スローテンポ

10時から取引先の会長の葬儀だったが、私は仕事のトラブルで到着が遅れてしまった。

流石、故人は地場企業の重役だけあり、斎場は参列者で一杯だった。

私は斎場の入口で中を見回したが、空席を見つけられないでいた。

「こちらへどうぞ」

それに気付いた係員が、私を誘導してくれた。

広い斎場の端を前へ前へと歩いて行き、焼香台の横を通り、遂には祭壇の内側まで来てしまった。

係員が手際良く、お棺の側面からバタンバタンと音を立てて補助席を広げた。

「どうぞ」

私は困惑したが今更引き返せないので、止むなくお棺の補助席に座った。

そして、目の前でお焼香が始まると、私は冷静を装い参列者一人ひとりに軽い会釈を繰り返した。

出棺まで、私はここに居なければならないのだ。

坊主は私を嘲笑うかの様に、木魚をゆっくりと叩いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る