ゾウ ●

「あなた今日はゾウの日よ」

台所から妻の声がした。

この地域では、年に2回ゾウの着ぐるみで出勤する日があるのだ。

私はクローゼットの奥から、クリーニングのビニールに入った水色のゾウの着ぐるみを取り出した。

「ああ、知ってるよ。ゾウの日を忘れる訳がないじゃないか」

そう威勢よく答えたものの、ゾウの着ぐるみの頭を被った私は、洗面所の鏡の前で手こずっていた。

ゾウの鼻を右に流してみても左に掻き上げてみても、もう鼻にコシがなくなっており、思い通りの鼻の形にならないのだ。

私はドライヤーとマンダムの瓶を持ったまま、呆然として立ち尽くした。

「早くしてよ」

妻が化粧品を持って、後ろに立っていた。

「鼻が決まらないんだよ。パオーンって感じが出ないんだ」

「そりゃ若い頃の様にはいかないわよ。でも、あなた歳の割にはパオーンとしてる方よ。お隣のご主人なんて付け鼻じゃない」

「そんな事を言うもんじゃないよ。最近、付け鼻をする人の気持ちも分かるんだ」

「まったくもう、あなたの鼻なんて誰も見ないわよ」

私は妻に洗面所を譲り、肩を落として玄関を出た。

通りは会社へ急ぐ着ぐるみのゾウで溢れていた。

風が吹いた。

私のゾウの鼻は、柳の様に力なく揺れた。

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