第二十二話 冒険者アスト※

「素材の換金をお願いします」


「あらアストくんとヴェラちゃん、今日もホーンラビットの素材? 最近は安定して素材提供してくれて助かるわ」


 僕はワルターさんの代わりに、冒険者ギルドで素材の換金をしている。

 詳しい事は教えてもらえていないけど、勇者のワルターさんと、姫巫女のツェツィさんは街に入れないのだとか。

 だから僕とヴェラが換金して、そのお金で食材なんかを買って持ち帰っているのだ。


「あ、今日は違います。魔晶石を持ってきました」


 素材の採れないアンデット系は、肉体を持つ魔物より質の良い魔晶石が採れる。

 昨日はツェツィさんの大活躍で、ビックリするくらい多くの魔晶石が回収できたから、今日はその一部を持ってきたのだが……。


「え、ちょっ、アストくんちょっと待って!」


 受付のお姉さんが、僕が渡した革袋の中身を見て急に慌てだした。


 この受付のお姉さんは、僕がこの街にきたときにはもう出てしまっていたが、同じ孤児院の出身らしく、後輩である僕とヴェラを気にかけてくれている。

 孤児院というのは、同時期に在籍していなかったとしても、そこで育った者は全員が家族のようなもので、受付のお姉さんはある意味で本当の姉のような存在だ。


「アストくんとヴェラちゃん、ちょっと別室にきてくれるかな?」


「はい、わかりました」


 どうしたんだろ?


「アストくん、正直に言ってね」


 個室に初ってすぐ、お姉さんは少し険しい表情でそんな事を言ってきた。


「この魔晶石、どうやって手に入れたの?」


「それは……」


 ツェツィさんが……と言おうと思ったけど、それは言ってはいけない約束だ。


「もしかして、盗んだりしてないわよね? もしそんな事をして貴方たちが捕まってしまったら、あの孤児院の後輩が爪弾きものになってしまうわ」


 前の街でもそうだったけど、孤児の社会的信用度は低い。

 この街は比較的孤児に優しいのだけれど、あまり信用されていないのは分かる。

 何かあれば、『やっぱり親がいない子は』などと言われ、あっという間に後ろ指を差されてしまう。

 だから孤児は仲間意識が強く、仲間に迷惑をかけないよう、どんなに苦しくても犯罪に手を染めない、というのが暗黙のルールだ。


「違います。ヴェラの魔法でスケルトンを隔離して、僕の斧で仕留めたんです」


 これは嘘じゃない。

 数は少ないけど、僕とヴェラで実際に仕留めている。

 ワルターさんとは別に、ツェツィさんがかけてくれた姫巫女のバフで、僕の斧で直接スケルトンを倒しているのだ。


「スケルトン……って、貴方たち、もしかしてシュレッケン大森林に入ったの?!」


「あ、はい」


「なんて危険な事をしてるの!」


 お姉さんに怒られてしまった。


「本来ならホーンラビットを狩るのですら、駆け出しなあなた達には危険なの。だけれど貴方たち兄妹は、いつも無傷で帰ってきているし、安定して綺麗な素材を納品してくれているから大目に見ていたのよ」


 たしかに、初めてホーンラビットを持ち込んだ日は、怪我をしなかったかなど詳しく聞かれたし、無理はするなと口を酸っぱくして言われた記憶がある。


「それにね、新米なのにここ半月で安定して素材を持ち込む貴方たちは、最近になって良いにしろ悪いにしろ様々な目で見られている……つまり、注目されはじめているの」


 それはつまり、有望株として自分たちのパーティに勧誘しようとか、良からぬ企みを持って近づこうなどなど、何かしらの思惑を持って見られているという事のようだ。

 噂話だが、そろそろ接触を図ろうとしている者がいる、なんて事もお姉さんの耳に届いているらしい。


「この際だから聞いておくけど、ヴェラちゃんはどうやって魔法を覚えたの?」


「…………」


「魔法や魔術は、紋章を授かってなんとなく使い方を覚えても、前段階の魔力認識や魔力操作を覚えるのに時間がかかるはずよ。優秀な指導員を雇える貴族や豪商の子女ならともかく、普通は簡単に使えるようにはならないはずなの」


 それこそワルターさんとツェツィさんのお陰な訳で、口に出す訳にはいかない。


「言えない理由があるの?」


「…………」


「まぁ、冒険者の個人的な部分を根掘り葉掘り聞くのは、ギルド職員でもご法度なのは分かっているわ。でもね、孤児院の先輩として、他の孤児のためにも元孤児から犯罪者を出したくないの」


 どうしよう……。


「変な組織に所属したり、怪しい契約とかしていない?」


「ワル……怪しい人なんかじゃないです」


「怪しくないけど、後ろ盾というか、先生になってくれてる人がいるのね?」


「…………」


 ダメだ、上手くごまかせる自信がないよぉ。


「ねぇアストくん、お姉さんにその人を紹介してくれないかしら?」


「…………」


「お姉さんはね、貴方たちや、後輩の孤児たちが心配なだけなの。だからこれは、冒険者ギルドの職員としてではなく、孤児院の先輩として個人的なお願いなのだけれど、ダメかしら?」


「……師匠に聞いてみます」


 ワルターさんに怒られちゃうかな……。


「あ、師匠の事は絶対に内緒にしてくれますか?」


「大丈夫よ。孤児院に迷惑がかからないかどうか、それを確認したいだけで、ギルドに報告とかしないし、他言するつもりもないわ」


「わかり、ました」




「――という訳で、申し訳ないのですが、受付のお姉さんと会ってもらってもいいですか?」


 今回は頼まれていた買い物もせず、すぐに仮拠点に戻った僕は、ワルターさんに一連の出来事を伝えた。


「あー、俺が考えなしにアストたちを頼ったせいだよな。ごめんなアスト」


「いえ、ワルターさんが悪いわけではないですし」


「う~ん……」


 危惧していたとおり、ワルターさんを困らせてしまった。


「ツェツィ、どうしたらいいかな?」


「悩む必要などおありですか?」


「え?」


「お会いしたらよろしいのです」


 どうやらツェツィさんは、全く問題視してないみたいだ。


 姫巫女のツェツィさんは整った顔立ちをしてるけど、話しかけるのもためらわれる気の強そうな美人さんといった感じではなく、淡いストロベリーブロンドをツーサイドアップにした髪型が良く似合う、とてもかわいらしくて親しみやすさのある人だ。

 僕はツェツィさんの笑顔に、毎日癒やされている。

 まるで天使のような女性ひとだ。


 そんな彼女は、ワルターさんを勇者として尊敬しているのか、うやうやしく接しているのだが、何かの決め事はワルターさんがツェツィさんに相談している。

 そして彼女の答えに、ワルターさんは驚いたような反応をよく見せるのだが、ツェツィさんはなんて事のないように意見を告げ――


「ツェツィがそう言うなら、会ってみよう」


 ワルターさんはいつもの如く、ツェツィさんの言葉を全面的に受け入れていた。

 いつもどおりだ。


 でも僕は、そんなワルターさんを見ると頼りなく感じ、『大丈夫なのかなー?』という気持ちになってしまう。


 僕の勝手な想いだけど、勇者のワルターさんにはもっと威厳を持ってほしい。

 でも相反する気持ちがあって、勇者だからと偉そうにしないところに親近感を持てるし、勇者がワルターさんで良かったと本気で思っていて尊敬もしている。


 結局のところ、ワルターさんとツェツィさんに出会えてよかった、そうしみじみ思えたのであった。

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