第十七話 穴解

「どうだヴェラ、体の中の魔力は感じられるか?」


「なんか、お腹の中が、もやもやするの」


 アストに基礎の反復練習をさせている傍らで、俺は本日の目玉とでも言うべき、ヴェラに魔力関連を教えていた。


 俺は勇者として転生しているので、単純な魔力量はかなり多いらしい。

 なので、魔術は攻防含めて様々な基本から極大と言われるものまで教えられた。

 当然というのも業腹だが、うんともすんとも言わなかったが……。

 一方で、魔力を使う上で重要な魔力操作はできるようになり、綿密な魔力操作が必要な索敵は使えた。

 なので、まずヴェラが自分の魔力を把握できるよう、俺なりに指導している最中だ。


 昨夜ツェツィから色々教わった事で、詳細は別として、俺は他者の能力を上げられる……とほぼ確信している。

 その第一歩として、俺の左手でヴェラの左手を包んだ。

 すると、昨日アストの左手を握ったときと同じように、俺の紋章が光った。

 そしてヴェラは、一切なかった魔法の知識が頭に流れ込んできたという。

 だからといって、いきなり魔法は使えない。

 しっかり段階を踏む――具体的には、まず自分の魔力を感じるところからはじめているのだ。


「感じられた魔力を、体の隅々に行き渡らせるのはできそうか?」


「ちょっと、よく、わからない」


 俺はイメージ的に、体中の血管が魔力を通す管だと思い、全身の血管に魔力を流すイメージで魔力を巡らす事ができた。

 しかし、知識がないこの世界の子どもに、その説明は役に立たないだろう。

 どう説明すれば……。


「あ、ツェツィさん」


 アストの声が聞こえたので、彼の視線の先に目をやると、ニコニコしつつも疲れた表情という、器用な顔つきのツェツィが歩いてきていた。


「皆さんも休憩ですか? 楽しくて休憩なしで動いていましたが、私も休憩しますね」


 ツェツィは魔杖術というスキルの練習がしたいと言い出し、自前の魔杖――どう見てもメイス――を、少し離れた場所で黙々と振り回していた。


「どうです、ヴェラちゃんは魔法を使えるようになりましたか?」


「知識は得られたっぽいし、魔力も感じられたみたいなんだけど、魔力操作ができないんだよ。なもんで、どう教えようか悩み中なんだ」


 ツェツィは自分が魔法を教えるより、俺の『先導者』で強引に引き出させる方が良いと言っていたのだ。

 そしては俺自身の練習になるとも言っていた。

 だが昨日は、ツェツィがヴェラに魔法の知識を教えていたので、やはり進捗具合が気になっていたようだ。


「それでしたら、穴解けっかいを試されたら如何ですか?」


「あー、スキルにあったってヤツね」


 ツェツィが発見した、俺のスキル穴解けっかい

 ツボを刺激して凝り固まった魔力経路をほぐし、体内魔力が十二分に使える状態にする、というスキルらしい。


「魔力操作に関係してるのかな?」


「害のあるスキルではないようなので、ワルター様の練習も兼ねて試してみるのが良いかと存じます」


 そう言われてしまうと、自分のスキルを把握しておきたい俺としては、試してみたい気持ちになる。


「ヴェラ、ここでうつ伏せになって」


「うん」


 ゲルに戻った俺は、ヴェラをベッドにうつ伏せに寝かせた。


「どうやって発動させるんだろ? ――よし、穴解けっかい


 とりあえず、ツボを探すイメージをし、『穴解けっかい』と口にしてみた。


「おぉー」


 するとどうだろう、ヴェラの背中に薄っすら光っている点がいくつか見える。

 多分、服を脱がせた方がわかりやすうそうだが、幼女に見えてもヴェラは十二歳だ、きっと恥ずかしいだろうと思い、そのまま施術する事にした。


「はぅ……、あ、んぅ、はぁ~、あ、あん」


 マジか?!


