第3話異変の前兆

「ふわぁ……眠い。流石に朝方までは身体に堪える――――なんだこれ」


 俺は自販機でエナジードリンクを飲みながら大学へと向かう通学路の中で、奇妙な痕跡を見つけた。

 いつもの通学路の石垣に魔法陣が描かれているのだ。それも血で描かれているのか、僅かに血の匂いを放つそれは線もグチャグチャで不格好な魔法陣は、仄かに光を放って脈動するかのようにドクン、ドクンと心臓の鼓動の音が聞こえてくる。


「なぁ、これなんだ?」


 俺はその魔法陣に集まるサラリーマンや主婦、大学生の人達の中に知り合いを見つけたので何となく尋ねてみると、最初は怪訝な顔で振り返り、知り合いであることを思い出したのか表情を和らげたあと。


「分からん。俺もさっき人が集まっているのを見て興味本位で眺めているだけなんだが……なんなんだろうなコレ?」

「魔法陣だよなぁ……それもなんかヤバい感じの」

「だよなぁ……とりあえず警察に連絡してあるみたいだけどさ。これどうすんだろ?」

「さぁ、適当に消すんじゃないか?」

「というか見てると頭がクラクラしてきた」


 スマホでネットに上げる知り合いを横目に、謎の魔法陣の詳細をマキナなら分かるかも知れないと写真で撮影した後に、誰かが呼んだ警察が魔法陣に集まる人を散らしていく。俺も特にそれ以上の興味はないので知り合いの小鳥遊と一緒に大学へと向かうことにした。


「そういえば、大刀の職業はなんだった?」

「ん?あー……俺はただの学生だよ」


 小鳥遊には悪いが嘘である。そもそも知り合いレベルの奴に本当の職業を言う訳がない。これがどう将来に関わってくるか分からない上に、そしてなにより――


 美少女召喚師なんて恥ずかしすぎる上に信じてもらえないだろうしなぁ……。そもそもほぼ自己申告でしか職業分からないから嘘付いても問題ないのが不安だ。


――なによりも俺の尊大な羞恥心が許さなかった。


「そっちは学生か。俺は研究者だったぞ」

「なにそれカッコいい」

「一応は、微生物学での研究に熱心だからな……まぁ、この職業になったからと言っても何が変わるかなんて分からないのだけどさ」


 研究者になっても小鳥遊に何か肉体の変化が起こったと言う事はないらしい。昨日の今日であるから実感出来ないのかも知れないが、ネットに話題になっている超能力者や魔術師のように異能が使えたら良いな、と馬鹿話をしながら大学に着いて別れる。

 俺は倫理学の講義を受けに講義室に足を運ぶと、やはり昨日のあの事件の影響なのか出席者は少なかった。俺自身も寝不足であり、同じように朝方まで情報を集めていたり、ネットで騒いでいて寝ているのだろうと推測して席に着く前に小野と川口の傍に行き。


「おはよう。昨日の声を聞いたか?」

「あぁ、聞いたぜ。職業は学生だった。ハズレだよなコレ」

「俺は備える人だ。日頃から終末に備えていたが、まさかこんな形で職業を取得するとは皮肉だな。身体能力の向上は見られたが、それ以外に特筆すべて点はない」


 小野は学生。普段から茶髪にピアスに柄の派手な服を着る典型的なチャラ男であるのに職業は普通であるようだ。川口は備える人。日頃から鍛えた分厚い筋肉と高身長の巨体はゾンビものが好きで趣味で終末に備えている結果で得た肉体だ。


「俺も学生。職業ごとに恩恵があるらしいけど、学生じゃ頭が少し良くなるとかそんなもんだぜ、きっと」


 もちろん嘘である。誰が美少女召喚師と頭の狂ったことを言うか。


「そんなこと言ったら備える人も、有事の際にしか何の力も発揮しないぞ。身体能力も本当に握力が五キロ強くなった程度だ」

「おめぇは良いよ。目に見えて肉体に変化があるんだし。こっちはただ学生と言われて、世界規模の異常事態なのに置いていかれた気分だぜ」


 チャラ男は職業に不満があるようだ。俺もネットを見る限り、それぞれの職業の特性に合わせて技術が向上しているのを見て若干羨ましく思うし、特に目に見えて恩恵のない学生で嫉妬しているのかも知れない。


「この大学でガチの異能持ちっているかねぇ……」

「異能って言うと、ネットの超能力者や魔術師とかのアレか?」

「そうそう!空飛んだりしてる奴が大勢に撮影されてバズってるし、それにこの記事を――ってなんだこれ!」


 チャラ男の驚愕の声が講義室の学生達の視線を集める。そしてそれに反応するかのように、ネットのニュースを見ている学生たちが各々に驚愕の声を上げているので、俺と川口もスマホを立ち上げると緊急ニュースとツイッターの衝撃動画で固まる。


