第21話『錬金術師カナリア・ゴードン』
黄金の車輪が部屋の中央に浮かび廻る。
「ふむ……これは珍しい。世界に魔力がないとはね……計測器の異常でもなさそうだ」
回転は徐々に加速を始めて、空気が震えて音速の壁を超えようとした瞬間に弾けて光の円柱となり、その中からハーフショートの紫色の髪と瞳の銀色のモノクルを掛けた美少女が現れる。
「やぁ、君が召喚師かい?これからよろしく……それにしても本当に珍しい」
「『錬金術師カナリア・ゴードン』か……よろしく、ゴードン。俺は大刀気合だ」
「カナリアでいいさ。むぅ、これが『パソコン』……奇妙な機械だねぇ……」
白いコートを羽織り、黒いジャケットに灰色のタンクトップにスカートを履いた彼女『錬金術師カナリア・ゴードン』は、片手に持つ羅針盤の形をした計測器を興味深げに覗いた後、召喚師である俺を無視してパソコンに駆け寄る。
異世界に召喚されて最初にすることが、召喚した存在に対するコンタクトではなく文明の利器を操ることなのが興味深い。
【お兄ちゃん、相手にされてないね。ここは威厳の一つでも見せてあげようよ】
「威厳って……俺にそんなものがあるように見える?」
【拳で引っ叩けば良いじゃない!腕力に物を言わせて俺がご主人様だぞって躾ければ】
「それただのDVのクソ野郎だよね?」
フィスターニちゃんの中で俺はどんな人間に思われてるのか非常に気になるが、そんなことよりパソコンに触りキーボードを叩いているカナリアさんが気になった。誰に教わるまでもなく、検索エンジンを使い勝手に情報を集めている姿を見ると流石はSRの錬金術師に相応しい知能を感じさせる。
「ふむふむふむ、召喚師からの知識の共有があるとはいえ中々に興味深い。魔力もなしにこれだけの文明を発達させたのは敵対種族となる存在が居ないからだね……おっと、これは失礼したよ、召喚師様」
「いや、気にするな。召喚されたばかりで世界の情報を知りたいと思うのは当然なことだ。それでカナリアさんは何か望みはあるか?」
「望み……?」
奇妙な質問だねぇ、と首を傾げた後に俺の後方に視線をやり。
「そうだねぇ……まずはその後ろで自分を慰めている人狼とエラーでも起こしたの固まっている機械人形に警戒心の強いエルフ、更には個室の気配の正体と君の中に居るモノは誰か知りていねぇ……」
「あー……そこら辺の説明はすべきだな」
召喚されて最初に目にするのがこのカオスな光景ならばそりゃ気になるよな……。
背後では盛る駄狼。窓際にはピクリとも動かない機械人形。警戒心を緩めないエルフが彼女を見つめ、トイレからはくぐもった声が響き、俺の体内には闇の落とし子が居る。一体全体どうしたらこうなったのか俺ですら知りたいのに、巻き込まれたカナリアさんからすれば困惑の極みだろう。
俺はとりあえず現状に至るまでの経緯を語り、カナリアさんは呆れたような困惑した笑みを浮かべて聞きながら頷き。
「はははははは!それは大変だねぇ……ッ!傑作だよ!これ程の存在が一か所に集まってこんな馬鹿騒ぎを起こしているなんてねッ!はははは!それで召喚師様はこれからどうするつもりなんだい?ボクとしては主従関係である以上は方針が気になるさ」
カナリアさんから見れば、英雄や神話級の存在が何をするでもなくこの場に集まって好き勝手しているのがツボにハマったらしく爆笑している。何もそこまで笑わなくても良いんじゃないかと思える程に、腹を抱えてくの字に身体を折っている。
「当面は潜伏。政府が異能者に対する方針が完全には定まってない以上は表立った行動は控えたい。それとカナリアさんには研究をして貰う」
「ほぅ……このボクに研究をねぇ……それで内容はなんだい?」
研究と言う単語にカナリアさんの笑みが止み、モノクルの奥の紫の瞳が好奇心で光ったような気がした。
「知っていると思うがこの世界に魔力は存在しな……いや、しなかった。これから世界が魔力に満ちれば世界はどのように変化するのか?既存の科学技術と魔力の融合を『錬金術師カナリア・ゴードン』に頼みたい」
