第三十八話 こんな生活も悪くない
「
「うん、おつかれ」
本日の作業を終え、ようやく村と呼んでも差し支えない形になった本拠地を歩いていると、開拓民たちから
これは
紋章合わせは済んでいたが、魔法を使えなかったアストに穴解を試すと、魔術系どうこう関係なく、彼の動きが良くなってスキルの発動もスムーズになったのだ。
次にデーク、キッコリ、ザイクの三兄弟を呼び出した。
まずはデークに、あえて紋章合わせをせずに穴解を試す。
すると紋章合わせをした時と同じように、自分では把握できていなかったスキルが頭に浮かんだらしく、さらにアストと同様に色々とスムーズになった。
その後にキッコリとザイクにも試して分かったのは、『穴解』が本来の力で、『紋章合わせ』は『穴解』の簡易版だろうと言うことだ。
となれば、皆の力を引き上げるには手を抜かずに『穴解』をすべき、とツェツィに主張されてしまい、俺は重労働を強いられる羽目に。
穴解は指圧マッサージのようなものなので、普通に凝り固まったオッサンどもに穴解を施すのは、過去一の重労働だったと言える。
だが労を惜しまなかったのが功を奏したようで、開拓民が強化されたのは俺としても喜ばしい。
しかし問題もあった。
どうだとばかりに無い胸を張ったツェツィが、『ワルター様のお力はこんなものではありません。ですが皆さんは、そのお力の一端を身を以て感じることができたはずです。これからも勇者様に日々感謝し、崇め讃えてくださいね』などと演説をぶちかましたのだ。
その影響は大きく、俺を親分と呼んで少し距離を置いていた開拓民が、『勇者様』と呼びながら俺との距離を縮めてきだした。
自分の扱いが不当に低いと思ってへそを曲げた訳だが、こうなってしまうと案外面倒だ。
しかもこの結果は、俺の力へ対するものではなく、ある意味『勇者教の教祖』であるツェツィの教えを実践しているだけと思えてならない。
穴解とは別件で、バフに関しての実験もしており、無意識下でなんとなく撒いているバフでは効果にムラがある事が判明した。
また、デークたち五人衆など俺と関係が深い者には、優先的にバフを与えている事もわかり、これを機に今一度俺のバフについて見直す事に。
そして現状、以前より頻繁に開拓民と顔を合わすようになり、誰がどのような仕事を受け持っているのかを覚えた。
なので、彼らの仕事に応じて必要なバフをかけるなどの工夫をして、効率よく確実にバフを与えられるようになったと思う。
穴解を行い、意味のあるバフを与えた事で、開拓は順調に進んでいる。
当初はなかった畑も作られはじめ、まだ収穫はないものの、自給自足の目処が立ったのは大きい。
これは、俺がまだ勇者パーティ在籍時の事だ。
痴女……ではなく第一王女から見限られていたが、アメリアと二人で結婚生活ができると思っていた頭お花畑な俺は、なんとなく畑仕事でもしながらのんびり生活するのもありだな、などと思って各地で
しかし使われることなくストレージの肥やしになるはずだった種苗は、ここにきて日の目を見る事になったのだ。
それらは元農民だった開拓民の手により、問題なく植えられていった。
ときには、『勇者様、これは何の種ですか?』などと聞かれても、ラベリングのお陰で迷うことなく答えられる。
すると、『これはこんな感じで植えれば育てられそうです』という返答があり、ならばとお試しで植える事もできた。
異世界ではご法度と言われるジャガイモとトマトらしきものは、無事に育ってくれるだろうか……。
「変な気疲れもするけど、こんな生活も悪くないかもな」
畑仕事を見守っていただけの俺は、自分が作業したわけでもないのに妙な充足感に満たされ、俺らしくもない言葉がぽろりと漏れ出た。
現状は裕福な生活を送れていないし、あれこれを気を回して疲れることもあるが、生き急ぐようなせかせかした日々ではない。
そして、今までいなかった仲間と呼べる者ができ、それなりの仕事をして生きていくのは、思いの外充実感を得られる。
言葉では『悪くないかも』なんて言ってしまったが、俺は存外この生活を気に入っているようだ。
もしかすると、幸せってのは必死に探すものじゃなくて、ありふれた日常の中に潜んでるのかもな。
らしくもないちょっとポエミーな思考になった俺は、『でもそんな自分も割とありだな』などと思って軽く浮かれていると――
「おう勇者様、工房の方は粗方出来上がったんだけどよ、肝心な物が使い物んにならないんで困ってるんだ」
俺の気分に水を差すヤツが現れた。
ソイツはドワーフと見紛うような低身長で、体型は見事な樽型の男だ。
とはいえ、よく知ってる人物なので怪しくはない。
ただ良い気分に水を差されたのだけは、少々残念に思う。
さて、その男の名はカジーといい、樽型体型に髭面という見た目こそドワーフっぽいが、普通に人族だという。
トゥーダほどではないが、他の開拓民に比べると少々口の悪い男だ。
だが俺としては、変に畏まられないので気楽に受け入れられた。
「何が使い物にならないんだ。俺か?」
「ちげーよ、耐火レンガだよ。あんな粗悪品じゃ、ちーとばかし温度を上げたら高温に耐えられず崩れちまう」
「だったら耐火レンガを作ればいいんじゃないか?」
無知な俺は考え無しで発言した。
「あの粗悪品を元に作り直すのはできるけどよ、手間も時間もかかる。それに、その作業をするための炉がねーぞ。粗悪品で仮の炉を作ったら、今度は材料がなくなる」
「だったらこう、魔物の素材で作れたりしないのか?」
地球にはない、この世界ならではの魔物素材、これがなかなかに便利なのだ。
「滅多にお目にかかれねーけど、ボーンキングの骨を砕いた素材なら水で溶いて練って、あとは低温でじっくり焼き入れるだけだから、普通の炉でも作れるぞ。ただし入手するのが大変だけどな」
「ボーンキングか……ん、あるな」
「あるのか!」
ストレージのラベルチェックをしてみると、ちゃっかりボーンキングの骨が収納されていた。
シュレッケン大森林に入ったばかりの頃、厄介なスケルトンがいたのだが、多分あれがボーンキングだったのだろう。
「粉末状態の方がいいんだろうけど、流石に骨のままだけどね」
「アレを砕くのは骨だが、姫さんなら簡単に粉末にしてくれそうだし、物があるなら問題ないさ」
「それはあれか、骨を砕くのは骨っていう、カジーなりのギャグかなんか?」
「そんなつもりはなかったけどよ、そう言われるとちょっと恥ずかしいぞ……」
スキンシップのつもりで俺なりにからかってみたのだが、カジーは本当に恥ずかしそうにしだした。
人付き合いとは、なかなかに難しいものだ。
「とりあえず明日の朝一で新工房に届けるよ」
「お、おう。それなら今から粗悪品で仮の炉を作っておくか。助かったぜ勇者様」
「助かったのはこっちなんだけど……。残業させちゃって悪いけど頼むね」
「任せときな」
カジーは樽のような体を揺らしなら、見かけによらぬ軽やかな足取りで去っていった。
「――って事で、明日は新工房に行く予定なった」
「スケルトンの親玉みたいなアンデッドも、素材として使えるんですね」
「そうみたい。ボーンキングの骨ってどんなんだった……え?」
「どうしました?」
俺がストレージのラベルを確認すると、そこには思いもよらない表記が――
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