第4話世界の危機

「マスター。この世界はとてつもない危機に瀕しています」

「それは一体……どういう意味だ、マキナ?」


 部屋に戻るなり、パソコンの前に立つ彼女はそう言った。


「まずはお座りください」

「あ、あぁ……」


 まさかの開口一番に世界の危機を告げられて平静でいられない俺に対して、促すようにソファに座らせてパソコンの画面に映像を映し出す。そこには俺がよく知る通学路の石垣に魔法陣を描く黒いフードの人間が居た。


「これは昨晩、防犯カメラの映像です。そして人間の描いている魔法陣は端的に言えば、この世界にクトゥルフの神々を顕現させ、そして世界の理を上書きをする為の術式と言ってもいいでしょう」

「…………………………は?クトゥルフの神?いや、それって創作なんじゃ……」


 彼女の説明に対して頭の理解が追い付かない。

 それは俺の知識が正しければクトゥルフの神は架空の神々であり、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトという作家から始まり、一種のシェアワールドとして様々な作品がクトゥルフ神話の世界観を題材にして創り上げ体系化された物語群である。


「厳密には言えば、この世界のクトゥルフ神話を題材にした物語は架空です。ですが、高次現に存在する神々は創造的な人間の無意識に干渉し自身の存在を理解させて、異なる次元間を跨いで多世界に侵略しようとします」

「えーと……つまりは、クトゥルフ神話の物語自体は創作であるけれど、物語で語られるクトゥルフの神々は高次現に住む彼らが作家たちに干渉して書かせた事実という訳?」

「はい。高次元の存在の干渉を受けた者は創発者<<テレコミュニケーション・クリエイター>>と呼ばれていました。これはクトゥルフ神話に限らずに、あらゆる物語に登場する高位存在にも適用されます」


 にわかに信じがたい話であるが、現実に脈動する魔法陣や超常の化け物がトラックに轢き殺されて、そして目の前に存在する『機械仕掛けのマキナ』に酷似した彼女を前に完全に受け入れられないが、現状の把握と説明としては理に適っているのでひとまず吞み込み。


「マキナさんは次元間を跨いで侵略と言ったけど、百年近くもクトゥルフ神話は多くの人達に物語として消費されて周知されているけど、今日の今日まで現実にそんな侵略が起きなかったことに対する説明はある?」


 確かに現実にクトゥルフ神話を信仰する宗教も存在する。だが、クトゥルフの神々が高次元から自身をこの世界に降臨しようと作家の無意識に干渉し、物語に自身の存在を書かせて侵略の手を伸ばしていたとして。

 仮にそれが事実であるならば何故、今なのかを俺は知りたかった。


「それはこの世界に神々が降臨する程の力がなかったからです。私の居た次元には存在する世界に干渉する力、魔力と言われるモノがこの世界にはありません。ですが、それは昨日のアポカリプス・ボイスと呼ばれる声により事態は変わりました」

「あの謎の声はそんな風に呼ばれているのか」

「はい。マスターが謎の声と呼ぶ声に対して、インターネットからの統計として人類でもっともそう呼ばれています」


 アポカリプス・ボイス……終末の声か。確かに既存の文明社会を壊しかねない事態を招くきっかけになった声だし、そう呼ばれてもおかしくないか……。


 日本だけでもクトゥルフの神々を降臨させようとするトチ狂った人間が現れているので、世界各国にも様々な世界に大変革を起こす職業を持った人間が動きだしても不思議ではなく――


 世界各地に創作とされた高位存在がこの地球、いやこの世界を狙っている。つまりは一部の異能を持つ職業の中でも特別に異常な奴らは侵略の尖兵となり暗躍を始めているということか……やべぇ、笑えてきた。


――個人の手に負えない、まさに世界規模の事態にただ力なく笑うことしか出来なかった。


「ははは……マジかよ。それでアポカリプス・ボイス後に具体的に何が変わったんだ?」

「それはマスターの持つ力のように、本来なら別の次元と世界にあるはずの異能をこの世界で発現できるようになったことです。魔力自体はこの世界にありませんが、異能を持つ個人を通してこの世界に魔力の流入が始まってます。現時点ではまだ異能の力を持つ者も完全には本領を発揮出来ませんが、五年後には地球に魔力が満ちて十全に力を振るえることでしょう。そして高次元存在の侵略は本格的に始まります」