「興味深い……ッ!魔力が存在しない世界の観測も……ッ!魔力で満ちていく世界の変化も……ッ!このボクですら知り得ない知識だ!そしてこの世界の魔力を伴なわない技術の融合……ッ!素晴らしい……本当に素晴らしい提案をしてくれるね、召喚師様!はははははははははははははははははははははははははははは!」
「えっ……うん」
『錬金術師カナリア・ゴードン』の琴線に触れたのか、好奇心と欲望に満ちた笑みと白衣が相まってマッドサイエンティストの笑みがとても印象的だった。そして俺はあまりのテンションの高さについていけずに逆に冷静になりながら彼女を見つめる。
迅速果断に白衣の内側から何処にそんな物を仕舞っていたんだとばかりに次々と計器や謎の道具を取り出して、我が世の春とばかりに満面の笑みで残像が出るかと思う程のスピードで取り出した紙に書きこんでいる。
「観測を開始して世界間の差異がこれほどとは……ッ!これは中々に研究しがいのあるテーマだよ!さぁ……ボクの人生の中でも最高の研究の――」
「――カナリアさん」
「なんだい!召喚師様!今ならば世界の全ての謎を――」
「これは俺のミスだけど……五人召喚したから続きは拠点でお願いします……」
「――とけると思ったんだけど…………ねぇ」
非常に申し訳ないが、ちょうど召喚出来る美少女達は全員呼び出したので朝になる前に移動したかった。現在は深夜の十一時、口伝様のせいで夜は怪異が活発になる為に外出自粛を政府が求めているが強制力はないので人目が少ない内が今が好機だ。
完全の梯子を外されて、冷や水をぶっ掛けられ、神輿から引き摺り落とされて、完全に意気消沈したカナリアさんをうなだれてしまう。
「うぅー……今の発明の閃きが……」
「それは拠点となる旅館でやりましょう。人里離れて研究し放題ですよ!それに……みんな!そろそろ移動の時間だから正気に戻ってくれ!」
「んっ……あっ……もうちょっとだったのにぃ……ッ!」
「んあッ!ふぅ……スッキリしたぞ!」
「はっ!すいません!マスター!」
俺の掛け声から三人は現実に戻ってくる。
何やら物足りなそうなミラクルちゃんに、スッキリして爽快な笑顔を向けるフェラブルと思考の海から引き上がったマキナさん。そしてエルフのリティアさんと体内のフィスターニちゃんは何も言わずに俺の指示を待っていた。
「それじゃあ、皆さん。これから三時間を掛けて拠点となる旅館に移動します!現在は怪異などが日本各地で出没してるので気を引き締めて行きましょう!」
「怪異など我の敵ではないなッ!」
「所詮は低級の霊……造作もない」
「ミラクルちゃんの光の魔法で浄化しちゃうぞ!」
【怪異って美味しそう……じゅる】
「口伝様……噂の実体化か……興味深い。実験体として捕らえたいね」
召喚した美少女達に危機感などなかった。いや、異世界では伝説や神話クラスの存在からしたら所詮は噂話によって誕生した怪異など低級のアンデッドと変わりないので危険視しろという方が難しいのかもしれない。
怪異と言っても自衛隊に討伐される程度の存在だからなぁ……銃火器でなんとかなるなら戦略兵器級の彼女たちに敵う相手でもないか……むしろ、戦いの余波でレンタカーがぶっ壊れる心配した方が良いな……。
そんなことを考えていると、マキナさんが俺にそっと近づいて。
「マスターその……問題があります」
「問題……?」
この最強メンバーも揃って何が問題なのかとオウム返しに聞くとマキナさんはタブレットを差し出すので俺はそれを見てマキナさんが何を言いたいのか納得した。
あぁ……これ確かに大問題だわ……。
「転入届を出さないと……不動産の登記手続きもまだだったわ……」
「まだ大丈夫ですので、落ち着いたらならばこちらに戻って手続きを」
タブレットに映し出される旅館を買う為の手続きの書かれたメモを見て、俺は現実社会のしがらみの面倒さを思い知ることになった。
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