「おいおいおい、初っ端から飛ばす馬鹿野郎が居るのかよ……」

「確かに警備マニュアルに超常現象の対処法がないとはいえ……これはマズいな」


 俺達がスマホで眺める光景には、半透明の骸骨の幽霊たちがアメリカ合衆国大統領の魂を連れ去る瞬間だった。


 それは今回の謎の声に対する政府の公式な声明の緊急記者会見の最中に始まった。地面から湧き上がるように三人のゴーストたちが大統領の身体に纏わり付き、SPが引き剥がそうとするがゴーストの身体をすり抜け、そして大統領は断末魔の叫びと共に半透明の霊体が身体から抜け出てゴーストに連れ去られ肉体が倒れる落ちた。

 そして騒然とする緊急記者会見は打ち切られて、呆然とするキャスターが映し出される所で動画は終わる。



「政治家で更に大統領となれば狙われて当然だし、テロリストが異能の使える職業で真っ先に大統領を狙ったんだろうね」

「命を狙われる職業で、覚悟はしていたのだろうが……魂すらも奪われるとは恐ろしい」


 今回の大事件で分かったことは世界が大きく変わり始めることだ。

 表面的な軍事力は意味を為さず、一部の異能による暗殺やテロ行為が最大の脅威となるのは想像に難くない。何しろ今回は襲撃者は物理的には無敵のゴーストである。これが街で無差別に襲えば、誰も対処も出来ずに殺され――


 いや……俺は対処出来るのか?それと他の異能を持つ職業も。


――ると思ったが、『機械仕掛けのマキナ』の力を思い出して思考が一瞬止まる。


 彼女のゲーム内で発揮していた力は魔力であり、アンデッドや非実体の存在にも攻撃が通用していた。もしそれが今回のゴーストにも対応できるとしたら、今の俺が手にしている職業は要人にとっては喉から手が出る程に欲しい力なのではないのだろうか。

 そしてそれと同時に俺の職業が権力者にとってどれほど危険なモノかも自覚する。


 美少女大戦のキャラクターたちは現代社会では対応出来ない能力持ってるのが相当居るよな……。呪術師の呪殺なんて防ぎようもないし、死霊術師なんて今回の事件と似たようなことも行える……それに単純に物理に特化したタイプでも設定通りならビルなんて吹っ飛ばせるし、魔術師も精神操作とか含めたら……あれ?俺の職業って危険すぎない?というか俺以外にもゲームの職業を手に入れてる奴が居たら……。


 見た目は美少女で中身は戦略兵器級の存在。そんなものを俺は召喚出来る能力があると知って震えが止まらない。何故ならそれは、俺がゲームをやり込んだ結果にこの職業を手に入れられたのならば、他のゲームでも俺と同じような職業を得ている人が居る可能性が高いからだ。


 もしゲーム内の職業を得た人間がゲームの数だけ居るとしたら……。


「おい、凄い汗だぞ?大丈夫か?」

「確かにこの映像は衝撃的だからな……超常の力を持つ職業の人間が暴れ出したら世界が大きく変わる危険も――なっ……ッ!どうしたんだ!」

「ごめん。ちょっと俺にはやることがある……ッ!ヤバい事態になったら俺のマンションに来い!」


 気が付けば俺は駆け出していた。最悪の状況が訪れる可能性が頭を過ぎり、今すぐにでも身の安全の為に『機械仕掛けのマキナ』の傍に居たかったからだ。

 俺は必死で大学の構内を必死で駆け抜ける。他の学生が奇異の目を向けたりするが気にしてなんていられない。カバンを放り投げ、財布とスマホの最低限の荷物を持ち、一分一秒の時間が惜しいので大学を出るなりタクシーの前に飛びだして乗り込む。


「お客さん危な――」

「金はいくらでも出す!俺を家に送り届けてくれ!」

「えっあっ……あ、はい。それで住所は――」


 俺はすぐさまにマンションの住所を伝えて、車が発進するとともに窓の外を見る。


「心配し過ぎか……」


 外はまだ平穏無事であったが、それでも油断は出来ない。もし俺の予想が的中しているのであれば、昨日の声の後に眠った人間の多くがほぼ目覚めてくる時間帯だ。そして俺が恐れている職業を持っているであろう種類の人間は夜更かしをしているのは確実である。


 ゲームの職業を得ている人間が自身の力を自覚したとして……どれだけの人間がその力を使わずにいられるかのか。そして職業になるまでのめり込むタイプのゲームの中に、本人ですらコントロール出来ない職業があったとしたら……。クソ、朝の怪しげな魔法陣を見た時点で家に引き返すべきだった……ッ!


