第二十話 腹は決まった

「そういえば、もう一つ情報があります」


 頭を抱える俺を他所に、アストはさらなる情報を投下してきた。

 それは、この地域に関することだ。


 レーアツァイト王国の国境は、ガルゲン平原とその先にある森、通称”シュレッケン大森林”ということになっている。

 そのシュレッケン大森林には、凶悪な魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしているのは周知の事実。

 しかしある条件を境に、現れる魔物の種類が変わるのだとか。

 で、その条件が、魔王の降臨前後だという。


 そもそも魔物は、魔力の素となる魔素が汚染されると瘴気になり、瘴気を素に肉体を持った魔物が生まれる。

 だが時として、肉体を持たないアンデッドが現れ、その付近から肉体を持った魔物が消えるらしい。

 その時期は魔王降臨の前、具体的にはその十年くらい前から。

 そして実数は不明だが、一定数に達するとアンデッドたちは消えるのだとか。


 これは推測とのことだが、肉体を持った魔物が何らかの力でアンデッドとなって徘徊し、やがては完全に実体を持たぬ魔物、所謂”ゴースト”系の魔物へと変わる。

 それらは魔王の一部で、魔王に取り込まれる事で消えるのではないか、と言われているようだ。

 この現象は、シュレッケン大森林でしか確認されていないらしい。


 そして現状は、先ごろ魔王が討伐されたばかりだ。

 通常であれば、シュレッケン大森林にゴーストが居なくなっているはず。

 そうなれば、シュレッケン大森林に実体を持った魔物が姿を現す。

 冒険者は魔王討伐から一定時間が経った今、それらを狩りに大森林に入り始めるのだが、まずは調査隊が派遣された。

 がしかし、いないはずのゴーストが今もなお大量に存在している、そう報告されたのだ。

 そしておまけのように、その調査隊によって俺のゲルが発見された、とアストが告げてきた。


 それはそうと、俺にはゴーストが存在している理由に心当たりがある。


 俺が一時的に魔王を封印しただけだから、十年以内に再降臨するんだよな~。


 今知った条件から考えると、魔王降臨に向けてゴーストが存在しているのは、何もおかしな事はない。

 いや、肉体を持った魔物が骨だけや腐った肉体のアンデッドになり、それがゴーストになるという仮説からすると、いきなりゴーストが発生しているのは異常だ。

 だが仮説の過程はどうであれ、魔王降臨前にゴーストが増えるというのは合っているだろう。

 何故なら、十年以内に魔王が再降臨するのだ、ある意味当然の事態だと言わよう。


 ちなみに、ツェツィが補足してくれたのだが、この世界の魔物とは人間の食料として女神レーツェルが作り出した存在で、腐っていたり骨だけで可食部位のないアンデッドはおろか、実体を持たないゴーストは本来存在していなかったのだとか。

 しかし、女神の意図しない何か――現代風に言えばバグによりアンデッドが生まれてしまい、それこそ女神も予想外だった魔王が生まれてしまったのだと言う。

 これは女神により初めて召喚された勇者が、女神から直接聞かされた事として告げたらしく、聖教典に記されているとのこと。

 そして、人間の悪意が魔素を汚染して魔物が生まれ、人間の食料として魔物が生まれる云々かんぬんとツェツィが講釈をたれていたが、今は置いておこう。


「とりあえず、この周辺で冒険者が活動してなかった事とか、ホーンラビットくらいしか魔物を見かけなかった理由はなんとなくわかった」


 ついでに、魔王顕現中にゴースト系のアンデッドが居ない理由も、意図せず知る事ができた。


 物理攻撃が無効なゴースト系は、巫女や神官の『浄化』系の魔術が有用らしいけど、その敵がいないからこそ、勇者パーティには回復職よりも攻撃職を増やしたんだろうな。

 いや、生半可俺が同行したからってのも理由の一つか……ん?


「なぁツェツィ、毎日『洗浄』で体や衣服を浄化してくれてるけど、もしかしてゴースト系に有用な『浄化』の魔術が使えたりする?」


 無能だと思ってたら、実はかなり有能だったツェツィ。

 最近はすっかり殴り巫女の印象が強くなってしまったが、本来は巫女や神官系の最上位である”神託の姫巫女”なのだ。

 俺は忘れていた事実を思い出した。


「勿論使えますよ。そもそも『洗浄』は、瘴気によってけがれた身を清める術で、単純に汚れを落とす術ではありませんから。それに私は姫巫女ですので、『洗浄』の上位互換である『浄化』は、使えるどころか得意分野ですよ。……多分」


 最後の一言は余分だったが、彼女の言葉を聞いて俺の腹は決まった……とまでは言えないが、前向きな気持ちにはなれた。


 不法占拠者の追い出し依頼を受けた冒険者が、どれほどの腕前か俺にはわからない。

 そして、俺たちの中で最強のツェツィがメイスを振るい、頭でないにしても体に直撃すれば、相手を肉塊にしてしまう恐れがある。

 逆に今のアストとヴェラでは、単純に戦闘力が足りない。

 俺に関しては言わずもがなだ。

 それ以前に、冒険者と戦う事自体が無用な軋轢あつれきを生み出してしまうので、戦闘するのは論外だった。


 であれば、肉体を持った凶悪な魔物がおらず、ツェツィの『浄化』が効果的なゴースト系しかいない大森林に入るのは、それこそ今こそが好機であろう。

 ただし、ツェツィの『浄化』がどれほど有効なのか知らない。

 それなのに無計画で森に侵入するのはダメだ。


「アスト、追い出し依頼が実際に動き出すのはいつだ?」


「今日が受付締切日でしたので、明日は打ち合わせ、実行は明後日……だと思います」


「って事は、明日はまだ大丈夫だな。――ツェツィ、明日はシュレッケン大森林に入って、『浄化』の効果を確認したいと思う」


「私としては練習で何度も使っていて自信はありますが、実践では初めて使うので、正直楽しみです」


 やはりこの元王女、いい度胸してるな。


 緊張よりも楽しみな気持ちがにじみ出てるツェツィを見て、若干のお花畑臭を感じたが、それでも俺の腹は完全に決まった。

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