通勤

「ア〜アア〜!」

窓の外で叫び声がした。

それを聞いて専務が話しかけてきた。

「君も通勤はツタかね?」

「いえ、私は電車です」

「それなら良かった。…どうも私は、あのツタという奴が嫌いでね。エコだか何だか知らないが、ありゃ酷いものだよ」

ツタとは、緑化が進んだ都市部の公共交通機関なのだ。乗客達は一本のツタに掴まり、ターザンの様に叫びながらブラーンと目的地へと移動する仕組みになっている。

「私もツタは苦手です。叫ばないといけないのが恥ずかしいですし…」

「それでいい。課長なんてツタ通勤のせいで、喉にポリープを作って入院したからな」

専務の話の間も、窓の外ではスーツ姿の男達がブラーンと通り過ぎていった。

「あれ?」

私は男達が両手を放し、脚だけでツタに掴まっているのに気付いた。

「あれは痴漢冤罪が怖くて、両手を上げてるんだよ。そのせいでツタから落ちてしまう者も後を絶たない…ほら、また」

「ア〜アア〜!」

一人の男がビルの谷間に消えていく。

通勤地獄のツタに比べたら、電車なんて通勤天国だと私は思った。

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