第四十話 女は信用ならん
「おう、勇者様に姫さん、今日は冒険者の姉ちゃんたちが姐御と巡回……という名の地獄に連れて行かれたんだって?」
女性冒険者たちに一時バフをかけ、新工房にやってきたらカジーからそんなことを言われた。
この開拓地は小さな村で、情報はあっという間に広まるのだ。
「後衛の彼女たちは、たぶん地獄にならないんじゃないかな? むしろトゥーダと一緒に前衛として足止め要因にされるアストが、今までで一番の地獄を見ると思うんだけど……」
トゥーダは脳筋気味であるが、『冷静でさえあれば』という条件付きで、戦闘時に最適な行動方法を選べるくらい頭が回る。
例えば相手が複数体いる場合。
前線で戦闘を続行するか、後衛の護衛に回るかといった判断を即座にし、最適解に近い行動ができる。
また、後衛が攻撃しやすいように射線を確保するなど、呼吸をするかのようにサラッとこなせるのだ。
ただし、カッとなってしまうと一気に視野が狭まり、目の前の相手しか見えなくなるのだが、トゥーダにとって比較的楽な魔物しかいない巡回路であれば、問題はないだろう。
それより、後衛を育てることに意識が向いたトゥーダが、前衛をアストに任せっきりになり、彼が地獄を見ることになりそうで、俺からするとそっちの方が心配だ。
まぁ、アストはパッシブの方のバフがかかってるし、
そして今日は、ヴェラも巡回組に混ざっている。
あの子の紋章は魔術系最低位の魔法使いだが、ツェツィに『魔法使いの魔力量ではない』と言われる多量の魔力があり、俺のバフとここで生活している影響で、下手な魔術師や魔術士より器用で強い。
なので、紋章ではヴェラより上位の女性冒険者だが、きっとヴェラに守られることになるだろう。
そして小さな魔法少女は、兄アストのサポートもしてくれるはずだ。
「あちらのことは、トゥーダ様にお任せしておけば問題ありません」
「姫さんの言うとおりだな。こっちはこっちの仕事をするか」
「そうです。ワルター様のさらなるご成長のために、カジーさんたちには頑張っていただきませんと」
ツェツィは敬虔な信者たち――ただし、信仰すべき存在を間違えている――に、気合を入れるような言葉を発していた。
さて、このツェツィという少女は、王国の責任者たる王族という生まれだけあって、たとえ囚人でも助けようとする気概がある。
一方で、全員の命を救うなどと綺麗事を言わず、救える命だけを救うような割り切りもできる強かな性格だ。
やや考えが浅く、感情で動いている面も無きにしも非ずだが、即断即決できる行動力は大したものだと思う。
そんなツェツィは、清廉潔白が巫女装束を纏って歩いてるような存在、そう言っても過言ではない。
整った顔立ちに慈愛あふれる笑み、
極めつけは、王族という由緒正しき血筋。
どれをとっても、非の打ち所のない完璧な女性と言えよう。
しかし、元母国の住人だからと囚人を助けるような人物でありながら、平気で助けた囚人を手勢に加えたりする。
普通に考えれば、自分が助けたとは言え
だがそれをしないだけでは飽き足らず、『手間賃です』と言って、掘り出されていた鉱石を当たり前のように持ち帰る。――実際に持ち帰ったのはストレージ持ちの俺だが。
このツェツィという人物は、なかなか
美しい所作や見た目を鵜呑みにして、ただの良い子ちゃんだと思ってはいけない。
「さあワルター様、今こそ
「報酬?」
「報酬ですよ」
俺の疑問を、とても良い笑みを浮かべながらツェツィは返す。
勝手に頂戴してきたくせに。
やっぱり女は信用ならんな。
ツェツィが味方であることを頼もしく思えるが、反するように女性への信用度が下がっていく。
「お姉さまの統治ががしっかりしていれば、あのような事態にはならなかったのです。なので妹である私が、不出来なお姉さまの尻拭いをいたしました」
不出来なお姉さまとかさらっと言ってるし。
「ですが、現在の私たちは姉妹ではありません。そして、功績を上げた者に報酬を支払うのは王族の務めであり、それを怠っては王族として示しがつきません。なのでお姉さまのお立場を考え、私は報酬を頂戴したのです。これでお姉さまの面目も立ちましたでしょう」
表立っての功労者はトゥーダになってるんですけど……と言いたいのだが、面倒臭そうなので言わないでおいた。
「ということで、どかっと出しちゃってくださいませワルター様」
「あ、はい……」
俺はストレージから、黒みがかった鉛色のインゴットを取り出した。
「おや? 鉱石ではないですね。もしかして……」
「ストレージが勝手に分けてくれてた」
「やはりワルター様のストレージは素晴らしいです。――ご覧になりましたか皆さん?」
あ、また勇者教の布教が始まるのね……。
で、聞かされる方も嫌々聞くんじゃなくて、目を輝かせながら聞くんだ……。
もうコイツラ、すっかり信者になってるみたいだから、その広報活動は要らないんじゃね?
そんなことを思いながら、俺はツェツィの演説を聞き流して時間がすぎるのを待つのであった。
「で、色々作れそう?」
演説が終わったのを見計らって、俺は速攻でカジーに声をかけた。
「なぁ勇者様、これは鉄じゃなくて魔鋼じゃねーか?」
「……魔鋼って書いてあったね」
俺がストレージに入れたのは鉄鉱石だったはずだが、分離されてできていたインゴットは、鉄ではなく魔鋼になっていたのだ。
詳しい原理は不明だが、鉄鉱石の近くで遺体の焼却やらをしていたので炭化して鋼になり、更に俺の魔力を帯びて魔鋼になった……のだろうか?
いや、マジで意味わからんのだが……。
「普通に考えて、魔鋼なら農具じゃなくて武器を作るのに使った方がいいと思うぞ」
「でも結構な量を頂戴してきたから、優先度の高い物から作る方針でいいと思うよ」
「勇者様が言うんだったらそうするけどよ、なんか勿体ないな」
「あ、でも、どうせなら剣を打ってみたいから、最初は剣を打つところを見せてくれない?」
何も生産組に仕事を丸投げするつもりはない。
俺の『創生』が反応するかどうかを確認し、俺も見学後は実際に作業してみるつもりだ。
ならば、やはり剣を打ちたいと思った訳だが……。
「本当なら最初から剣なんか打たせねーけど、勇者様には逆らえないからな」
「悪いね」
口の悪いカジーだが、彼はもう立派な勇者教の信徒だ、仕方なさそうな口ぶりの割に、表情には嬉しさがにじみ出ている。
勇者に自分の仕事っぷりを見せ、指導できるのは、ちょっとした誉れなのかもしれない。
「まずは鉄鉱石から鋳造までする予定だったのが、勇者様のお陰でその工程をすっ飛ばせた。炉の温度はもっと上げる予定だったが、これならこのまま行ける。準備は万端だ、早速取り掛かるぜ」
ボーンキングの骨を主原料にして作った耐火レンガで組み上げられた炉には、『早くしろ』と言わんばかりに炎が轟々と存在を誇示している。
初めて間近で鍛冶仕事を見る俺は、眼前で立ち昇る炎のように、かなり気持ちが昂ぶっていた。
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