第三十九話 情緒不安定

「おう勇者様、わざわざ悪いな。姫さんもすまんな」


「物を運ぶのは俺の十八番おはこだから、別に問題ないよ」


「私はワルター様のおまけなので、気にしないでください」


「ん? ボーンキングの骨を砕くために、姫さんもきたんじゃないのか?」


 朝食後の俺は、ツェツィと一緒に新工房へやってきていた。


「それなんだけど……とりあえずそこの箱に出すね」


「そこは粉末にした骨を入れる箱――」


「いいから」


 俺はカジーの言葉を遮り、ストレージから白い粉・・・を取り出した。


「なんだ、もう姫さんが粉末にしてくれてたんだな」


「私は何もしていませんよ?」


「え? でも勇者様が出したのは粉末だぜ」


 そのとおり。

 俺がストレージから出したのは、既に粉末になっているボーンキングの骨だ。

 しかし、ツェツィが何もやっていないというのも本当であった。


「これも勇者であるワルター様のお力なのです。わざわざ私が手助けするまでもなく、ワルター様のストレージがボーンキングの骨を粉末にしたのです」


「本当なのか勇者様?」


「ん? 本当だよ」


 そう、俺がストレージのラベルを見て言葉を失ったのは、『ボーンキングの骨(粉末・・)』と表記されたのを見てしまったからだ。

 しかも、全ての骨が粉末化された訳ではなく、お試しといった感じで程よい量が粉末になっており、大多数が『ボーキングの骨』というラベルがされた中に残っていた。


 なんという親切設計。


「カジー、粉末はどれくらい必要?」


「そうだなー、今出した十倍くらいあれば問題ないと思うが、そんなにあるのか?」


「問題ないね」


 俺は先程出した粉末の十倍くらい、そう頭に思い浮かべる。

 すると、一度なくなった『ボーンキングの骨(粉末)』というラベルが再び生成され、そこからいつも出し入れしている感覚で箱に出す。

 当然、骨ではなくしっかり粉末で出てきた。


「この粉末はすげーな。姫さんの戦鎚バトルハンマーで砕いただけなら、こんな均一で細かくならねーはずだ。――いやー、勇者様の能力はマジですげーや」


「私が使っているのは魔杖で、戦鎚バトルハンマーではありませんけど?」


「ツェツィ、今その話はどうでもいいから」


「どうでもよくありませんが……確かに今は、ワルター様の凄さをお伝えせねばなりませんね」


 そう言ったツェツィは、カジーを筆頭とした生産組の連中に、如何に勇者が素晴らしいかを力説するのであった。


 これってもう、宗教活動と言っても差し支えようがないよな?


 薄っすら幸せの輪郭が見えてきた俺からすると、変に俺を担ぎ上げるのはご遠慮願いたい、というのが本心だ。

 そして名前を失念したが、あのクソ女神の信徒であるツェツィには、自身の崇める女神をしっかり信仰してもらいたい。


 そんなことを思いつつも、俺が口を挟むと余計に話が長くなるので、俺は自分の存在を消すようにひっそり影に徹した。

 そして、自分が盗賊シーフ系のスキルが使えるのを思い出し、何処かで使い所がないか考え、無為な時間潰しを有意義なものへ変えたが、結局何も思いつかない。

 いくらスキルが有能でも、遣い手が無能では宝の持ち腐れでしかなかった……。




「おうワルター、そろそろコイツラにも、穴解かバフの付与をしてくんねーか?」


 新工房を出たところで、褐色の肌に痴女丸出しな極小ビキニアーマーを着けた、虎獣人の中でも希少な白虎獣人のトゥーダに声をかけられた。

 その痴女なアマゾネスが従えているのは、疲れ切った顔をしたアストと、最近村にやってきた女性だけの冒険者パーティの面々だ。


 以前から、『役立たずだけど信頼できる冒険者』という存在を、ギルド職員でアストとヴェラの姉的存在であるカーヤに見繕ってもらっていた。

 だが、『信頼できる』の部分で自信を持って推薦できる者がいないと言われ、なかなか冒険者を寄越してもらえていなかったのだ。

 しかしツェツィが、『女性だけのパーティでしたら、余程おかしな方でなければ大丈夫ですよ』などと意味不明な条件緩和を言い出す。

 すると言葉通り、女性だけのパーティが送り込まれてきたのであった。


 俺はある意味で人間不振なのだが、それ以上に女性不信なのだ。

 だと言うのに、信用ならない女性だけのパーティを呼び込むなど、俺からしたら暴挙としか思えなかった。


 そんな女性パーティだが、普段はツェツィが面倒を見ている。

 物騒なモノを振り回しているので近接物理職のイメージだが、姫巫女である彼女は本来魔術が本職なのだ。

 だが今日は俺と同行していたため、トゥーダが教官役だったらしい。


「穴解はまだ早いかな。ツェツィとトゥーダが許可するなら、一時バフの付与はするけど」


 穴解は基本能力が上がるので、簡単にはしたくない。

 それは暗に、裏切られたら……と考えてしまうからだ。


 ってのは言い訳だな。


 実のところ、あのヴェラが穴解で艶っぽい声を出した事から、女性に穴解を施すのは軽いトラウマになっていた。

 自分でも気づいているのだが、相手が着衣状態であれ、背中のツボを刺激している最中に艶っぽい声を聞かされると、俺の体がなんかヤバい。

 発育不良で小さくて痩せっぽっちのヴェラですら、少女ではなく女の声を上げ、俺は無心になるよう自己暗示をかける必要があったくらいだ。


 あのまま普通に声を聞いていたら、俺はいったいどうなってたんだろう……。


 俺はぼちぼち十六歳だから、間もなく成人となる。

 だが体の成長が遅いからだろう、未だに精通はしていない。……が、最近は成長期なようで、短期間で身長が伸びているのだ。

 この成長期は、本来ならとっくにしているはずの精通が、遅ればせながらようやくやってきたよ、という体の合図に思えてならない。


 前世日本人時代の俺は、莉愛がいるだけで満足だったせいか、精通はしていても性欲はなかった。

 気づいたら夢精していたので、処理も意図的にしたことはない。

 なので、既に結婚願望もなくなっている現状、俺としては何の問題もなかったし、今更感が半端ないのだが……。


 今の俺って、日本人時代や勇者パーティを追放されるまでとは、なんとなく感覚が違うんだよな。

 それも自分で気づかない変化なんだけど、何かが変化してることだけは分かるから、ちょっと不安な部分があるし……。


 そんな訳で、女性の背に触れている最中に艶っぽい声を聞いたら、自分が豹変してしまうような気がして怖いのだ。


「コイツラ全員魔術系だから、できれば穴解をしてやりてーんだけど」


「俺の見立てでは、まだちょっと早いな」


 本調子であれば、全員魔術系の女性だけのパーティってなんなんだよ!? とツッコんでいただろう。

 だが今はそんな余裕がない。

 俺はいち早く危険から遠ざかりたいのだ。


「ワルターがそう言うんじゃ仕方ねーか。ぼちぼち近場の巡回に連れて行くつもりなんだけどよ、姫さんがお前から離れられねーだろ? その分、戦力の底上げをしておきたかったんだがな。――まぁそんときゃ、朝一でバフ頼むな」


「わかった」


 俺は話半分で適当な相槌を打ち、『せっかくの新戦力が女だけってのがマジで残念だ。どうして男じゃないんだよ』という、一部の腐った方々が喜びそうな思考になっている事にも気づかず、つまらない気持ちで帰路をとぼとぼ歩く。


 今の俺は、少しばかり情緒不安定なのであった。

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