第31話カナリアの告白

 温泉に浸かりながら俺は全身をリラックスさせて天井を眺める。


「性的に食べられるって表現があるけど、フェラブルに抱かれるのは本当に食われてるみたいで激しかったなぁ……というか、組み技ばっかりで肉体が潰れるかと思った」


 湯気の籠る内風呂は、ほのかに香る檜風呂の温泉の匂いが鼻腔が擽り気分が良い。 錬金術師カナリア・ゴードンの神業により、旅館はたった一時間で本来の機能を取り戻していた。埃で汚れていた各部屋もゴーレムによって掃除され、訪れた時は機能していなかった温泉の汲み取り機能も回復している。

 俺がフェラブルとベッドインしている間に、美少女達が各々の役割をこなして旅館の整備に尽力を尽くしていたと思うと召喚師として申し訳なってくる。


「あとで俺に出来る労いの一つでもしないとな」

「それなら召喚師様は一番の立役者であるボクの願いを聞いたらどうだい?」

「えっ―――――――ちょっ、おまっ……ッ!?」


 気付けば隣にはカナリアさんが湯船に浸かっていた。ボーイッシュとも言えるスレンダーな身体は何も隠すことはない、というように堂々と産まれたままの姿で、この湯気の立ち昇る温泉の中でも曇ることのないモノクルをかける紫の瞳はこちらを見つめる。

 

「裸の一つで動揺し過ぎだねぇ……ははは!全く、こういうところで初心だからボクの興味を引くのかも知れないねぇ!見ても減るモノでもないだろうに、何故人は裸を見られることに羞恥を感じるのか疑問だよ!」

「あのなぁ……俺たちは男と女なんだぞ!そういう線引きをしっかりしないと駄目だろ!あと羞恥心は女の子なのだからしっかり持ちなさい!」


 そういうもんかねぇ……、とからかうように笑うカナリアさん。まさかの裸の付き合いに俺は動揺を隠せずにいると好奇心で輝く瞳はニヤニヤと口元を綻ばせ。


「たった一日で妻を二人も娶った召喚師様が男女の線引きを語るのかい?これから毎日美少女が増えるのだから、気にせずにいた方が精神衛生上良いと思うよ?裸で居るのが当たり前の種族とかのことを考えればね」

「理屈は理解出来るが、男湯に入ってくるんじゃねぇ!ちゃんと女湯の方も稼働しているだろう?!」

「あのフェラブルが召喚師様との一夜についてずっと自慢していて鬱陶しいから、空いてる男湯に移動してきたまでさ。流石に働き詰めでちょっと疲れたから湯にはゆっくり浸かりたいしねぇ……」

「あっ、それはご苦労様です……」


 冷静に考えれば、深夜から夜明けの今までの間に休みなく働いていたカナリアさんには休養を取る権利がある。旅館をたった半日にも満たない時間で改装したのだから、それ相応の負担があったはずだと思い俺は頭を下げる。


「上に立つ者がそんな簡単に頭を下げちゃだめだよ。ボクは召喚師様の奴隷としての役割を果たしたまでさ」

「いや、そういう訳には……」


 俺としては召喚した美少女達の従属関係に思うところがあるんだが……でも手綱を握らなければ、強大な力を持つ美少女達が野放しになるからなぁ……そこら辺のバランスが本当に悩ましい。


 自由にさせ過ぎても危険であり、かと言って従属関係のようなもので縛るのも現代的な価値観を持つ俺としては抵抗がある。そんな風に答えの出ない問題に頭を悩ませていると――


「召喚師様は優しいんだねぇ……強く命令すればボクたちは逆らえないのに、それでも召喚される美少女たちの自由意志を尊重してくれる。良いねぇ……ますますボクは召喚師様のことが好きになってきたよ――――ここで一つ提案があるのだけど、聞いてくれるかい?」

「…………ッ!なんだ?」


――裸体に視線がいかないようにと目を背けていると、カナリアさんはずいっと身体をこちらに寄せてくる。視線は真っ直ぐにこちらの瞳を射抜き、僅かな反応すらも逃さないと言うように互いの吐息が掛かる距離で口を開く。


「そんな優しい召喚師様の悩みを解決する方法を教えてあげよう。なに、簡単なことさ……ボクも君の伴侶に加えて欲しい。お互いに夫婦として対等な関係を築き、縁を結べば召喚されたから君に従うのではなく、愛しているから君のために役立ちたいに変わるんだ。勿論、これはボク自身の本物の好意からくる提案だよ?」


