第29話マキナとの結婚

「思ったより大きいな……本館に加えて、従業員用とはいえ別館も加えれば毎日美少女が増えても当面は持つかな?あぁ……食費とかどうしよう……」

「ふむ……手入れは必要だけど中々良いじゃないか」

「ミラクルちゃんは今日からここで暮らすんですね!」

「周囲には人工物もほとんど少ない山の中……我としても過ごしやすい環境であるな」

【周りに明かりがなくて闇の中で過ごしやすそうだね!】

「空気が澄んでいて気持ちいいです、主様」


 旅館の玄関口で車を停めて美少女たちは、新たな拠点となる明かりの灯った旅館に対して好意的な評価であることに俺は一先ず安心して車から降りる。すると、玄関口の引き戸から紺色の作務衣に日本刀を差したカエデが出迎え、空からはマキナが重力を制御してふんわりと降り立つ。


「お待ちしておりました当主様!目下、館内の清掃をしておりますが某一人では手が回らずに当主様のお部屋といくつかの部屋だけに留まっており……誠に申し訳ございません!」

「いや、気にしなくて良いよ。流石にこれだけの広さの旅館を一人で清掃なんて無理があるからね」

「有り難きお言葉……ッ!」


 ちょっと労わっただけで感涙するカエデに思わず苦笑しながら、既に電気が通ってインフラの整備がなされている旅館に誰が手続きしたのか疑問に思っていると。


「旅館内のインフラの整備は既に私が処理を致しました。それに加えまして、マスターは本日の10時に街に住む売り主と正式に契約をしていただき、転入届けにその他諸々の手続きがございますので本日はお忙しくなります」

「普通は売買契約を済ませたから引っ越すんだけど、よく売り主は今回の一件を承諾してくれたね。こちらとしては都合が良い話だか、マキナさんは一体どんな交渉をしたんだい?」


 通常なら旅館を買ってから、諸々の手続きを済ませて引っ越しを始める。だが今回は引っ越しを始めてから旅館を買うという手順の逆転した状況に流石の俺も変に思い尋ねるとマキナは珍しく口角が少しだけ持ち上がり。


「私がどういう存在なのかご説明しましたら、聡明な売り主の方は納得してくれました」

「…………それなら納得だ」


 マキナの言葉に俺は全てを理解した。口伝様を代表する超常的な力を持った人間達が暴れるようになった社会で、自衛の為に同じ超常の力を持つ存在の庇護下に入ろうとするのは自然な行為だ。


 なにしろ口伝様の一件で、国家の治安維持機能となるはずの自衛隊や警察が無力であることを国民が思い知らされた以上は、街に住む売り主としてはクトゥルフ事件で有名になったシーツのお化けの正体たるマキナがこの街で暮らし関係を持てるとならば、現状で一般人の出来る最高の自衛の手段になるだろうからな……。


 売り主側からすれば、お金も手に入り、なおかつ今後の街の治安維持にテレビでも取り上げられた異能者が関わるとなれば是が非でもパイプを持ちたいはずだ。マキナの話では街の有力者の一人であるらしく、不動産の取引にくる俺はマキナの内縁の夫であるという設定らしい。


「私個人の情報を隠す為に内縁の夫が代わりに不動産の取引を済ますという方向で進めますので、マスターの美少女召喚師としての職業は露見することはありません」

「つまりはマキナさん自身が異能の職業によって、ゲームのキャラになったということで話を進めるんだな」

「はい、その通りです」

「その人が周囲に漏らす危険性は?」

「お話の際に、親族縁者全員の個人情報のファイルをお渡ししたので大丈夫でしょう。病院の方で彼の人格診断の記録も覗きましたが口を割るとは思えません」

「おぉ……それは……」


 つまるところマキナの行為は一種の脅しである。私のことを口外したらファイルにあるお前の家族や関係者がどうなるか分かるよな?という異能者としての武力を背景にした交渉術であるが、やられた売り主は心底震えあがっただろう。

 もしこれがマキナの横暴による旅館の権利の強奪であれば止めたであろうが、元より売りに出された不動産を10億という大金を払って買うので個人的にはギリギリセーフの案件だ。ただそれより気になるのは――


 出会った頃は全く表情もなかったマキナが笑みを作るなんてな……嬉しい反面、笑みの理由が理由だから純粋に喜べないのが残念だが良い事だ……。


――『機械仕掛けのマキナ』としてではなく、ただのマキナとして自我を確立し始めたことに俺は感動をした。


 アンドロイドとしてマスターの命令に従う人形ではなく、自らの意思で考え、行動し、その結果に個としての感情を露わにする。少しずつであるがマキナが人として成長していく姿にこみ上げてくるものを感じていると。


