第36話据え膳食わぬは男の恥

「予想していた異能の職業持ちが現れない現状、マスターが表に出るのは危険です」

「やっぱりそうなるか……」


 温泉に浸かりながら、マキナと今後の活動について話していた。口伝様の一件で国家の防衛能力が低下した以上は、このまま放置すれば破綻するのは目に見えていたので自身の能力を国の為に役立てたいと思っていたのだが――


「それに政府は異能者の身体にキルスイッチとなるカプセルを注入することを検討しています。マスターの肉体であれば耐えられますが、状況次第では保護を求める異能者の抹殺すらも考える相手の指揮下に入る必要はありません」

「口伝様のせいで、異能者の危険度は跳ね上がったからなぁ……今までは対岸の火事だったけど、自衛隊が半壊する程の損害を受けたら危険視するのは当然か」

「それにマスターの美少女召喚があれば、いずれは神話と伝説で語られる英傑たちで構成された軍団を作り上げられます。そうなれば国家崩壊後に、マスターが率いた軍団で日本の再興は可能です」

「それまでの犠牲は許容しろってことか?」

「いえ、それまでの間は私達の自警活動で十分だと言う訳です」


――マキナから全面的に止められた。国家の中枢にまでアクセス出来る能力を持っているので、政府が異能者に対する過激な対応に出ることを懸念し、そして家族すらも人質にする可能性があると言われれば、俺も迂闊な行動が出来ないので同意せざるを得ない。


「マスターや口伝様のように、個でありながら軍を率いることの出来る異能者のことを考えれば、先に手札を見せる事は危険。そして想定される異能の中には暗殺に長じてる者も居ることも考えて行動すべきです」

「あるゆる神話、伝説、そして物語やゲームの職業まで想定すると顔出しはマズいってのは理解出来るが……RTS系のゲームだと軍団を率いたり出来るからな」

「美少女召喚師の力は大器晩成型。時間が経つほどに力が飛躍的に増大する異能者は、まだ力を隠して潜伏してる可能性が高いです」


 大軍を率いるゲームは数多くある。特にソシャゲの類ならば、文字通りに神話クラスの存在を仲間にしているので警戒して然るべきだ。俺も当初から懸念していた、有名ソシャゲの異能持ちが全く表に出て来ないのは不気味に感じていた。


 神話や伝説の存在を率いるゲーム、強大な魔物を仲間にするゲーム、果ては神として世界を開闢するゲームと、有名なソシャゲには色々とあるが、日本で流行っているモノに限ってもこれらは必ず居る筈なんだがな……。


 俺と同じように治安を乱す真似はしたくないのか、それとも国家転覆の為に力を溜めているのか分からないが、もし激突することとなれば大惨事は確定であるので避けなければならない。治安維持に励んでる勇者様達の戦力評価はSSR級、個としては十分に強大であるが、軍勢を使役するタイプでは圧倒的な質と数の誇る暴力で駆逐されるだけだろう。

 それに俺は慕ってくれる美少女達を失いたくないので卑怯ではあるが、限度を超えた蛮行をしない限りは逃げに走るつもりだ。


「まぁ、他の異能者も同じような警告を召喚された仲間たちから受けている可能性が高いな」

「同じ軍勢を率いる異能者ならば、私のような参謀となる者が傍に居るはずですからね」


 もしかしたらお互いに他の異能者の脅威に怯えながら戦力を蓄えているだけかも知れない、と思い至って全身の力を抜く。どうせ日本中の監視カメラにアクセス出来るマキナに尻尾を掴ませないような相手では身構えすぎても疲れるだけだと悟り。

 ふぅ、と俺は肺に溜まった息を緊張と共に吐き出して。


「しばらくは身を伏せるか……」

「正しい選択だと思います、マスター。それでは話も終わったことですし、湯から上がり食事にしませんか?」

「そうだな、夕飯でも食べ…………誰が料理を作ったんだ?」

「リティアさんがご用意しました」


 エルフのリティアの料理と聞いて、脳内では精進料理が思い浮かぶ。肉はなく野菜中心の美食より健康と節制を心得たような食事が出そうだと思いながらも、マキナと一緒に俺は湯船から上がり――


「エルフの作る料理か……それは楽しみだな」


――いずれは百人を超える美少女たちとの食事をする大宴会場ではなく、二十人規模の宴会場となっている和室『和月』で食事の始まりを楽しみにしている美少女たちの下へと向かうのだった。



「やっと来たな、主よ」

「ちょっと会話が長引いちゃってな……それより俺の料理だけなんで隠されているだ?」


 宴会場に入ると座椅子の上に座っている美少女たちが俺を待っていた。全員が普段している格好ではなく、旅館にあった和服に着替えて、魚と野菜の彩り豊かな和風料理に近いモノが並べられている。だが、肝心の俺の席には料理が置いていない。

 予想外の事態に俺は困惑を隠せずに居るとフェラブルはくつくつと笑い。


「なに、主には特別な料理を用意してあるだけだ。リティア、見せてやれ」

「はい……これが主様の料理でございます」

「まさか……えっ、本当にこれって……」

「くくっ、これで分からぬ愚かな主でないであろう?今宵の愉しみの為にはたっぷり精を付けて、我らは飢えなければならぬからな」


――――濃厚なタレでたっぷり浸かった鰻丼、磯の匂いのするぷるっと新鮮な生牡蠣、肉巻きの肉汁の垂れる赤身のおにぎり、食欲を刺激する湯気が立つアサリのスープとまさに精力をたっぷりと付ける為に用意された料理たち。


「主はもっと貪欲にならねばならぬ。これは我々の総意であるから、逃げだすことは番いとして許さぬぞ?もちろん、我だけを選ぶというのも良いだろう」

「トウカ……これは風紀の乱れではないかな?」

「司令官。本官は組織の士気高揚の為に必要不可欠と判断致しました!それに健全な男子たる者は、据え膳食わぬは男の恥でございます!」


 背筋を正し、顔を真っ赤にしながらもトウカはそう言い放ち、周りの美少女達も全員が肉食獣のような食欲に代わる何かを発しており助け舟はない。つまり俺は飢えたライオンの檻の中に放り投げられる極上の肉。そして目の前にあるのは生贄の最後の晩餐と理解した。


「頂きます」


 俺はもうここまで来れば退路はないと覚悟をして、目の前の精力のたっぷり付く料理にがぶり付く。そして同時に美少女達も目の前の料理をとり始めて、満足そうに食事を始める俺を肴に美少女達の食事は進んでいくのだった。

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