第二十一話 姫巫女は伊達ではない

「不浄なるものよ、消え去りなさい『ピュリフィケーション浄化』」


 凛としたツェツィの声とともに、シャランと鈴の音が鳴り響く。

 最近は神官服で偽装していたツェツィだが、巫女装束は単なる衣装ではなく、巫女としての能力を発揮するための機能が備わっているとの事で、今日は”神託の姫巫女”として久しぶりに、白衣びゃくえ緋袴ひばかまという正式な装いで臨んでいた。

 さらに手にしているのは、近頃は当たり前のように振り回している魔杖メイスではなく、巫女の採物とりものとして正しい神楽鈴だ。


 その鈴の音は、俺からするととても心地よい。

 しかし、その音を聞かされた鬼火……とでも言えば良いのだろうか、肉体を持たない炎の塊のようなゴースト系の魔物には、自身を消滅させる葬送曲とでも言える忌まわしい音なのかもしれない。

 こう言ってはなんだが、そこかしこに浮かんでいるゴーストが面白いように消滅していく様は、ある種の爽快感を与えてくれる。

 こうなると、”神託の”という枕詞を度外視して、巫女系最上位の”姫巫女”の紋章が伊達ではないと実感させられた。

 いや、むしろ神託を受け取るしか能がないと思われていた事にビックリするし、一時期そう思っていた俺自身をぶん殴りたくなる。


「なんかごめん」


 索敵の結果、範囲内に敵の存在がなくなったのを確認した俺は、軽い言い方ではあるものの、とりあえずツェツィに謝った。


「どうしたのですか、急に謝罪などして?」


「いや、以前に『神託を授かる能力しかない』とかツェツィに言った事があるだろ? 実際、『洗浄』とかで日頃から助けてもらってたけど、こうしてゴーストを殲滅する姿を見せられると、あの発言はすごく失礼だったと思って」


「その件につきましては既に謝罪のお言葉をいただきましたし、私は気にしておりませんよ」


 ツェツィはいつもどおりの柔らかい笑顔で、もうそのお話はなしでお願いします、と終わりにしてくれた。


「それより、ワルター様のバフの方が凄いです!」


 やや興奮気味に、ツェツィは言ってきた。

 実は、俺のバフ能力を確認する意味で、前半は彼女の能力だけで『浄化』をしてもらい、後半はしっかり意思を込めてバフを付与していたのだ。

 その結果、まだ不明瞭な部分はあるものの、単純に『浄化』の作用する範囲が倍になっていたのを確認できていた。


「範囲は目に見えてわかりやすかったです。ですがバフを頂いてからは、手こずっていたスケルトンなど実体を持つアンデッドも、ゴーストなどと同じように倒せましたし、ゴーストの消滅速度もかなり早くなっておりました」


 言われてみればそうだった気もする。


 他にも、パーティ解消状態で効果の変化など色々な条件を試す事ができ、試行回数が少ないながらも様々な結果を得る事ができた。

 そして何より有り難かった事は、俺のバフは俺単体だと自分に効果はないが、誰かとパーティを組めば、俺自身にもバフが反映されるとはっきり分かった事だ。


 勇者パーティから追放を言い渡された際、俺の体から仲間との繋がりが感じられなくなり、その後は倦怠感のようなもの感じ続けた。

 そしてツェツィとヌッツロースを組んだ際、新たな繋がりのようなものを感じたが、気の所為ではなかったようだ。

 実際、ヌッツロース結成後は、それまでしばらくあった倦怠感はなくなり、悪くなっていた俺の動きが戻っていた。

 それはきっと、仲間がいない間は発揮されていなかったバフが、ツェツィという仲間ができた事で再度発揮したからだろう。


 それらも踏まえ、今回の戦闘はツェツィの能力以外にも収穫があり、試しに森に入ったのは大正解だった。



「アストくん、ヴェラちゃん、改めてヌッツロースへようこそ」


 笑顔のツェツィが、兄妹にそんな声をかけた。

 二人も笑顔で「これからもよろしくお願いします」と答えている。


 既に二人とは半月ほど一緒に暮らしているが、あくまで紋章によるスキルの使い方を覚醒させ、軽く指導をしているだけだった。

 そして今回の実験では、兄妹もパーティメンバーとして正式に戦闘参加している。

 ある意味今回は、ヌッツロースとして初めて全員で協力した戦闘だったのだ。


「この半月で自分が成長したと感じられるほど鍛えていただきましたが、ヌッツロースに入れていただき、今日の戦闘だけで一気に強くなったような感じます」


「魔法の発動が早くなったし、魔力消費が少なくなった」


 アストが興奮した様子で斧を器用に扱う姿を見せる。

 実際に戦闘中、実態のあるスケルトンを斧でバラバラにしていた。

 ヴェラも大活躍で、スケルトンの一団を土壁で分散させ、アストが余裕を持って攻撃できる形を作っていたのだ。


「それに、ワルターさんのバフは凄かったですけど、何より的確な指示があって戦いやすかったです」


「あー、わかります。ワルター様が敵のいる方向や数を教えてくださるので、すごく助かりました」


 アストとツェツィが褒めてくれるが、それは戦えない俺が勇者パーティで少しでも役立てるよう、自分にできそうな事をしている内に身についたことだ。

 当時は、『偉そうに指示するな!』と剣王ゲリンに文句を言われていたが、こうして褒められると悪い気はしない……というか、素直に嬉しく思う。


「とりあえず、少し戻った所の開けた場所を仮拠点にします?」


「ゲルの結界がゴーストにも作用するかわからないから、ちょっと不安があるんだよな」


 ガルゲン平原の仮拠点の場所を変えても、きっと点々と移動し続けなければいけないだろう。

 それはそれで大変だろうから、結局のところ、当初の開拓予定地であるシュレッケン大森林を拠点にする必要がある。

 現状はあまり深い場所ではないお陰か、ゴーストは俺の索敵範囲にはいない。

 仮拠点にするには問題ない気もするが……。


「遅かれ早かれ開拓するのです、今から慣れておきましょう」


 脳天気なのか肝が座ってるのか微妙だが、ツェツィの言う事はもっともだ。

 慎重の皮を被った実質臆病者の俺は、上司の言葉に従う選択をしたのだった。

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