第三十七話 へそ曲げ

「ツェツィ、トゥーダ、引け! ――二人があのラインまで戻ったらヴェラは魔法を発射! 着弾したらアストが止めを刺せ!」


 森の奥へ探索範囲を広げ、あまり多くの魔物と遭遇できていないが、それなりの戦闘数を重ねられた。

 とはいえ、ここはさすがのシュレッケン大森林だ、遭遇する魔物は噂に聞くとおり凶悪で、どいつも一筋縄では行かない。

 しかもこのメンバーで連携するのは初めてだったが、数度の戦闘でなんとなく皆の動きが掴めてきたので、以降は俺の指示で動いてもらっている。


「ワルターさん、止めを刺しました!」


 俺の指示下でも問題なく連携ができるようになり、アストが危なげなく止めを刺していた。

 というよりアストとヴェラがいなくても、ツェツィとトゥーダで片が付いてしまうのだが、それでは兄妹の成長にならないため前衛の二人……あれ、ツェツィって前衛だったっけ? まぁいいや。

 とにかく、バーサーカーな二人が魔物を粗方弱らせ、兄妹の所まで誘い出して止めを刺させる、という作戦で戦っている。


 魔王討伐の旅で俺も多種多様な魔物は見てきたが、ここには俺も見た事のない魔物がいた。

 トゥーダ曰く、この森の魔物は冒険者的な言い方をすると、高ランクの巣窟なのだとか。


 トゥーダは俺を基準とした勇者世代より三歳上の十八歳だ。

 なので、最初から勇者パーティとして活動をはじめた俺たちと違い、冒険者登録して冒険者として実践訓練していた時期がある。

 そのため彼女は、勇者パーティを抜けた今でも現役冒険者であり、俺の知らない冒険者の常識や知識を持っているのだ。


「コイツは素材として高く売れるけど、肉も高く売れるぞ」


「売らずに開拓民の食料にするより、売って他の食料を買う方がいいか?」


「この肉ならその方が得だな」


「了解。じゃあ売ろう」


 冗談抜きでトゥーダは戦うしか能がないと思っていたが、実は頼りになるお姉さんだった。

 たしかに彼女は口が悪いけれど、戦闘に関するあれこれをアストに教えたり、開拓民の面倒を見たりしている。

 そんな姿を見ていると、あの口の悪さこそトゥーダが姉御たる所以であり、親しみやすさの一助になっているのだろう。

 ありがたいと思える行動をしてくれているのは、目を逸らせられない事実だ。


 俺は勇者パーティでないがしろにされていたのもあるが、何よりアメリア以外に目を向けていなかった。

 もし俺が他にも目を向けていれば、トゥーダをもっと知れていたかもしれないし、まかり間違ってもっと良い関係を築けていたかもしれない。

 視野の狭かった時代が、今となっては勿体なく感じるのであった。



 その後、索敵範囲に魔物の反応があったものの、更に奥地へ向かう事になるため、帰還時間を考えて今回は深追いせず本拠地へ戻ったのだが――


「姐御、姫さん、嬢ちゃん、坊主、親分お疲れ様です」


 大勢の開拓民からそんな言葉で出迎えられたのだが、名前が出てくる順番がおかしいと思った。

 親分と呼ばれるのは百歩譲って許しているが、その親分の名が最後というのは如何なものだろうか?


 開拓民のリーダー格である建築家兄弟がトゥーダを慕っており、その子分とでも言うべき開拓民の口から、姐御という名が一番目に出てくるのはわかる。

 元王女であるのは伏せているが、赤金オリハルコンの”姫巫女”であるツェツィは紋章のランクを差っ引いても、見事な演説した事で敬われているのを知っているため、この順番なのもわかる。

 ヴェラは開拓作業で大車輪の活躍をし、開拓民の娘や妹的な立ち位置で可愛がられているし、呼び名が『お嬢ちゃん』から『嬢ちゃん』に変わっていて、より親しい関係になってのを感じいるからまぁわかる。