 そんな風に俺を見つめるのはズルいだろ…………カナリア。


 期待の籠った瞳の裏に微かにある不安の色。飄々とする態度とは裏腹に、カナリアの内心の不安や恐怖が滲み出ていた。拒絶されるかも知れない、嫌われるかも知れない、それでも伝えたい思いがあるから口にせずにはいられない彼女の内心の吐露は俺の答えを待っていた。

 例えどんな望まぬ返答をされても、カナリアは何事もなかったかのように笑うだろう。自分のせいで俺が傷付く姿は見たくない、だから本心を押し込めて胡乱な態度で煙に巻く。

 湯船に浸かりながらも、その心は酷く臆病で震えているカナリアの肩を掴み――


「んっ……?!」


――言葉だけでは決して伝わらないと思い、俺は口付けでカナリアの提案を受けた。ビクン!と最初は震えた身体も伝わる唇の感触に任せて湯船でお互いに抱き合う。


「言葉で返答を待っていたのだけどねぇ……」

「言葉で煙に巻くカナリアがそれだけでは満足しないだろ?だから、態度で示したまでだ……望むなら書面でも、それとも言葉で返答を聞きたいか?」

「はははッ!召喚師様のアプローチはボクにとって満点さ。確かに言葉で人を煙に巻くボクじゃ、きっと言葉だけでは満足しないだろう!なら、こうやって五感の全てで召喚師様――――いや、旦那様の思いが伝わるなら十分だよ!」


 それでもやっぱりどこか胡乱で怪しげなカナリアは、喜色を浮かべて額を擦り合わせる。動悸に合わせて息も荒くなる彼女は、胴に回した手をそのままに湯船の外の石床へと押し倒し――


「マスター…………そろそろデイリーガチャのお時間ですので、新たな美少女を迎え入れる準備をお願いします。それと三人目の妻を迎えたことは、私としては喜ばしい限りですが――――節度というものがありますよ」

「あっ……マキナ」

「ちょっと待ちたまえよ、君!これからせっかくの旦那様とのお楽しみだって言うのに、これでは酷いお預けを食らったみたいじゃないか!」

「…………………そのまま続けてもいいですが、召喚の際の美少女とのファーストコンタクトが最悪になるのですが、それでもよろしいのですか?」

「むぅ……正論は嫌いではないが、中々に君は意地が悪いなぁ!さては妬いているのかい?ははッ!ボクは独占欲の強い方ではないから心配する必要はないよ!」


――気が付けばマキナが浴室に入ってきていた。抱き合い押し倒される俺を、底冷えのする感情のない瞳で見つめた後に、伝えるべきことだけを伝えてそのまま出ていく。残されたのは、火が点いたのに途端に水を掛けられて燻った俺とカナリアは互いに顔を見合わせ。


「これは大変に惜しい事だけど、お預けだ」

「そうだねぇ……お預けだねぇ」


 なんだか締まらないねぇ、とお互いに小さな悪戯がばれた子供同士のようにクスクスと笑いながら石床から立ち上がり。


「まぁ、これで旦那様の評価が下がるのは忍びないから我慢するよ。まさか愛し合っている最中に召喚されたらきっとビックリするだろうしねぇ……」

「そうだな、これから一生の付き合いになる美少女だか――」

「――――んっ。でも次は誰が邪魔しようと絶対に最後までするから覚悟するんだよ?」


 軽い口付けの後に挑発的な笑みでカナリアはそう宣言する。身長差は首一つ、小柄な彼女が見上げるような視線がかち合い、すぐさま普段の煙に巻くような曖昧な笑みを浮かべると、くるりと回り背中を見せ。


「さてと、これはますます旅館の改造に熱が入るね!ははははッ!ここまで強い目的意識をもって仕事をするなんていつぶりだろうか!やはり守りたい背中があると、ここまでボクを変えさせるなんて大変に興味深い!」

「俺も色々と環境が変化して、変わらずにはいられなくなったよな」


 目の前に浮かぶのは赤く輝くカードが一枚。これを引けばまた新たに美少女が俺たちの仲間入りすることを強く認識したあとに、守るべき者と絆が増えていく環境で責任が積み重なるほどに覚悟が強まるのを感じながら。


「このカードの美少女とも最高の関係を築いていこう」


 まずは身嗜みからと、浴室から出た俺は控えていたマキナと一緒に清潔な服と髪型を整えて、美少女を召喚して迎え入れる特別な部屋へと待っていた仲間たちと一緒に向かうのだった。

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