第35話美少女達の風呂番
「主殿、今宵の風呂番は誰になさいますか?」
「風呂番……?」
旅館に着いて早々に、一日の疲れを癒す為に温泉に入ろうとしたらカエデさんが俺を呼び止めた。
「ここはカナリア殿が旅館の要塞化を進めているとはいえ、今だ不完全な警備体制でございます。万が一、口伝様のようなURに匹敵する異能者が襲ってくるとも限りませぬ。その場合は無防備な状態で湯に浸かる時が最も危険、つまり主殿の身を守りお手伝いをする御方を選んでいただきたくございます!」
「あー……だから、皆は女湯に入らずに俺を待っているのか……」
男湯と女湯の暖簾がある間に、カエデを含めて八人の美少女達が期待の籠った視線でこちらを見つめてくる。確かに湯船に浸かる時は最も無防備と言ってもいいが、彼女たちにとっては紙よりも薄い壁など、俺の身に危機が迫ったらすぐに突き破りそうなものである。
だがそれでも、わざわざこのようなシステムを作り上げるのはには明確な理由がある。つまりはただ単純に俺と一緒に風呂に入りたい訳でもあるのだが――
これから毎日、美少女が増えるとなれば明確な線引きは必要不可欠。お互いのコミュニケーションの不足に陥らない為に、こうやって二人だけの時間を作って相互理解を深めようという訳だな!
――風紀の乱れを許さないトウカさんが異を唱えないのはそういうことなのだろう。湯船に浸かり二人だけの時間、その効果はカナリアから実証済みである。ゲーム風に言うならば絆ゲージを増大させる温泉イベントだ。
「それなら……最初はマキナから召喚された順番に行こうか」
「選んで下さり光栄です、マスター」
やはり最初に選んだのはマキナであった。こういうものは順番になぞった方が角が立たず、そして一日に何回でも風呂に入る機会があれば十分に全員を数日で回せることになるだろう。
「やっぱり最初はマキナだよねぇ……まぁ、ボクの予想通りかな?うん、昨日も一緒に入ったんだし、ここは当然の選択と言えるね」
「くくっ、やせ我慢はせぬ方が良いぞ?我はもう番いとして同衾を果たしているのだから、たかが湯浴み程度で騒がんがな…………チッ!」
「主殿~!それならば次は某と言うことですね!やったでござる!運が良いのだ!」
「いえ、順番から考えれば主が次にカエデ様を選ぶのは当然のことでは……?」
「私にとってはお兄ちゃんの中に入ることが大事だから別にいいもん!」
「導師様とのお風呂に入れなくて残念です!でもミラクルちゃんは後悔なんてしません!」
「もし司令官に不埒な真似をすれば、本官が突撃を仕掛けるのでご覚悟を!」
嬉しそうに俺と腕を組むマキナとは対照的に、選ばれなかった美少女達は心底悔しそうな表情をしている。本当は全員で一緒に温泉に浸かることも考えたが、それはそれで俺の理性が吹き飛んで内なる獣を呼び覚ます事態になるので口には出さなかった。
何か励ましの言葉を言うより早く、マキナに連れられて更衣室に入った俺はそのまま服を脱ぎ、すでに交わったとはいえ気恥ずかしさから浴室へと駆けこんだ。
「たった一日でここまで出来るのか……」
錆も汚れも完璧に掃除され、まさに新品同然の浴室を見て俺は驚愕する。カナリアとゴーレム達が整備したのだろうが、ここまで本格的に旅館としての機能を完全に回復させる技術力の高さに感服するしかない。
磨かれた大理石の床、鏡も湯気の籠る室内で曇り一つなく、湯桶からシャワーまで全てが一新されている。
「カナリアは伝説の錬金術師ですよ。その気になれば平地に一時間で築城することも可能な程です。最も、今回は既存の設備を改築してからの仕事でしたので今だ不完全と言わざるを得ませんが」
「これで不完全か、マキナはどこまで求めているんだ?」
「無論、完璧です。マスターにとって最高で最適の環境、御身を守るに相応しい強固では足りない完全な要塞…………そして神話や伝説の美少女達や御子が住むに相応しい旅館です」
「御子?」
なんでもありませんと、と俺の問いに笑みを零すマキナ。ツインテールの髪留めを外して、銀糸の腰まで届く長い美しい髪を下ろす。最初に出会った頃は、感情の見えなかった瞳に光が宿り、僅かに上気する頬を携えたままに俺の手を掴み。
「それでは身を清めましょう。これもマスターとしての義務ですよ?」
マキナに言われるがままにバスチェアに座らされ、効率的にまさに神速と呼べる速度でスポンジで俺の身体の汚れを落としていく。無駄のない動きでありながら、丹念に足先から首筋まで擦り垢を落とし、シャワーで洗い流すと同時に頭髪をシャンプーと繊細な指使いで揉まれる。
まさに極上のリラクゼーション。尽くすことに喜びを覚えるマキナは、どこか口元が緩んで心底楽しそうに俺の頭髪を揉みあげる。
「気持ち良いですか?マスター」
「ん……ああ、最高だよ」
「なら、もう他に選ぶべき美少女は私だけで良いですよね?」
「…………いや、それは駄目だ。これは二人だけの時間を作って親交を深める儀式でもあるんだから」
耳元で艶のある声で悪魔の誘惑をするマキナに驚きながらも、俺は鋼の意思で拒否する。これで風呂番をマキナが独占すれば他の美少女達の反発もあるだろうし、もっと他の美少女との交流を深めいので断るしか選択肢はない。
その答えにマキナは少し残念そうな声を上げて。
「では、先に湯船にお浸かり下さい、マスター。私は身を清めてからご一緒します」
「俺もマキナの身体を……いや、それは駄目だな」
洗われたからのだから次はこっちの番かと思ったが、マキナの四肢をスポンジ越しとはいえ身体を洗うのは理性が耐えられそうにないので諦める。
なんとなくだけど……トウカの視線というか圧を感じる……。
風紀を乱すことは許さないというトウカのことだから、気配でこちらの動向を察知していても不思議ではない。というより、ゲームだと戦場全体を見回せる『軍神の睨み』というスキルがあるので、風紀委員の規律からの逸脱は許さなさそうだ。
そんなことを考えて湯船に浸かっていると、露天風呂の見える窓から竹柵を登ってこちらに侵入しようと試みる不届きな美少女が居た。壁などあってないものと、産まれたままの姿で一足飛びにフィスターニとフェラブルが男湯に潜入するのだが――
「あっ……速攻で回収された」
――こちらを見つめて満面の笑みで駆け寄ろうとする寸前で、鬼神の表情をしたトウカに首根っこを掴まれてそのまま女湯に放り投げられる。本人はいつの間に着替えたのか軍服のまま、顔を朱に染めて一礼してすぐさま退散した。
「どうしましたか、マスター?」
「いや、なんでもない」
身体を洗ったマキナが隣で一緒に温泉に浸かり始めるので、俺は今し方見た光景を見なかったことにして頭の隅に追いやり、首をコテンと俺の肩に乗せるマキナが――
「夫婦水入らずですね、マスター」
「そうだな……マキナ」
――全力で水を差そうと侵入してきた不埒者のことをマキナには絶対に伝えまいと内心で覚悟を決め、俺はマキナとの初めての入浴を楽しむことにするのだった。
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