第27話口伝様とラストバトル 後編
「この気配は……口伝様とやらはそれなりにやるようだな」
『口伝様、耳袋囁は日本の大妖怪を集めって回っているのがスマホの移動履歴から推測されます。神話に届かなくても伝説の怪物が相手ですのでお気を付けください』
スマホの指し示す地図の場所へと音を置き去りにする速度で走り数分で目的地に辿り着く。
そこは小さな遊歩道の周りに大小様々な岩石が転がり、硫黄の臭いがする場所で『史跡 殺生石』と書かれた立て看板のすぐ近くに、黒いワンピースを着た異常に背の高い女がこちらに気付いて視線を向けていた。
「貴様が口伝様か。何が目的でこの国で化け物を操っていたのか知らぬが、我は契約の下にその命を奪いにきた」
「ぽぽ、ぽぽぽ……ふふふ、どうやって私の居場所を突き止めたのか知らないけど、今の私は不死身よ?それにたった一人で私を殺そうなんて――『紫鏡』」
先手必勝とばかりに口伝様は呪いの言葉を吐く。空気が張りつめ、一瞬だけ我の心臓を強く叩いた呪いは、実力差ゆえに命を奪う事も出来ずに跳ね返る。
我はロクな会話もなく死の呪いを放つ口伝様に呆れ、そして呪いを放った当人である癖に自身の術が通じないことに困惑しているようだった。
「紫鏡は都市伝説では上位の強力な力なのだけど……貴女は一体何の職業なの?」
「手札を無意味に晒すと思うのか痴れ者め。どちらにしろ殺すつもりであるが、ここまでの怪物たちを操る貴様に興味がある。全力で互いの死力を尽くして殺し合おうではないか!」
筋肉は一瞬に肥大し、張り裂ける服と共に我の中の獣性を目覚めさせる。全身が黒銀の体毛に覆われ、口先は大きく伸び鋭く大きくなった手と爪で人狼となった我の殺意を口伝様に向け発する。
「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
「ぽぽ?人狼……?ああ、だから貴女は殺せないのね。ならこちらも手札を晒させてもらうわ――『白面金毛九尾』『酒呑童子』『大嶽丸』」
我の叫びに大気が震え、遠く先までの動物たちが逃げる気配を感じながら、口伝様は真夜中であるのにつばの広い漆黒の帽子から吊り上げた口先が裂ける程の笑みを浮かべて、九つの尾を持つ金色の狐、五メートルは超える巨体のオーガ、漆黒の肌の神格を持つ斧を携えた神をその場で召喚した。
「貴方がどんな職業でその姿になったのかは知らないけど、私の『語り騙り』の持つ能力の前では無力よ。この呼び出した三体は日本三大妖怪!たった一人で私を含めた伝説の化け物たちに勝てるかしら!」
「それが貴様の出せる最高の手札か?それで全力か?」
日本三大妖怪とは一体何なのか我は知らない。確かに実力だけを見れば主の召喚した小娘たち程度であるが、たったこの程度の戦力で我を止めようとするのは片腹痛くなると同時に舐められていることに怒りを感じる。
だが当の口伝様とやらは自分の優位性を微塵も疑っておらず我は――
「この程度の存在のために、主は我に対価を払うのか。まぁ、良い」
「ぽぽぽ……その余裕はいつまで保っていられるかしら?」
「黙れ、小物が粋がるな――殺陣界『死闘』」
――ご自慢の日本三大妖怪を置いてけぼりにして、口伝様と我だけの殺戮の戦場へと連れて行く。
「あぁ……久しいな。たった一日も経っていないが、この空気は我に馴染む」
「ここは……?私の怪異たちは……?」
巨大な満月に青く照らされた屍で大地が埋まった戦場。むせかえるような血と糞尿の臭い、そして漂う死の気配に郷愁を感じずにはいられない。そして突如として異世界に転移した口伝様は手駒が消えて混乱の極みにいるようだ。
「『時空のおっさん!』『きさらぎ駅!』『暗い影の闇!』」
「無駄だ。この世界は我の異世界。世界に干渉するのであれば、より強固な我と同等の世界を持たなければ逃れられぬ――つまりここはお前の死地だ」
我の知らぬ呪文を唱えるが、それはどれも不発に終わり口伝様は自身の優位性が崩れたことを理解して初めて焦燥が顔に浮かぶ。
もう何もかもが遅い……化け物の発動手順は把握した。口頭での詠唱、そして自身が自ら不死性を持つことを馬鹿正直に話すとは……どちらにしても全ては終わりだ。
「カシマのか――ッ!」
「――――『魂魄炎獄』」
「――――ぽッ?!」
次に口伝様が口を開く時、その瞬間にはその首は我の爪によって刎ねられる。そして爪に宿る魂すらも焼き尽くす地獄の炎が、口伝様の首と身体に種火として燃え移り瞬きの間に全身が燃え上がった。
「物理耐性があったようだが……我の爪は次元すらも切り裂く。そして爪に宿る炎は魂すらも灰にするが……貴様の不死性は魂が消滅しても維持されるものか?」
「ぽ、ぽぽぽぽぽぽぽほぽ……ッ!」
崩れ落ちる身体と転がる生首。口伝様は地獄の業火でその身を焼かれていても首だけの状態で笑い声を上げていた。声音には狂気が宿るが、その声に絶望も死の恐怖も感じられずに我は訝し気に生首を見る。
焼け爛れるその顔は笑みを作ったまま。
「ぽ、ぽぽ……私は口伝様!伝承で語り継がれる限りは必ずいつか私は復活する!その魂が燃えようと、ミームとなった口伝様の恐怖が再び怪異として復活するだろう!」
「貴様の異能を担保にして伝承の化け物は顕現している。死してその力を失えば、どう足掻いても蘇りはしない――つまり貴様はここで魂が燃え尽きて死ぬのが現実だ」
今の日本という土地で起きている怪異騒動も、結局は口伝様の異能の力によって維持されている。そして一度でもその異能の力が途切れれば怪異は消滅し、例えどんな異能を自身に付与していようと、一度でも異能が完全に消失したら終わりだ。
「ぽぽ、ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ!」
だが口伝様は笑う。魂の消滅という死よりも深い終わりを前にしても、自身の創り上げた伝承の能力を疑いもせず、例え蘇ってたとしてもそれは口伝様の記憶を持つ別の誰かであると知りながらも――
「そうか……だから貴様はその異能を得たのだな」
――伝承にのめり込み狂気の果てに怪異を操る異能を得た、耳袋囁<<みみぶくろ ささや>>は燃え尽きた。
そして死闘の相手の死と共に現実に戻った我は、噴き出る硫黄の臭いに顔を顰めながら。
「かつて、これらは本当に存在していたのか。その不確定性が伝承として産まれたのだろうな」
看板に書かれている『殺生石』の伝説を読みながら、魔力のない地球に異能を持つ伝承が創り上げられる過程に興味を持ち――
「さて、対価を約束通りに貰うぞ、主」
――そして我のモノとなった主を迎えにいくのだった。
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