第2話デイリーガチャ

――――prrrrrrrrr


 スマホのアラート音で目が覚める。睡眠時間は僅か五時間程であったが、流石にあの世界規模の幻聴で気持ちが高ぶっているのか睡魔は不思議と感じなかった。

 俺は転がるようにベットから落ちて起き上がり――


『美少女召喚師、大刀気合 だいとう きあい様。デイリーガチャです』

「は?」


――目の前に金色に輝く『美少女大戦』お馴染みの召喚カードが浮かんでいた。


 金色の幾何学模様のカードの指す意味はSSR確定のカードであること。スマホで慣れ親しんだガチャの画面の一場面の光景が眼前に現れて思考がフリーズする。


「…………………………………初回ってナビキャラのマキナだったよな」


 時間にして数分。無駄に明るい光り輝くカードを前にして、ようやく絞り出した声はゲームの初回特典であるSSRカード『機械仕掛けのマキナ』であった。

 簡単に言えば、それはゲーム内のチュートリアルを説明するキャラクターであり、演出としてガチャの初回は必ず『機械仕掛けのマキナ』が出る。性能はSR相当で、あくまでチュートリアルで与えられるカードなので中盤から使い物にならなくなるが、最初に引く美少女カードである為にイベントは豊富である。ラノベ五冊分位の専用ストーリーが用意されている気合の入れようで、イラストサイトでこのソシャゲを検索すると一番描かれているキャラクターだ。


「さてと……フリーズした俺の思考が動き出したことだし。どうするか……」


 目の前にはソシャゲでお馴染みの召喚カード。それもご親切なことに俺から手を伸ばせば届く距離に浮かび、そして俺に合わせるかのように距離が一定に保って離れない。つまりはこのまま無視して大学へ行けば、俺は目の前に光り輝くカードを浮かべたまま歩く怪人として注目を浴びるだろう。


 触りてぇ……けど、これ触って大丈夫なのか?仮にゲーム通りに美少女カードだとしても……ヤンデレキャラと狂信キャラとかサイコキャラとか引く可能性あるしなぁ……ゲーム内では絶対安全圏の主人公でもリアルだとどうなるんだ?仕様通りに『機械仕掛けのマキナ』だとしても……めんどくせぇ……ッ!触るか!


 考えるのも億劫になり後先考えずに触れてみると――


「うぉ……ッ!」


――金色のカードに触れた瞬間に部屋全体が発光したかと錯覚する程の光量が発生した。


 黄金の粒子が部屋を舞い、部屋に満ちたと思った途端にカードのあった場所へと収束して小さな点となる。そして瞬く間に点が膨張して人が入れる程の黄金の球体となり、俺の認識が追い付く暇もなく球体が割れる。


「召喚師、大刀気合 だいとう きあい。私は個体番号000番、マキナ。この瞬間より、貴方をマスターと認め、召喚に応えました」

「…………………………………ぅん」


 球体の中には美少女が居た。より具体的に言うならば、美少女大戦でお馴染みのナビゲートキャラである『機械仕掛けのマキナ』の姿をした女の子だ。

 銀糸の長い髪を二つの長方形のSFチックな髪留めでツインテールを作り、表情からは感情が抜け落ち、その蒼い瞳にはなんの感情の色は浮かばない。ピッチリとしたボディスーツは身体のラインとくびれを浮かび上がらせて、真っ白な生地に青いラインが引かれている。僅かに膨らむ胸の中央には稲妻を宿したコアが埋め込まれて、そこから伸びる光の線と脈動するかのような光がなければアンドロイドだと誰も気付かないだろう。


 生で見ると……マジで可愛いな。でも待て待て待て、俺をマスター認定したのはともかく、こんなオーバーテクノロジーの産物のようなアンドロイド美少女をどうすれば良いんだ?


 そう一番の問題点は現代にこんなアンドロイドが現れて、そのマスターとなった俺はどうすればいいのか皆目見当が付かなかった。

 

 確かに昨日は世界に謎の声が響いた。そしてその結果に俺は超常的な力を手に入れたのか知らないが、美少女大戦のキャラクターを現実に召喚出来た。だが、それでどうなる?


