第四十一話 平和ボケ

「勇者様、なかなか手際が良かったぞ」


「俺も素人にしては様になってた気がしたよ」


 でもな……。


 カジーが剣を打つのを見せてもらい、俺も見様見真似で打ってみた。

 だが違う。

 たしかに、自分でも初心者ながらに上手くできてる感じはしたが、何らかのスキルが働いている気がしなかった。


 自意識過剰かもしれなが、『創生』の力が発揮されれば瞬時に作品が仕上がるくらい、普通ではありえない何かがあると思っていたのだ。

 だが現実は、『素人にしては手際が良い』程度の結果でしかなった。


「でも勇者様よ、初めてでここまで打てるのは凄いことなんだぞ。鍛冶関係のスキルがないのにこんだけできるんだ、これが『創生』の力なんじゃないのか?」


「だとしたら、ちょっと期待はずれかな……」


「いや、初めてでこれなんだ、数をこなせばあっという間に一流の鍛冶職人になれるかもしれねーぜ」


「……まぁ、とりあえず続けてみる、か」


 俺の中で期待値が高かっただけに、正直今回の結果はかなり残念だった。


「勇者様はここにいますか?」


 軽く落ち込む俺の耳に、工房の入り口の方から声が聞こえたので、何かと尋ねる。


「バフの効果が切れてるんじゃないかと皆が言ってるんですけど……」


 面目なさそうに告げられた言葉に俺はハッとした。


「ごめん。自分の作業に集中しすぎて、バフに意識が回ってなかったみたいだ」


 どうやら俺は、真剣に一つの事に打ち込むと、意識を他に回せないようだ。 


「勇者様のバフはこの村の生命線だ。鍛冶の素質はありそうだが、それにのめり込んでバフを撒けないとなると、ちょっと……いや、かなり問題があるぞ」


「私もそう思います」


 作業中からずっと黙って見守っていたツェツィが、沈黙を破ってカジーの言葉に同意を示した。


「ワルター様のストレージで、鍛冶を行うまでの準備工程が不要になります。その時点で、ワルター様のお仕事は終了しているのではないでしょうか?」


 そう口にしたツェツィは、『創生の先導者』について持論を展開する。


 それはズバリ、”究極のサポート役”である、というものだ。


 前提である『先導者』からして、その傾向は顕著だった。

 その『先導者』の最たるものであり、補佐そのものと言えるバフは戦闘や成長などで既に効果が立証されている。

 俺自身が意図的に使えるスキルも索敵などの盗賊シーフ系で、それらは直接的な戦闘力以外で仲間をサポートするのがメインだ。


 そして『創生』になってからストレージに起こった変化は、ボーンキングの骨を粉末化して、鉄鉱石をインゴットにしている。

 鉄鉱石から魔鋼のインゴットになった部分は不明だが、粉末化やインゴット化は、鍛冶のサポートをしていると言えるだろう。

 であれば、『創生』の効果は俺が直接的に手を下す、例えば剣を打つなどの鍛冶作業などに影響を及ぼすのではなく、その前段階をサポートする能力と捉えれば納得がいく、という事だった。


 更にもう一点、サポート役である俺が何か一つに集中してしまうと、多くの者に影響を与えるバフに意識が向かなくなる。

 そうならないよう、全体を見渡せる状況かそれに近い状態で働くというのが、俺の能力の根底にあるのではないか、とツェツィは推測してるらしい。


「ですがそれですと、子作りに集中できないという事になりますね。う~ん、この推測は外れているかもしれません」


「お前は何を言っているんだ」


 的を射た推論に、俺はうんうん頷いて大いに納得していたが、ツェツィは最後の最後に意味不明な事を言いだした。

 彼女は普段からたまに変な事を言うが、極稀に見せる淫乱ピンクの片鱗が、俺は少しばかり恐ろしく感じる。


「勇者様には鍛冶の才能がありそうだから、このまま場数をこなしてもらいたいところだが、姫さんの話を聞いた感じだとそうもいかなそうだな」


 カジーが場の空気を変える発言をしてくれた。


 それはそれとして、俺からしてみると可能性があるまま確認しないのは、しこりが残る感じがしてなんか嫌だ。

 なので開拓民の仕事の調整などして、必ずしもバフがなくても大丈夫な状況を作り、再度鍛冶の時間を作りたいと思った。

 どうせ俺には、幸せになるという不明瞭な目標しかない上に、時間だけはたっぷりある。

 ならば何も急ぐ必要はない……と思ったのだが、そうでない事に気づいた。


 数年から最長でも十年以内に魔王が再降臨するんだよな。


 だがそれは、ゲリンたち勇者パーティに任せておけば問題ない、そう思っていた。

 しかし俺のバフ能力がおおよそ判明し、ヤツラの能力にかなり影響しているのを今は理解している。

 それに、トゥーダの話を聞いてヤツラが弱体化しているのは想像できるし、彼女自身が弱体化しているのを目の当たりにしている。


 なのに俺は、どうして魔王対策が必要な事に気づかなかった?


 勇者パーティが役立たずな現状、魔王討伐は他人任せにできない。

 なにせ現存する最高戦力が勇者パーティだと言うのに、ヤツラが当てにならないのだ、他の誰に任せられる?


 ”任せられる他人などいない”、というのが正解だ。


 多分だが、その事実に薄っすら気づいていた俺は、無意識に蓋をして気づかないフリをしていたのだろう。

 だがそうもしていられない。


 現実に目を向けよう。

 魔王復活まで十年あると思えば、まだ時間的猶予はあると言えるだろう。

 しかし数年しかないのであれば、余裕なんてこれっぽっちもない。

 時間だけはたっぷりある、そんな考えは大間違いなのが現状だ。


 凶悪な魔物が跳梁跋扈している土地にいるというのに、たまたま環境が変わっていたお陰で、なんだかんだ順調に事が進んでいた。

 なので俺は、少しばかり平和ボケしていたようだ。


「どうした勇者様、急に黙り込んで」


「……ああ、そうだな、今は皆にバフを撒く方が大事だろうから、鍛冶は機会があれば挑戦するよ」


「ん? まぁそれがいいだろうな」


  なんとも締まりの悪い感じで話を終え、俺とツェツィはゲルへ戻った。



「はふぅ~、やはりワルター様の淹れてくれるお茶は美味しいです」


「なあツェツィ」


 カップを両手で持ち、脱力感全開のヘロヘロ顔をしたツェツィに、俺は真顔で声をかけた。


「はい? おや、珍しく随分と深刻そうなお顔をなさっていますね。どうかなさいましたか?」


 茶化されている気もするが、お遊びに付き合うつもりはない。


「……他の誰でもない、ツェツィにだけ伝えたい話がある」


「私だけ、ですか? ……もしかして!?」


「そういうんじゃないから」


 ツェツィが薄っすら頬を染め、なにやらもじもじし始めた。

 何を想像したのか不明だが、確実に彼女の考えは不正解だ。


「実は――」


 俺は大事な告白をツェツィにしたのであった。

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