第十九話 殴り巫女

「お兄ちゃん!」


「任せろっ!」


 魔法で土壁を作り出したヴェラが声を上げるや否や、兄のアストが斧を振り下ろし、見事にホーンラビットを仕留めた。


「二人とも上出来だ。ヴェラの土壁は生成速度も硬度も十分だったな。アストも斧の軌道が安定して攻撃が正確になってる。二人なら、もうホーンラビットは安全に狩れるな」


「僕なんてまだまだ未熟ですけど、ワルターさんの指導があれば、もっと強くなれると信じてます」


「もっと、頑張る」


 俺の言葉に対し、アストは目をキラキラ輝かせ、ヴェラは気合十分といった感じで答えた。

 実に微笑ましい。


 この兄妹を開拓に巻き込んでしまう事を悩んだあの日の翌日、全てではないが話せる範囲の内容を伝えた上で、『ヌッツロースに加わらないか?』と持ちかけたところ、二人は迷う事なく快諾してくれた。

 それからまだ半月ほどだが、乾いた大地が水を吸い込むが如く、物凄い勢いで兄妹はメキメキと実力を増している。

 とはいえ、それまで戦闘未経験の貧弱な孤児だったのだ、あくまでその当時に比べた場合の話で、まだまだ成長途中のひよっ子だ。

 だがそれでも、魔物としては弱い部類だが、初心者冒険者には難敵であるホーンラビットを二人だけで仕留めた。

 俺はなんちゃって師匠だが、弟子の成長は素直に嬉しく思う。


「ワルターさん、次は私の番ですよね、ですよね?」


 魔杖――どう見てもメイス――を持ったツェツィが、待ちきれないとばかりにソワソワしながら言い寄ってきた。

 成長著しいのは、何もアストとヴェラだけではない。

 魔杖――面倒くさいのでメイス・・・――を近接武器として使うツェツィは、兄妹を上回る成長を遂げていたのだ。


「ツェツィは加減を知らないから……」


 すっかり”殴り巫女”となったツェツィは、素材として需要のある皮をズタズタにし、食材として美味い肉を血まみれでグチャグチャのミンチにしてしまうのだ。


「大丈夫です。今は狙ったとおりの場所を殴れるので、頭蓋骨粉砕で仕留められますから」


 ふんすふんすと鼻息の荒いツェツィは、「さぁワルター様、獲物の場所を教えてくださいませ!」と、絶対に引く気がないようなので、仕方なく索敵で発見した場所を教えてあげた。


 ちなみに、俺とツェツィは魔導具の影響で離れないのだが、実際にどの程度までなら離れらてるのか確認してある。

 良くて十メートルくらいだろうと思っていたのだが、以外にも百メートルくらいまで離れられる事が判明した。

 それ以上離れようとすると、見えない壁が存在するかのような感じで、どれだけあがいても離れられなかったのだ。

 この距離は、戦闘時に十分な距離かといえば微妙だが、それなりに猶予がある。

 付かず離れずではないのは、正直言ってありがたい。


「どうですかワルター様」


 五十メートルほど先にいたホーンラビットを狩りに行ったツェツィが、言葉通り首の皮一枚で繋がった獲物の角を持ち、満面の笑みで戻ってきた。

 少し前まで王城から出た事もなかった元王女が、頭がグチャグチャになったホーンラビットの角を持ち、笑顔で引きずってくる姿になんとも言えない気持ちになってしまう。

 俺は脳筋になりつつある姫巫女から視線を外し、初々しい兄妹に声をかける。


「アスト、ヴェラ、換金と買い物よろしくな。それと――」


「情報収集ですよね? 任せてください」


「お任せ」


 現在の兄妹は、俺の持つゲルの一つを二人で使い、今では最初に仮拠点にした場所で一緒に暮らしている。

 ちなみに俺とツェツィは、初日から変わらず隣に並べたベッドで寝ているのだが、何らかのおかしな感情を抱くことなく、単なる同居人として普通に生活していた。

 そんな俺とツェツィは、アウスガングの街に入れない。

 なので、冒険者として活動している兄妹が、俺のストレージで解体された素材の一部を冒険者ギルドで換金し、その金で調味料などを購入している。

 さらに、俺たちでは得られない街の中での情報収集も任せているのだ。



「アストくんとヴェラちゃん、成長著しくていいですね。私も驚くほど体が動いてくれますし」


 いつものようにテーブル越しに向かい合わせに座ったツェツィが、カップに口をつけホッとひと息つくと、慣れ親しんだ笑顔でそんな事を言ってきた。


「そろそろアクティブスキルの方も、試した方が良いのではありませんか?」


 どうやら俺の持つ『そうせいの先導者』はパッシブスキル、即ち無意識に発動されたスキル効果により、仲間の成長力を促して著しく成長させているらしい。

 しかし、アクティブスキルと呼ばれる意図的に発動させるスキルは、一時的に仲間を強化できるスキル群なのだとか。


 今まではパッシブスキルのバフみで、アストとヴェラ兄妹の地力がどれだけ成長できるかを見ていた。

 しかしこの半月で、想像以上の成果が確認できたのだ。

 となれば、今度はアクティブスキルのバフによる一時的な強化の効果を確認したい、というのがツェツィの言い分だった。


 そのへんは勇者パーティ時代に実感していないのか、とツェツィに聞かれたが、俺は意図的にスキルを発動した記憶がない。

 しかし、俺はアメリアが無事である事を望み、『リア頑張れ』とか、他のパーティメンバーに『リアに怪我をさせるなよ』みたいな事を戦闘中に考えていた。

 あまり言いたくなかったが、俺はその事をツェツィに伝える。

 彼女は、それによりスキルが発動していたいたのであろう、と答えた。


 ちなみに、ツェツィは現状でも力を持て余し気味なので、彼女に対してアクティブスキルのバフをかけるのは試していない。


 のんびり今後について考えていると、そこそこの時間が経過していたようで、街から兄妹が戻ってきた。

 が、どうにもアストの様子がおかしい。


「大変です! 不法占拠者の追い出し依頼が、依頼掲示板にあったんです!」


「焦ってるところ申し訳ないが、何か問題があるんだ?」


 俺にはアストが焦る理由がわからなかった。


「もしかして、このゲルがこの土地を不法占拠しているとみなされた……という事でしょうか?」


 ツェツィの言葉で思い出した。

 ここガルゲン平原はレーアツァイト王国領の一部で、森から奥が国外扱いとなっており、国外追放を言い渡された俺とツェツィは、この場に住み着いてはいけない身なのだ。

 更に言えば、領土の一部に許可なく住み着いたら、例え王国民だったとしても不法占拠者になる。

 なんにしても、俺たちがここに居るのは拙いようだ。


「なぁツェツィ、確認するまでもないけど、その対象者って俺たちだよな?」


「間違いなくそうでしょう」


 これはまいった。

 俺の能力は、十全に使えれば有用なのかもしれないが、如何せん能力を把握でききっていない。

 しかも、他者に影響を与えるというのに、影響下にいるのはたった三人だ。

 この戦力では、森に入って開拓を始めるには心許ない。

 それでもここに居座るのも無理。


 どうすれば……。


 八方塞がりな状況に、俺は頭を抱えてしまった。

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