 脳内に浮かぶ手順通り、ヴェラのツボを突いてみると、少女が少女らしからぬ艶のある声を漏らしたではないか。


「す、すごい、の。……突か、れて、……あん……こじ、開け、られて……はぁん……ドクドク、何かが……ぅん……流れてくる、の。はぅっ……」


 とりあえずヴェラの声に耳を傾けないようにし、俺は無心で施術した。


「ワルターお兄ちゃん、魔力を、体のあちこちで、感じられるの」


「よし。それならその魔力を、体の一点に集められるか? 例えば右手とか」


「やってみる」


 そんな感じでやり取りしていると、ツェツィがゲルに入ってきた。


「如何ですか?」


「一応だけど、魔力操作はできるようになったっぽい」


「それでしたら、外に出て生活魔法から試してみましょう」


「はい、ツェツィお姉ちゃん」


 ゲルから出て、そこからの指導をツェツィに任せると、あれよあれよと言う間に魔法を発動したヴェラの手から、土がサラサラと溢れ落ちる。

 魔力を変換して土を生み出しているのだと理解できているが、何もない場所から出てくるのを見ると、改めてここは剣と魔法の世界なのだと実感する。

 と同時に――


「俺って必要なくね?」


 結局は、ヴェラに魔法を発動させたのはツェツィだったため、俺は自分の役立たずっぷりが悲しくなってしまった。


「何を言っているのですか? そもそもとして、魔法や魔術は教わって知識を得る事ができても、自分の魔力を把握しないと使えません。そして魔力を理解していない者に、自身の体内魔力を感じさせるのはとても難しい事なのです」


「お、おう……」


「更に感じた魔力を操作できるようになるのは、多大な時間をかけて習得するのですよ。それをあっという間に成し遂げたワルター様は、誰よりもすごいのです」


 軽くやさぐれた俺を、ツェツィは必死に慰めてくれた。

 本人は、慰めたのではなく事実を言ったまで、と言っていたが。


 その後、休憩を終えたツェツィは再び魔杖メイスを振り回し、アストも基本練習を繰り返している。


「大丈夫かヴェラ?」


「まだ、クラクラ、するの……」


 調子に乗って土を生み出したせいだろう、ヴェラは魔力が枯渇してグッタリしている。


 ちなみにツェツィが視たところ、ヴェラには火と土に適正があるらしい。

 だが火属性は危険なので、まずは土属性から練習させている。


「魔力切れを経験できたのは良い事だ。そうならないように、自分の魔力を確認しながら魔法を使うんだぞ」


「うん……」


 はぁ~、俺も魔力が切れるくらい、魔法とか魔術を使ってみたいもんだな。


 思わず愚痴を内心で零してしまう。


 その後、アストにスキルを使わせ、どのような場面でスキルを使えばいいのかなどをレクチャーする。

 復活したヴェラにはツェツィについてもらい、細かい魔力操作を意識させ、倒れない程度に練習をさせた。

 ツェツィ曰く、魔術系最低位の魔法使いにしては、ヴェラの魔力量はかなり多いらしい。


 そんなこんなで日が暮れ、今日も四人で食卓を囲み、和やかなひとときを過ごす。


 俺は人見知りな訳でもないが、幼馴染の恋人がいるだけで満足な人間だった。

 だがこうして、少し知ってるだけの者たちと気楽に食事を共にするのも悪くない、そう思えている。

 しかし――


「今日もありがとうございました」


「ありがとう、ございました」


 丁寧に礼を述べた兄妹が帰って行く。

 俺は二人の背中を見送り、ゲルに戻ると空になったカップにお茶を淹れ、しばし思考の海に潜る。

 向かいの席に座ったツェツィは、自分の時間をお茶と共に楽しんでいるのか、何も言わずにいてくれた。


 そして俺は、考えがまとまらぬまま口を開いてしまう。


「なぁツェツィ、この際、開拓とかしないで二人でどこかに逃げないか?」

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