ合衆国は推定3000万の死霊が大陸中に散った結果、経済は完全に麻痺し対抗できる一部の異能者たちの集団が巨大な自治区の建設に励んでいる。中東はまさに地獄絵図で魔女狩りにキレた上位の異能者たちが本格的に国々を相手取り戦争を始め。アフリカでは内戦どころか支配者層が軒並み呪殺されて無政府状態。中国は周辺国に侵略をした結果、逆に侵略された国の異能者達が団結して自国を守る為に立ち上がって戦争状態になるのが功を奏して周辺国は内政が安定している。そして――


「日本は日本で滅茶苦茶だなぁ……」


――RPG系ゲームの職業である勇者とFPS系の兵士を持った中年二人が暴れる異能者を殺し回っていた。


 『ウォーウォーウォー』と言うマイナーFPSゲームの兵士の職業による、銃火器と無限リスポーンという不死性を持った柳生伍平<<やぎゅう ごへい>>。

 有名RPGの勇者の職業を持った田中平田<<たなか ひらた>>の最強コンビである。


 FPSの無限リスポーンとRPGの特性である倒した存在から経験値を得るシステムを組み込み無限レベリングによって、高レベルになった勇者田中の力により、一度訪れた場所に転移する魔法を利用して日本各地で暴れる異能者を狩りまくっていた。

 絶対に死なない柳生のゾンビアタック戦術に加えて、超人的な筋力と魔法の両方を使い追い詰める田中の二人に勝てる異能者は存在せず、破竹の勢いで日本に治安回復に励んでいる。


「うん。正義の異能者で良かったけど……無限リスポーンでレベリングって凄いな」


 これは両者の協力がなければ決して成し得ない裏技のようなものである。

 絶対に死なないからと自分を殺され続けることを許可した柳生さんも凄いが、今まで一般人の田中さんも高レベルになるまで柳生さんを殺し続けるメンタルも凄い。

 そしてそんな二人が出会った幸運によって日本の治安が不安定ながらも崩壊してないことに感謝しつつ。


「それでカエデさんは何処に行ったのかな?」

「カエデ様は旅館の方で先に待機してもらってます。この世界的な恐慌状態では旅館の維持と防衛にも気を付けなければいけないので」

「なるほど。それじゃ、俺も目が覚めたことだし……旅館に行くか」

「はい。既に準備はしておりますが……その前によろしいでしょうか?」


 既に旅行鞄を用意しているマキナさんはスマホを渡し。


「お義母様がマスターを心配しておられますので、ご連絡した方がよろしいかと」

「あっ……あー……うん……」


 例え魔力制御が出来るようになろうと、最強の美少女たちの主であろうとも――


「連絡するか……5日も放置しちゃったけど……あぁ……」


――自分の母親は怖いのであった。

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