 俺は大変に失礼であるのだが、こちらを見つめたまま動かないマキナを前にしてスマホを弄り始める。現実に俺がこのような現象を引き起こせたのなら、世界にも似たような超常現象、例えばモンスターが現れるなり異世界から何かが侵攻したりの変革が起きてもおかしくはない。だからツイッターやニュースサイトを見回るが――


「特に世界に変化はないか。なんか超能力が使えたとか魔法が使えるようになったとかの動画がバズってるけど、極少数だし予想していた危惧を遥かに下回って良かった……」


――昨日、魔術師だとか超能力者の職業を得た人間が本当に使えるようになった以外の大きな変化はなかった。


 そして現実の職業と変わらない人達も僅かに技術が向上したり、軍人やスポーツマンならば身体能力の向上が現れたが超人というほどでもなく、短距離ランナーの記事を見るにコンマ数秒早くなった程度らしい。そして超常的な能力と言える程の力を行使できる職業の人間など、数百万人に一人レベルであるので実社会に大きな影響はないだろう。

 俺はスマホをポケットに入れて目の前の超常現象そのもののマキナと向き合い。


「えーと、君はこの世界に対してどれだけ知識を有しているのかな?それと今、この世界で起こっている超常現象の謎を知っているかい?」

「次元間の観測の結果、当該世界は未知の世界であり私の知識はマスターの知識の一部の引き継ぎ以外ではゼロに等しいです。そしてこの世界で発生している異常事態に対して私が知り得る情報はありません」

「情報なしか……」


 美少女大戦の設定通りならば、ゲーム内に登場するあらゆる世界の知識を身に着けているマキナが、この地球を知らないと言うのならば完全にイレギュラーな事態なのだろう。個人的には記憶の引き継ぎでどれほどの知識を有しているのか知りたいのだが。


 上手くやらないと詰むよな……。少なくとも現時点で人間ではないことは確定である以上は、猛獣かそれ以上の脅威的な力を保持しているマキナを相手に、下に見られるような行動は控えるべきだな……ゲームの設定通りでも現実でどう動くかなんて誰も保証はしないし、ぶっつけ本番で背中を刺される事態は避けたい。


 目の前に居るのはゲームのキャラクターに酷似した異常な存在。俺はそういう認識で彼女と相対することにした。あまりにもこの現象に対する知識が少なすぎる為に、どう動けばいいかは完全に手探りで慎重にいかなければ、最悪の場合は死に至る。


「えーと、マキナさんは俺……マスターに何を求めるのかな?君に俺が出来そうなことは出来る限りしてあげたいと思うのだが……」


 まずは相手の欲するものを与えられるなら与える事。手懐けるとまではいかないまでも、それでも友好的な関係から築いていこうと歩み寄りから始めた。


「マスターの望むことが私の望むことです」

「そうか……そうなんだね。うん、そういう性格だものね」

「いいえ、それは私の存在目的であり性格ではありません」

「うん……そうだね」


 この鉄仮面の美少女の問答に若干のイラつきを感じながらも、決して表情には出さまいと下唇を噛みながら頷く。


 …………なんというか、非常に扱い辛い。


 ゲーム内の設定通りならば、彼女の設計とその存在理由の核にはマスターである存在に全てを捧げて奉仕することが全てであるとされている。勿論、この考えは彼女のストーリーモードを進めると徐々に自我に目覚め、マスターに依存しない自己を作り上げて個人として確立するのであるが、今はただの俺の言う事に従う機械のようだ。

 ならば、彼女の望むままに命令してみるとする。


「そこにパソコンというこの地球に関する情報の全てにアクセスできる機械がある。マキナさんはそれを利用して、この世界の情報を集め、そしてこの世界規模で起きている超常現象の情報を集めてくれ」

「マスターの命令のままに」


 彼女はそのままパソコンに向き合い、手を翳すと同時にパソコンの画面が猛烈な速度で切り替わり始めている。何が起きているのかはよく分からないが、とりあえずはパソコンから情報の収集に励んでいることは確かだろう。


 ここのマンションが光回線で良かった……。


「それじゃあ、俺は大学に行くからマキナさんはそのまま情報を集めてください」

「マスターの命令のままに」


 本来ならばこのまま放置は悪手であるが、ただの大学生にこんな面倒ごとの対処など出来る筈もなく、困難に突き当たった人間の伝家の宝刀の問題の先送りという手段でこの場から逃げ出す。

 俺はマンションの自室の扉から外へ出て、何も変わらない日常の中で――


「大学で友達の職業でも聞いてみるかなぁ……」


――自室の中に居る存在のことを頭の隅に追いやり俺は大学に向かった。

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