第三十六話 由々しき問題

「鍛冶屋に必要な道具や設備一式は注文してきたけどよ、姫さんの私物を売ってギリギリの金額だったぞ。こんなカツカツの状況だっつーのに、どうだかわかんねーワルターのスキル確認に金をつぎ込んで平気なのか?」


「それは……」


 生産系の元囚人――現開拓民――がいたので、作業を見せてもらおうと思ったのだが、工房もないのに見せられないと言われてしまい、トゥーダに頼んで街まで注文をしてきてもらった。

 しかし、魔晶石を売った分だけでは金が足らず、ツェツィが持っていた宝石などを売って金を工面したのだ。

 彼女は有効利用だと言って笑顔で差し出してくれたが、色々任せて金まで出させている現状は、俺がツェツィのヒモのような感じに思える。

 そして、手綱を握っているはずのトゥーダからお小言まで言われる始末。

 俺は少しばかり自分が情けなく思えてきた。


 だが俺のスキルに関係なく、開拓に必要な道具をいちいち街まで買いに行っているので、それはそれで金がかかる。

 それでも後々を考えれば、生産系の工房は必要だと思える。

 なので今回の事は、先行投資と考える事にして精神の安定を図った。


 それはそれとして、現在の資金難は由々しき問題だ。

 手っ取り早いのは、魔物を倒して素材の換金することなのだが、今は魔物の個体数が少ない。

 安全面で見ればありがたいのだが、資金面で見れば歓迎できない状況だった。


「聞いてたとおりこの森に出るのは厄介な魔物だ、ワルターの索敵があれば森のもっと深い場所まで行けるだろーし、高値で売れる素材が獲れるんじゃねーか? それに、肉も手に入るから食費が浮かせられるぜ」


「トゥーダって、強くなること以外に頭が回らないと思ってたけど、ちゃんと他のことも考えられるんだな」


「テメー、ふざけたこと言ってっとぶっ殺すぞ!」


「俺が死んだらバフがかからなくなるけどね」


「クッ……」


「でもまぁ、実際にそれは良案だと思う。ありがとうトゥーダ」


「……お、おう」


 思考が言動に出るトゥーダは、怒ったかと思えばわかりやすく戸惑いを見せた。

 白黒で横縞模様の尻尾が僅かに揺れていたのも見えたが、これは見なかったことにしておこう。


 さて、狩りと言うか開拓地周辺の巡回は、トゥーダがアストを連れて行なっており、その行動範囲はあまり広くない。

 そして俺は、基本的に本拠地である開拓地を出ない生活をしている。

 理由の大半は、俺が食事を用意しているのもあるが、開拓民にアクティブバフをかける必要があるからだ。


 一応、俺のアクティブバフ――複数の強化が盛々の一時強化バフ――は、かけ方が二通りあるのを把握している。

 一つは俺が少し気張らないとかけられない、一定時間効果が継続するバフ。

 もう一つは、俺がいる付近に片手間で常時ふよふよかけるバフだ。


 どちらのバフも、俺が魔力を消費してかけているっぽいのだが、前者は一気に魔力を持っていかれるので、どっと疲労感が出る。

 後者は魔力消費をあまり感じないので、俺は負担をあまり感じないのにバフの効果自体が高いらしく、こちらの方がお得感があると言うか利便性が良い。

 それを考えると、開拓民の作業効率が落ちても、今は金策のために俺が狩りに出る方が良いだろう。


 しかし問題があった。

 俺が狩りに出ると言う事は、魔導具で離れられないツェツィも一緒に狩りに出る事になる。

 それは信頼できる仲間が本拠地を離れることを意味し、開拓民の監視役がいなくなってしまうのだ。


「それだったら問題ねーと思うぞ」


 不安な要素をトゥーダに言うと、楽観的な言葉が返ってきた。


「何故かよくわからんけど、デークちたはアタイの言うことを聞くし、ヤツラはモグノハシに立ち向かう肝っ玉と生き残った腕っぷしもある。それに、デークは元々刑務所でリーダー格だったと言ってたし、実際ここにいる連中は建築作業でも言うこと聞いてたろ?」


「たしかに」


「だからあの三兄弟を纏め役にしておけば、問題なんてねーと思うぜ。そもそもの話、魔導具でアイツラは逃げられねーし悪さもできねーんだ、心配するだけ無駄っつーもんだ」


 言われてみれば納得だ。



「――って事で、明日は魔物狩りに行こうと思う」


 皆の作業が終わったのを見計らい、ツェツィと兄妹を集め、金策メインで狩りに行くことを伝えてみた。


「やっと整地作業から開放されるのですね。――ふふっ、私の魔杖は魔物に振るう事が本来の使い方なのです、明日は溜まったストレスを発散しますよぉ~」


 あ、ツェツィでもストレスは溜まるのね。

 それと、魔杖は殴打武器じゃねーからな。


「トゥーダさんと二人っきりの、『地獄の鍛錬』から開放される……」


 アストが疲れた顔をしているのは知っていたが、トゥーダのシゴキは地獄だったらしい。


「新しい魔法、魔物に試せる」


 ヴェラの土魔法は開拓に重宝するようで、開拓民に『お嬢ちゃんこっちも頼む』などと言われて引っ張りだこの人気者だ。

 当初は人見知りでやや怯えていた少女も今では皆に可愛がられ、元気にあちこち走り回っている。

 そんな中で使える魔法が増えていたらしく、魔物に試したいと思っていたようだ。


 俺が給食おじさんをしている間に、皆の状況は色々変わっているらしい。

 そしてツェツィはともかく、ヴェラも何気に戦闘民族思考なのだとわかり、少しだけ複雑な心境に……。

 それと、アストにトゥーダを押しるけていた自覚はあったので、彼にはかなり申し訳なく思った。


「それでは、明日に備えて今夜は早寝しましょう」


「その前に、ツェツィは皆に『浄化』をかけなきゃだろ」


「そうでした。では急いで済ませてきます」


 俺には魔道具を使った風呂の設置されたゲルがあるのだが、さすがに開拓民全員を入浴させられる大きさはなく、順番で入ってもらうにも長時間かかる。

 そもそも魔導具を起動させる魔晶石をかなり使うことになるので、そこからして使わせるのは無理だ。

 なので、一日の終わりにツェツィが全員に『浄化』をかけてもらっているのだが、滅多に体を洗うことすらできなかった元囚人たちなので、『浄化』はかなり評判が良いように思う。

 だがトゥーダは、『姫さんみたいな美少女が鈴を持って舞う姿は、チンケな余興よりよっぽど贅沢な見せもんだからな、そりゃー嬉しいだろ』と言い、身奇麗になるより余興としての色合いが強いとのことだった。


 たしかにこの世界って、娯楽的なものは少ないもんな。


 俺としても納得の言い分だった。



「今日も『創生』の詳細文は現れませんでした」


 寝る前の日課になったツェツィとの見つめ合い……ではなく鑑定だが、今日も変化はなかったようだ。


「焦らず探っていきましょう。それより今夜は早く寝てゆっくり休み、明日はたくさん獲物を狩りますよぉ。――では、おやすみなさいませ」


 ツェツィは可愛らしい笑顔で物騒な事を言っているが、娯楽ではなく生きていくために必要な事なのだ。

 そして戦闘力が雑魚な俺でも、戦場で俺の力が活きると判明しているので、珍しく少しだけ胸が昂ぶっている。


 速攻で寝息を立てているツェツィを一瞥した俺は、彼女の隣に並べられたベッドに体を投げ出し、湧き立つ心を抑えて眠りに就くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る