 ここまではまだ良しとしよう。

 だがアストの呼び名が俺より先に出るのはどういう事だ。

 これに関しては、ちょっと理解できない、

 何せアストは、初期こそ斧を持って木を倒していたが、現状はトゥーダに引き回されている事が多く、開拓民とあまり接点がないはずなのだ。

 それより全員の飯を用意してバフをかけている俺の方が、申し訳ないがアストより先に呼ばれてもいいのではないだろうか。


「ワルター様、どうかなさいましたか?」


 狭小な心の持ち主である俺が腑に落ちない出来事に軽くいきどおっていると、ツェツィが小首をかしげながら問うてきた。

 小物な俺だが、ただでさえヒモ状態なのにこれ以上情けないところは見せられない。


「いや別に」


 然も何もなかったかのように振る舞っておく俺なのであった。




「今日も『創生』の詳細文は現れませんでした」


「それは残念」


 今日も今日とて、ツェツィと見つめ合った訳だが、やはり変化はないようだ。


「あまり残念そうではありませんね。といいますか、ご機嫌斜めですか?」


「そんな事はない……と思うけど」


「ありそうですね」


「…………」


 器の小さい男だと思われそうだが、本拠地に戻った際に感じた事をツェツィに話した。


「それはまだ、ワルター様の素晴らしさが理解できていないのが原因でしょう」


「でもデークとかは、俺のバフに感謝してたぞ」


「もしかすると、バフの効果にばらつきがあるのでしょうか?」


「そもそも対象人数が一気に増えたし、もしかして俺が無意識で優先順位をつけてて、下位の者には効果が薄いとか、下手するとバフがかかってなかったりとかの可能性も?」


「その可能性はあるかもしれませんね」


 初期に全員へバフがかかるか確認して大丈夫だと判明していたのだが、あの時は俺がしっかり意識していたから問題なかっただけで、惰性でバフを撒いている現状は、俺の憶測通りの可能性があった。


「あっ!」


「どした?」


「紋章合わせか穴解けっかいをするのはどうでしょうか?」


 紋章合わせとは、紋章のある左手の甲に俺の左手をかぶせる行為で、実際には紋章を合わせていないのだが、便宜上そう呼んでいる。

 それにより、本人でも気づいていなかった紋章の効果であるスキルの使い方を、当人に気づかせることができるのだ。

 そして穴解は、ツボを刺激して凝り固まった魔力経路をほぐし、体内魔力が十二分に使える状態にするスキルなのだが、魔法や魔術を使わない者にも効果があるのか甚だ疑問だ。


「人間は誰しも魔力を持っていますし、スキルの使用は大なり小なり魔力を使います。決して無意味だとは思えません」


「でもあれって結構疲れるからなー。効果があるならやるけど……」


「それなら、アストくんで一度試しますか? 効果があれば、そのまま戦力の増強になりますし。それと、デークさん兄弟だけとりあえず紋章合わせを試すとか?」


 無意味な事に労力を使いたくない俺は、ツェツィの提案を受け入れた。


「では、明日の探索は取りやめて、実験の日といたしましょう」


「トゥーダに文句言われないか?」


「ワルター様の素晴らしさを彼らに理解していただくのは、他の何よりも優先すべきことです。そのためには、明日の実験は必要不可欠。トゥーダ様にはご理解していただきます」


「いや、俺の素晴らしさとかどうでもいいんだけど……」


「いいえ、勇者であるワルター様には、御威光を示していただきます」


「あ、はい」


 たまに顔を覗かす、ツェツィの勇者信仰のようなものが出てきた。

 こういうときに言い合っても無駄なので、俺はおとなしく引く。

 そして、彼女の口ぶりからしてトゥーダの対応は、ツェツィがしっかりやってくれるだろう。


 金策に全力を注がなければいけないのに、俺がつまらない事でへそを曲げた結果、面倒なことになってしまったのであった。

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