挨拶
長い廊下の向こうから課長が歩いて来ている。
「お疲れ様で…」
課長が目の前まで来たので、挨拶をしようとしたその時、課長は私の目の前からスッと消えた。
突然廊下の床がバタンと開き、課長がそこに転がり落ちたのだった。
「おっ…落とし穴?」
私が呆然として立ち尽くしていると、背後から声がした。
「驚いたかい?これは“消える課長”だ」
振り向くと、そこには野球の審判用マスクを付けた専務が立っていた。
「…“消える課長”?」
専務はマスクを頭にずらして冷静に説明した。
「そうだ。エポック社が出している野球盤の“消える魔球”を参考にしたのだ」
「一体、何の為に…」
「ハハハ、我々上層部は君達と違って暇を持て余しているからな」
「………」
専務はマスクを被り直して続けた。
「とにかく君はワンストライクだ。さっきの挨拶は完全にスイングだからな。さぁ、アウトになれば出世に響くぞ」
長い廊下の向こうには、髪が乱れ足を引きずりながら、こちらに歩いてくる2球目の課長の姿が見えた。
私は課長を凝視した。
そして、遠くから近付いてくる人との挨拶のタイミングの難しさを痛感していた。
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