第33話地元の有力者と交渉しよう

「それにしても大きな屋敷だな……親類と使用人を合わせて二十人は住んでるんだっけ?」

「はい。世界各地で異能者が跋扈する世界情勢になってから、地元の有力者である大蔵政蔵が親類を自宅に呼び寄せたそうです」


 そこはまるで時代劇に出てくるような大名屋敷。訪れる者を威圧するような大きな門、そして横幅は百メートルを超える塀は住む者の持つ権力を端的に示していた。使用人であるのか体格のがっしりとした男たちが門の前で止まる車に近付いてくる。


 先祖は大名とか本物の名家の血筋か……なんか気後れするなぁ。


「大刀様とその……マキナ様でよろしいのでしょうか?」

「今は美少女大戦のキャラクターの姿ですので構いません」


 今のマキナさんは異能を手に入れた結果に、美少女大戦の『機械仕掛けのマキナ』になっているという設定で話を通しているので、使用人たちは生で見るであろう本物の異能者に驚きを隠せずにいた。

 銀糸のツインテールの機械美少女という、明らかに人間離れした存在を相手でも使用人たちはすぐさまに気を取り直して取り出したリモコンのボタンを押す。


「失礼しました……確認が取れたので門を開けます」


 開かれた門の先にある光景はまさに日本庭園。学校のグラウンドよりも広い場所には、池を中心に庭石や草木が整えられて四季を楽しむ為のか木が植えられていた。俺はゆっくりと車を進ませながら、庭園の美しさに目を奪われる。

 個人で所有する庭園の規格外の金持ちぶりを見せつけられながらも、冷静に考えればカナリアに魔改造されている旅館を考えると、こちらも相当なモノだと思い気を取り直してマキナに声を掛ける。


「相手の狙いは不動産の取引だけじゃないんだよな?」

「そうですね、この混迷を極める世界情勢においては異能者という武力を取り込みたいという意思があちらにはあるでしょう。特に口伝様の事件から国家の用いる武力では敵わない存在というものが大衆に強く認知されるようになったので、更にその意思は強まっているははずです」

「面倒にならなければ良いけどな……」

「そちらは心配ないでしょう。売り主は聡明ですので、愚を犯す可能性はほぼありません」


 地元の有力者だからそりゃ頭は良いし、国家の権力が弱まっている現状でマキナに喧嘩を売る訳ないよな。売り主からすればパイプを築いて、協力関係を結ばさせて下さいって頼み込む側だし。


「それよりも危惧すべきはライフラインの断絶による食料の確保が問題ですね」

「略奪……って訳にもいかないし、電気や水道はカナリアの技術力なら解決出来るとして……増え続ける美少女の食い扶持が大事だよな」


 俺は高級車の並ぶ駐車場に車を停めながら、近い将来にライフラインが止まることを想定して拠点である旅館の自給自足生活を完成する為の計画を頭の中で練るのだった。

 


「ご足労いただきありがとうございました。本来ならば使いの者をお迎えに行かせるのでが、この世情では私たちのような一般人にはとても困難な道のりですのでご容赦下さい」

「えぇ、口伝様の事件より道中では何度も怪異たちに襲撃をされましたので、賢明な判断だと思います」


 応接間に通された俺たちを迎え入れたのは、この屋敷の主である大蔵政蔵。齢にして80を超えるが、まだ現役とも言える精気漲る溌剌とした肉体の好々爺がこちらを待っていた。既に一度は顔合わせをしているマキナと政蔵は互いに挨拶も程々に席に就く。


「そちらがマキナ様の旦那ですか?いやぁ、中々にお若い方ですな」

「内縁の夫の大刀気合です――――とはいえこの世情を考えれば、そういう形式的なものはもう意味をなさなくなりそうですね」

「ですなぁ、よはや大国のアメリカですから政府機能は麻痺をして、いつ日本も同じような状況に陥るか……勇者様の活躍があっても行政が機能しなくなるのは遠くないでしょう」


 マキナに向ける視線とは違って、俺を値踏みするような視線を一瞬だけ向けるが、こちらが何を言いたいのかを察して俺の言葉に頷いてくれる。有力者らしく頭の回転が早くて助かるが、こういう腹の探り合いのような場面では出会いたくない相手だ。


 口伝様の事件から行政の麻痺とお金の価値がなくなることは確実だしな。そうなると不動産の取引に使う金銭も数字の移動以上の意味もなく、不動産の登記手続きすらもう必要のない段階に来ている。


 今の日本には勇者様という究極の暴力装置が治安を維持しているおかげで、既存の社会が破壊されていく世界情勢でも辛うじて小康状態を保っている。もはや国として正常に機能しているのは指で数える程度しかない世紀末の環境で、このような取引はもう必要がない、とマキナからの進言があったのだが――


 最低限の礼儀というか、社会に属する人間である以上は守るべきルールがあるんだよなぁ……。マキナとカナリアの予測では日本の治安が完全に崩壊するまで半年程度とされているけど、まだ崩壊はしてないから勝手にルールを破っちゃまずいだろ。


――通すべき筋があると美少女達を説得してこの取引に来た訳である。件の口伝様が自衛隊の基地や米軍基地を破壊して回ったせいで、残された国家の防衛と治安を維持する人員は生き残った自衛官と警官のみである。


 だからこそ、この取引は買い手である俺たちの善意で成り立っていることを大蔵政蔵は認識している。国家の権力も権威もなくなるとなれば、今度はそれに代わる異能者の庇護下に入ろうと考えるのは自然なこと。次の社会秩序の中でも優位な立ち位置を得ようと今回の取引で何かを提案をしてくるだろう。

 口伝様の事件が起きたあとでも、使用人達が逃げずに仕事を続けているのがその証明だ。雇い主である大蔵政蔵から、色々と言い聞かれてこの場に残っている。


「本当に余計な騒ぎを口伝様は起こしてくれましたよね」

「えぇ……全くですな」


 実感の籠ったため息を吐き出してお互いに同情する。

 降って湧いた力に溺れる個人の異能者ならばすぐに勇者にぶち殺されて終わりだが、口伝様のように大量の配下を引き連れて国家転覆をしでかそうとしたせいで色々と計画が狂ってしまった。


「とりあえずは……こちらが不動産の権利書と譲渡の書類ですの」

「どうもありがとうございます」


 もはや形骸化したような行為であるが、それでも社会のルールとして行う。渡された書類の内容を確認して、署名を書き、印鑑を押す。一連の流れに何の淀みもなく手続きの全てが終わったあとに――――


「ライフラインが止まった後でも、ガスや水道に電気を維持できるようにすることをこちらは出来ますが、それに伴い地域住民の食料の自足のことで――――」

「この地域の見取り図と総人口、それからこちらに来る避難民のことを考えますと――」


――――俺とマキナ、そして地元のまとめ役して大蔵政蔵と共に、これから止まるであろうライフラインの最整備と食料の自給自足計画、地域の治安維持の警備体制について数時間近くも話し合いを続けて、日本の崩壊を見据えての地域の防衛計画を練るのだった。

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