「くははははは!内縁の夫か!これは傑作だな!」

「フェラブル様……それはどういうことでしょうか?」


 俺の肩に腕を回して引き寄せるフェラブル。それに対して笑みを作るのを止め、能面のような表情で底冷えするような声音でマキナは尋ねるとフェラブルは心底愉快そうな笑みを作って。


「我と主はもう番いになったのだ!それを今更、話を合わせる為とはいえ内縁の夫などとは……くくく、ははははは!片腹痛いは!」

「………………………………は?番い……?マスターこれはどういうことでしょうか?」

「あぁ、言い忘れたけど俺はフェラブルと結婚――――って!マキナ!大丈夫か?!」


 結婚、その言葉を聞いた途端にマキナは膝から崩れ落ちた。

 幸いにして俺は魔力によって鍛えられた肉体と反射神経で彼女を受け止めるが、まるで電池の切れたロボットのように全身の力は抜けて、表情からは完全に感情の色が抜け落ちて瞳は光を失っていた。それでも唇は微かに動き。


「マスター……結婚したのですか?なぜですか……?」

「えっ……結婚を申し込まれたからだけど?」

「それならもし私がフェラブル様より早く結婚を申し出たら―――――――受けてくれましたか?」

「当然、受けたよ」

「――――ッ!ぅぁ……うぅぁぁぁ!」


 その言葉にマキナは初めて見せる悔恨の表情で唇を噛みしめながら涙を流してその口から嗚咽が漏れ出す。それは激しい後悔を感じさせる苦しみの嘆き、求めていたものが手を伸ばせば届いたのに躊躇ったばかりに届かなくなってしまったかのような表情で俺に縋りつき。


「ぅ……ぁぁ、今から……今からでも間に合いますか?私をマスターの……大切な存在に、主従を超えた繋がりを……妻として迎えいれて……くれますか?」


 諦観の含んだ声音で力なく笑うマキナ。まるで掻きむしるかのように俺のシャツにしがみ付き、頭を垂れて嗚咽とともに涙を流す。俺はここにきてマキナが何を求め、そして勘違いしているのかを理解して、その肩に手を乗せるとピクりと震えるその身体を抱きしめて。


「マキナが俺と結婚したいのなら……いや、そんな言い方は卑怯か。言い直そう、俺はマキナと結婚したい。マキナのような素敵な女性と釣り合いの取れた男にはまだなれないけど、いずれはマキナに頼りにされるような男に絶対になるから――だから、結婚してくれ」

「でも、マスターはもうフェラブル様と結婚を――」

「――あぁ、あれはフェラブルが意地の悪いことを言ったが、俺たちは形式に囚われないんだ。一夫一妻ではなくお互いが求められる関係なら重婚しても良いのさ」


 冷静に考えると凄まじい懐の深さを感じるフェラブルの提案であるが、逆に言えば妻の方も他に夫を作っても良いということである。これは一見すると男にとっては最高のハーレムを築くチャンスであると同時に、俺だけを愛して欲しいという独占欲を持つのならそれだけの甲斐性を見せろというフェラブルの発破であり試練だ。


 男だけ一方的に重婚するなんてフェアじゃないと分かっているが、中々に手厳しいことを考えるよな。もしハーレムを作るならそれだけの覚悟と誠意を見せろってことなのだろうが……男として何処までやっていけるか俺自身もやる気を見せなくちゃな。


 旅館の灯りに反射するマキナの煌めく銀糸を漉いてやりながら、その蒼い瞳に強い感情を宿し真剣な瞳で俺の瞳の奥底を見つめる彼女は不意に俺の両頬に手を添えて――


「んっ……私、マスターの妻として生涯愛することを誓います」

「俺、大刀気合もマキナの夫として生涯愛することを誓う」


――不意にキスをされて、夫婦としての生涯の誓いを宣言する。


 夜明けの朝日が差し込む中で、天から祝福されたかのように銀糸の髪は太陽の日を浴びて煌めき、機械としてではなくヒトとして満面の笑みで涙を流すマキナの表情を俺は生涯忘れることはないだろう。


「結婚しても妻になっても私は夫はマスターです。これからもそうお呼びしてよろしいでしょうか?」

「それはマキナの好きにすればいいよ。それよりもさっきからお腹を撫でているけどどうかしたの?」

「まだまだやるべきことがあるので、落ち着きましたらこちらのことをお話しますね」

「それなら……うん、分かった。さてと、時間もまだ残ってるし旅館の方を一回りしようかな……マキナ」

「はい……お傍に」


 こうして俺はフェラブルに続いて二人目の妻を娶ることにしたのだった。そして旅館の中へと美少女たちを連れて玄関口から入り、これから暮らしていく上での住まいとなる我が家を騒がしくも楽しい彼女たちと共に見て回ることになる。

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