第26話口伝様とラストバトル 中編
『これは反則じゃねぇか?どう考えてもRPGのラスボスとか裏ボスに相当する妖怪だろ』
『いくらエンチャントされたRPGを打ち込んでも効いてねぇぞ!』
勇者様は剣を構えたまま、上空に浮かぶ闇すらも飲み込む巨大な太陽『空亡』と相対していた。全長は200mを超える巨大な球体は、仲間たちであるはずの怪異たちすら吸い尽くして不気味に空中で佇んでいる。
柳生は手持ちの銃火器の爆薬や弾薬が尽きるまでひたすら撃ち続け、弾が切れたら自殺してリスポーンして弾薬を補充して無駄とも思える攻撃を続けていた。
「召喚師様、気になることがあるのだけど、この最強の妖怪と言われる空亡には伝承もどういった存在なのかも書かれた文献がほとんどないのだけどねぇ……結局のところはどういう存在なんだい?」
「厳密に言えば空亡は古典妖怪ではなく、ネットを起源とした現代妖怪に分類される存在なんだ。元は百鬼夜行の絵巻の最後の太陽を妖怪と解釈して、それをゲーム等の創作物に取り上げられている内に作り上げられた最強のイメージが一人歩きした――つまるところは具体的に何をするのか誰も知らない妖怪さ」
なんだいそれは……、と呆れた声を上げるカナリアさんであるが、何をするのか分からない上に最強のイメージのある妖怪であるからこそ、口伝様の能力を十全に行使して誕生した最強の存在に相応しい。
伝承による弱点もない、攻撃方法も不明、それなのに最強の妖怪のイメージが貼られた空亡は文字通りに何でもありの存在だ。口伝様の怪異同士を組み合わせて新たな怪異を創る能力、そしてSCPのような創作都市伝説すらも創り出す力が加われば、この勇者様達の上空に浮かぶ空亡にはあらゆる異能を付与出来る。
【ねぇ……さっきからこのくうぼう?は全然動きを見せないけどどうしたのかな?】
「多分だけど、あらゆる怪異を取り込んで異能を取り込んだのは良いのだけど、相反する属性や異能がぶつかり合ってフリーズしているんじゃないかな……」
【馬鹿なの?】
フィスターニちゃんは俺の体内で嘆息する。同じ闇を司る者同士で何かしらのシンパシーを感じていたのか、空亡の愚かさに落胆しているようだった。
「それって得られた異能が多すぎてコントロールが効かないってことですよね!つまりこの空亡って妖怪は自滅したってことですね!導師様!」
「そうだね……性能を盛り過ぎて鈍重になっちゃってると思うよ」
「はっはっはっ!これは愉快で痛快な間の抜けっぷりだねぇ!」
カナリアさんは一人で爆笑していた。まぁ、錬金術師であるから研究者気質の彼女からすれば無駄に機能を付け加えすぎての自滅なんて墳飯ものの失敗だろう。
「しかし、動けないとはいえ、これだけ強大な力を持った存在は危険では?何かの切っ掛けに口伝様と共に行動を始めたら……フェラブル一人では勝てませんよ」
「そこは心配要らないさ……フェラブルさんなら確実に元凶たる口伝様を討ち取れる。むしろ自身を強化するのではなく、配下を呼び出したり強化する召喚系の異能を持つ口伝様にとっては、フェラブルさんの力は天敵と言ってもいい」
「あの人狼の能力では確かに口伝様は勝てないねぇ……はっはっは!」
口伝様では絶対にフェラブルさんには勝てない確証があった。彼女の能力の詳細を知らないカナリアさん以外は疑問や訝し気な表情をして、俺が話を続けるのを待っているので勿体ぶらずに続ける。
「フェラブルさんは『死闘』の能力を持っている。これは対象となった相手と一対一で戦う為の満月に照らされた荒野の異空間に引き摺り込み、フェラブルさんが能力を解くか相手が死ぬまで殺し合いを続ける戦場を創り出せるんだ」
俺が『狂月魔狼のフェラブル』のカードを引いた時、逆召喚されたあの屍で大地が埋まる満月の荒野こそが、URに相応しい力を持つ彼女の最強の異能の世界。
あらゆるフィールド効果、バフ、デバフを無効化し、互いに素の能力のみで一対一のバトルを強制させる『死闘』は、口伝様のように怪異を召喚し使役する異能ととことん相性が良い。どれだけ強力な怪異、妖怪、それこそ空亡が口伝様を守っていても一度能力を発動させてしまえば、異空間でフェラブルさんと口伝様だけの殺し合いが始まる。
問題は口伝様自身の強さだよなぁ……。どっかの漫画みたいに、人形遣いが人形より弱い訳ないだろ展開で、口伝様単体でも強かったりしたらマズいけど、それでも単純な攻撃力と防御力が神格に近いフェラブルさんには勝てないか……むしろ勝ったら本格的に打つ手がないし。
「つまり今の俺達が出来ることはフェラブルさんが、さっさと口伝様を殺して彼女から派生した日本各地の怪異や勇者様達が相対する空亡が消失す――どうやら終わったようだね」
【あっ……黒い太陽が崩れて……】
「あれほどの存在でも召喚者を失えば消失するのは興味深いねぇ……」
「よく分かりませんが!正義の勝利ですね!」
「悔しいが……彼女は主様の傍に居るのに相応しいようだ……」
『狂月魔狼のフェラブル』の彼女の力を説明し終えた瞬間には、どうやらフェラブルさんと口伝様の『死闘』は終わりを迎えたみたいだった。
その証拠に勇者様達と相対する黒い太陽は緩やかにその形を失って行き――
『えっ?!なに!?なんで崩壊始まってるの?勝ったの……?!俺達?』
『勝った……というより自滅したように見えるんだけど』
『なんでもいいいや!勝った!勝ったぜ!いぇーい!』
『俺としては相手が勝手に対戦部屋から出て行った結果の不戦勝みたいで……まぁ、勝ちは勝ちだから――よっしゃぁ!平和を守ったぜ!』
――最強の妖怪である空亡が突如として崩壊したので勇者様達は現状がよく分からないままに最大の危機が去ったので喜びの声を上げていた。
「結果的には怪異を食い止めて勇者様達は民間人を守り、口伝様本体を叩いた俺達のチームワークの勝利なのかな……?」
俺はカーナビの勇者様達の喜びとも困惑とも言える勝鬨の叫びに苦笑しながら眺めて、凄まじい勢いで勇者様達を称えるコメントを流れるのを見ながら車の中で今回の勝利の立役者の一人であるフェラブルさんを待つのだった。
【ねぇ、お兄ちゃん。あの人狼の求める対価ってなんだろうね?】
「なんでもいいさ。これで日本は一時的であるが平和になったんだ……俺一人が払えるモノならなんだって払うさ」
【……………………あまり自分を安売りしない方が良いよ】
「あぁ……そうだね」
フィスターニちゃんの窘める言葉に俺は頷き、日本を混乱の渦に落とし込んだ口伝様を殺したことに対する勝利の余韻と罪悪感にしばらく浸るのであった。
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