「侵略が始まったら世界はどうなる?」

「平定する高次元存在が決まる頃には、その争いの余波によって全人類の99.99%は死にます。場合によっては人類と呼べる存在でなく別の存在に変質しているかも知れません」

「わぁお!」


 俺は両の手の平をあげてファミリードラマのキャラのように肩を竦めておどけた。

 もう内心ではヤケクソであるが五年後に世界の破滅を告げられてマトモでいられる訳がない。ただこうなったら知り得ることは知っておこう。


「それを防ぐ手立てはあるのかい?」

「手段は三つです。一つは、本格的な侵略が始まるまでに穏健な高次元の存在に先に平定してもらう。二つ目は、魔力の流入の原因たる異能を持つ存在の抹殺。三つ目は、このアポカリプス・ボイスを引き起こし、全ての元凶となる存在を止めることです」


 一つ目は魅力的であるが、高次元存在つまりは神にこの世界を守ってもらう訳である。選び方を間違えれば地獄を見るが魅力的だ。二つ目は、俺自身もその抹殺対象に含まれるので却下。三つ目は、そもそもこんな現象を起こした存在と俺が戦える訳がないのでナンセンスなので消去法的に――


「現実的なのは神々の大戦争の前に、先にこっちで高次元の神様を呼び出して世界を平定してもらうことか……」

「現時点ではそれが最適解でありますが、神の降臨となると非常に大掛かりな儀式が必要になります」

「具体的には?」

「今、この地域でクトゥルフの神々の降臨の儀式を行っている人間を例にとると、神々の僕たる使徒たちを大量にこちらに呼び出して、大量の人間の魂と引き換えに神の一柱を降臨させ五年後までにこの世界を手中に収めることでしょう」


――邪神ではなく穏健な神に平定してもらうことであった。


 流石にそれは御免被る。どこの世界に邪神を降臨させて、この世界を捧げたいと思う馬鹿がいるのか。それが実際に居て街で化け物を暴れさせているから困りものだが。


「他のプランは」

「マスターが神のカードを引いて降臨させることです。その場合はマスターが地球の、この世界の支配者として君臨出来ます」

「それは魅力的だけど確率は…………デイリーガチャなら0.00001%だよね?」


 デイリーガチャはあくまで毎日一回は引けるログインボーナスのようなものだ。課金して引くガチャと違い、神クラスのカードの排出率は最高ランクのLRとなると1000万分の1。そしてその中から神の属性を持つカードを引くとなれば、3000万分の1である。現実的に五年間毎日引いても当てられる気がしない。


 詰んでるなぁ……世界を救う気なんてないけど、日常生活を壊されるのは嫌だし。今の所はヤバい神を降臨させようとする連中を止めて、穏健な神の降臨を手伝う感じでいくか……。


「マキナさん。この現象と五年後に起こる神々の戦争に関する資料を纏めて、各国の政府に匿名で送ることは出来るかい?」

「出来ます。ですが、その場合は二つ目の手段、異能を持つ人間の抹殺を選ぶ可能性の高い国が中東圏を中心に多く発生します。それでもよろしいのですね?」


 マキナはパソコンに手を翳し、俺の最終決定ボタンを委ねる。

 その言葉に俺は少し考え――


 多分、中東の国の異能の力を持つ人達は魔女狩りに遭うだろうなぁ……。でもこれを世界に知らせないと五年後には人類が破滅する。俺一人では限界があるし、人類が滅びる可能性が少しでも減らせるならば……トロッコ問題の分岐器のレバーを引くってこんな気持ちなのかな……。


「構わない。やれ」

「分かりました。マスター」


――俺の決断にただ機械のように頷き、五年後の神々の戦争を防ぐ選択肢を各国政府に送った。


「終わりました。マスター」

「そうか」


 俺は今、この瞬間を持って異能の力を持つ存在を殺す正当な理由となる情報を各国政府に送ったことに手が僅かに震えて、ソファに腰を下ろして目を瞑り。


「次はこの街で邪神を降臨させようとする馬鹿野郎を止めるぞ」

「はい、マスター」


 五年後の終わりを止める為、そして邪神の降臨を防ぐために俺は動き出す。

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