第四話 後味の悪い結末

『タイミングが悪かった』


 この一言に尽きる。


 莉愛が知らない男と肩を組んでいるのを見た俺は、いても立ってもいられず走り出し、そのままトラックに轢かれたのだ。

 それ自体、タイミングが悪かったのだが、事故の直後に女神と出会った事、これこそが最悪のタイミングだったのだ。


 俺は幼馴染にして最愛の彼女の裏切りを、そして苦しい胸の内を、感情のまま女神に吐露した。

 しかし女神は、俺の莉愛に対する憎悪の愚痴をのらりくらりなだめ、上手い具合に俺の怒りを鎮めていたのだ。

 しかも女神は的確なタイミングで――


雨宮あめみや莉愛りあさんはおりませんが、きっとたくさんの素敵な出会いがありますよ』そんな事を言ってきた。


 いつの間にやら日本に戻れない事実を受け入れ、莉愛に対する悪感情が恨みや憎しみに変わるのではなく、喪失感だけに変わっていた俺は、”素敵な出会い”というに惹かれてしまい、その言葉を真に受けてしまったのだ。

 何故なら、女々しい俺は日本人時代には叶えられなかった、”愛する者との幸せな結婚生活”を第二の人生で叶えたい。心からそうと思ってしまっていたのだから。


 でも本当にそう思ってたか?

 よくよく考えたら、俺はあの女神に踊らされてたんじゃ……。


 そもそも、根本的な戦闘力が俺にないのがおかしい。

 しかも、魔王討伐の止めは現地人に刺させろとか、鏡盾アイギスを使うにしても止めは現地人が刺さないとダメ、というのもおかしい。


 それ以前に、アメリアなんて名前の女を俺の近くに置いていたのも、女神の差配のように思えてきた。

 なにせ莉愛は、友人から雨宮莉愛をもじった雨莉愛アメリア、というあだ名で呼ばれていたのだから。

 

 同じ名前の響きを持つ子が、幼馴染として存在しているのも不自然。

 しかも莉愛はおとなしくリアは活発なので、性格も見た目も似ても似つかず、”幼馴染”が唯一の共通点だ。

 それなのに俺は、リアに惹かれていた。

 たしかにリアは美少女であり、幼少期から常に行動を共にしていたが、前世で幼馴染に裏切られた俺が『幼馴染に対して無警戒』というのは、あまりにも違和感がありすぎる。

 これは言いがかりのような気もするが、女神が何かしたと思っていいのでは?

 他にもおかしな点はいくらでもあるのだから。


 あれ? なんだあの女神ってクソじゃん。

 それに女神ってくらいだ、アイツも女だし。

 莉愛もアメリアも女神も、女なんてクソ喰らえだ!

 もう女は懲り懲りだ、これからは女に関わらない人生を送ってやる!


 少し気が楽になった。

 と同時に、自分が道化ピエロだった事に気づいた俺は、堪えきれずこの世界にきて初めて泣いた。


 俺が罵詈雑言を浴びせられて泣いたと勘違したのだろう、リアは気持ちよさそうな表情で罵声を発し続け、ゲリンも楽しそうに追従している。

 だが俺は、そんな二人をなんとも思わなかった。


 笑いたきゃ笑えばいい。

 お前らを恨み続けるとか、そんな無駄な労力を使う気はねーし。

 俺はもう女になんか関わらず、自分が幸せになる事だけを考える。



 後味の悪い結末となったが、どうにか魔王討伐――実際は封印――を成し遂げた俺たちは、ようやく王都へ凱旋することに。

 しかし俺は、凱旋ではなく魔王討伐の証である角を運ぶ荷物持ちであり、罪人として連行された。


 連行されている間、時間だけはたっぷりあった俺は考える。

 どう幸せになってやろうか、と。

 しかし答えが見つからない。


 あれ? 幸せってなんだっけ?


 端的に言うと、俺の幸せは『結婚』に集約されていた。

 結婚後の計画などもなく、『結婚すれば幸せになれる』という根拠もない自信を胸に、『結婚』する事だけを考えていたくらいに。

 そして結婚は、一生涯を共にする伴侶が必要だ。

 だがこれからの俺は、女性と関わらない生き方をするので伴侶はできない。

 となると、一人で掴み取れる幸せを求める事になるが、一人で得られる幸せがなんなのか、俺にはこれっぽっちも思い浮かばなかったのだ。


 だから一つの結論を出した。

 なんでもいいから、俺が満足できる本当の幸せを探す、と。

 そして、幸せを掴むまで絶対に死んでやるものか、そう決意した。




「勇者一同よ、過去最速での魔王討伐、大義であった」


 玉座の間にて献上された魔王の角を眼下に置いた、黄色みの強い金髪縦ロールで胸がデカく、布面積の少ないドレスを纏った美人娼婦のような第一王女ハドゥウィング・バースハフト・レーアツァイトが、びっくりするくらいご機嫌な様子で勇者パーティを褒め称える。

 以前会ったときに比べて口調が少々おかしいのだが、王国の代表者として当然の言葉遣いなのだろう。

 知らんけど。


「国王代理殿下のご期待にお応えできた事、非常に誇らしく思います。私は国王代理殿下に任命された勇者・・として――(中略)――でございます」


 農家の三男だった見た目だけ王子様な『剣王』の紋章を持つゲリンが、外向き用の言葉で長々と語り、第一王女に媚びへつらう。

 普段は国王代理殿下などと呼ばないくせに、そう呼ぶと第一王女が喜ぶという情報を得たようで、早速使っているようだ。


 その後、他の勇者パーティメンバーに労いの言葉をかけ、それぞれに報酬を授け終えた第一王女は表情を一変し、眉根を寄せて俺を睨む。

 この第一王女、美人なのだが目つきがキツく、王女という生まれもあってか、睨むとものすごい威圧感を与えてくるのだ。

 そんな威圧感と共に、ドスの利いた声が聞こえてくる。


「ワルターよ――」

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