 登校中に見かけた脈動する魔法陣という超常の産物。それを見て呑気に知り合いと馬鹿話をする前に気付くべきだった。俺が『機械仕掛けのマキナ』に酷似した存在を召喚出来たように、他の人にも似たような異能の職業を持っている可能性があり、そしてなによりその力を試そうとする悪意を持った人間の存在を。

 そんなことを考えながら、ツイッターで次々と流れ始める不可思議な映像や写真を見つめ――


「ひぃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「痛ッ!ちょっとどうしたんで……す……か……まじかよ」


――スマホを眺めていると、運転手の悲鳴と共に急ブレーキが踏まれ頭をぶつけて正面を見る。


 そこには緑黄色の粘液を纏ったタコの足のような五メートル程の触手の塊が交差点に広がっていた。吸盤の代わりに目玉が生えており、その一つ一つがギョロギョロと絶え間なく動き獲物を定めたのか通行人の主婦と思わしき女性の視線の全てを集める。

 そして蛇に睨まれたカエルのように動けない女性はこちらに顔を向けて。


「た、たすけ――ぎゅぁ……ッ!」


 助けを求める声は虚しく、次の瞬間には触手に絡めとられて、ヤツメウナギのような円形に生えた歯の口の中に放り込まれた。

 断末魔は一瞬、あの巨体に丸かじりをされれば即死だったのだろう。


「バック!バック!バックしろぉ!」

「ひゃぁ……あぁぁぁ……ッ!」


 目の前で人間が化け物に捕食される異常事態にタクシーの運転手は反応できずにいた。俺は必死に後部座席から呼びかけるが、恐怖で固まって動けない運転手を見て。


「俺は降りるぞ!なんなんだあの化け物は……ッ!」


 交差点で触手を伸ばす化け物は次の獲物を狙う為にズルズルとこちらに向かってくるので車から出る。魚の腐ったような腐敗臭が鼻腔を刺激し、反射的に袖で口を塞いで駆け出す。

 周囲には後続車がバックで逃げだし、通行人は化け物とは反対方向に駆け出すか建物の中に避難している。俺もそれに続こうとすると、緑色に濡れた大型トラックがこちらを目掛けて突っ込んで来るので反射的に舗道に避けると――


「ぎぃをゅゃぉぇぅぇぉゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


――凄まじい激突音と共に大型トラックに触手の塊が撥ね飛ばされた。


 フルスロットルで突っ込む大型トラックの破壊力に、流石の化け物も耐えられずに断末魔の叫びとともにビルの壁に激突して潰れる。そして追撃をするかのように再びトラックがバックをして。


「流石の化け物も大型トラックには勝てないかぁ……」


 激突音と共に今度はビルとトラックに挟まれて、触手の塊の化け物は今度こそ死んだように思える。それでも何度も何度もトラックで追撃の突撃をした後はタイヤで死体を念入りに踏みつぶす光景にドン引きしているとトラックはそのまま何処かに走り去っていった。


「現代舐めんなファンタジーと言うか、流石に大型トラックの重量で殺せない化け物とかになるとマジで詰んでたな。というかなに、あのトラック……」


 巨大な触手の塊の死骸を見て、この化け物の存在も謎ではあるが、それと同時にあの大型トラックの存在も大きな謎であった。前面が緑に液体で濡れていたから他にも化け物を轢き殺していたのだろうが、なぜ化け物を殺し回っているのだろうか。

 

「助かったからそれでいいか……」


 謎の轢き逃げトラックの存在は非常に気になるが、考えても答えが出ないので俺はその場から駆け出してマンションに向かうことにした。建物に隠れていた人達も化け物が死んだことで道路に出てきて、呑気に触手の怪物の死骸の写真を撮っている。


 あのトラックの存在が他の化け物が存在していることを示唆しているけど、こんな出来事は世界中で起きているのか?それとも俺のような異能の職業持ちの仕業か?


 スマホのテレビではまだ日本で化け物が出現したというニュースはやっていない。どうやらこの街で始まったばかりの事件であるようだった。SNSも今はアメリカの事件の話題で持ち切りである。

 

「この事件はまだニュースになる程に時間は経過してないか……世界でも似たような事件は起きているけど、こんなクトゥルフみたいな化け物じゃないし別口だな……」


 幽霊、精霊、狼人間、ゾンビと世界各地で小規模で化け物が暴れているが、どれも統一性はなく軍隊や警察によって対処されているレベルだった。幽霊相手には有効打はないので手こずっているようではあるが。


「ん?」


 そんなことを考えながら走っていると、一瞬だけ路地に黒いドレスコートを着た女が視界の隅に映ったが気に留める余裕もなく、あっという間にマンションへと辿り着く。


「頼むから家に居てくれよ……ッ!」


 俺はこの異常事態の唯一の解決策になりそうな彼女の手を借りるべくエレベーターのボタンを押して部屋へと向かう。

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