第二十五話 本拠地

「倒れまーす!」


 カンっ、という斧が木を叩く音が止むと、アストの声が木霊する。


「だいぶ良いペースで木を倒せるようになったな」


「師匠のバフがあってこそですけどね」


 未だに線が細いものの、食事面の改良もあってか徐々に肉付きの良くなっていたアスト。

 彼は肩に斧を担いで、満面の笑みでそんな事を言う。

 実際、俺のバフがあってこそなのは確かなのだが、斧に振り回されてしたアストがしっかりと斧を扱っているのも事実。

 それは基礎訓練を怠らない、彼自身の成長もあってこその成果だ。


 それはそうと、アストはカーヤが俺たちのゲルを訪れた日から、俺の事を師匠と呼ぶようになった。

 しかし俺がやっているのは飯作りや雑用で、それこそ片手間に訓練を見ているだけ……というか、労力を費やしているとも思えないバフをかけているだけであって、師匠らしい事はしていない。

 なので、師匠と呼ばれるのを少しばかり歯がゆく思う。


「ワルターお兄ちゃん、根っこの周りの土、柔らかくしたよ」


「あいよ」


 土魔法が得意なヴェラは、兄であるアストが木を倒すと、残った木の根周辺の土を魔法で柔らかくしてくれる。

 その木の根とアストが倒した木を、俺がストレージにしまう。

 こうして更地が出来上がるのだが、それは単に木がないだけで足元がボコボコの地だ。

 となると、ここを整地しなければならないのだが、それはツェツィの役目になっている。


「ワルター様、バフをお願いいたします」


「あれ、かかってなかった?」


「かかってないですねー」


「ほい」


 勇者パーティでは意識的にバフの付与をしていなかったため、俺もバフの練習をしている訳だが、どうやら兄妹にだけバフを付与し、ツェツィには付与していなかったようだ。

 何があるか分からない環境下にいるのだ、練習だからこそ、こういったミスを起こさないように心がけなければいけない。


「いっきまぁ~す」


 バフをもらったツェツィが、魔杖――どう見ても戦鎚バトルハンマー――を振り下ろし、ボコボコの地面をドッスンドッスン固めていく。


 俺とツェツィ、アストとヴェラ兄妹、この四人は全員が全員、実年齢より低く見られるチビの集団だ。

 しかしその中でも俺が一番大きいし筋肉もあるのだが、ツェツィは俺がやっと振り下ろせる戦鎚バトルハンマーを、苦もなく使いこなしている。

 戦棍メイスも大概だが、あれを振り回す神官は実際にいるのでまだ納得できる。

 しかし戦鎚バトルハンマーは……。

 考えるまでもなく、スキルやバフがあってこそだと分かっているが、彼女はちょっとばかり度が過ぎているような気がするのだ。


「神託の姫巫女が、どうして戦棍メイス戦鎚バトルハンマーを器用に使いこなせるんだ?」


「何を言っているのですか? どちらも魔杖ですよワルター様」


「あ、はい……」


 ツェツィの理論で言うと、そこそこの尺の持ち手があって魔晶石がはまっており、刃のない物は魔杖らしい。

 それで言うと、魔晶石のはまった鈍器はどれも魔杖になるのだが……。

 むしろメイン武器というか採物とりものの神楽鈴が、一番魔杖から遠い形状をしているのは如何なものか。


 そんな訳で、今の発言も彼女は冗談で言っていない、本気で言っているのだ。

 その証拠に彼女は、『随分とおかしな事を言いますね?』みたいなキョトン顔をしている。


 魔杖の定義もそうだけど、魔杖術ってなんなんだ……?


 理屈を考えたところで、現実としてツェツィは戦鎚バトルハンマーを使って地面を固めている。

 細かいことは考えるだけ無駄だろう。


 それはさておき、今は仮拠点の位置を更に森の奥に進め、正式に本拠地としても良さそうな場所の開拓を始めた。

 なんといっても、ここには人間が生きるために必要な水がある。

 たまたま見つけた川を少し遡ってみたのだが、ちょっとした高台に綺麗な水が湧き出る小さな池があったのだ。


『水場って、動物や魔物が集まってくるんじゃないの?』


 水を必要としているのは、何も人間だけではない。

 なので、心配性の俺は懸念を口にしたのだが、ツェツィはケロッと言い放つ。


『やっつければいいのです』


 ツェツィは魔杖術の鍛錬をはじめてから、性格が攻撃的になった気がする。

 そしてそんな彼女の発言を、アストとヴェラもすんなり受け入れてしまう。

 結果、俺も同意せざるを得ないのだ。


「さて、今日の拠点作りはここまで。兄妹はカーヤさんを迎えに行ってくれ」


「はい、いってきます」


「いって、きます」


 二人は勢いよく走り出していった。


「んじゃ、ツェツィは仮拠点までの浄化を頼むね」


「では、バフを強めにお願いいたします」


 ツェツィの使う『浄化』は、瘴気にけがされた地を清める効果がある。

 しかし、瘴気により魔物が生まれ、その魔物を人間が食料とする、というのは女神がこの世界の人間のために創り出したサイクルなため、瘴気を浄化するのは非推奨行為なのだとか。



『そんなんだから魔王が生まれたり、ベルクヴェルク周辺を魔物に奪われたんじゃないの?』


『ですが、女神レーツェル様が我々人間の事を想って、そのようにしてくださったのですよ』


『いやいや。その結果が今だぞ? 異世界から魔王を倒せる勇者を召喚して、魔王を倒させている。それも、多くの王族男性の命を引き換えにして』


『それは……』


『瘴気から魔物が生まれるって分かってるんだろ? だったら瘴気を浄化して、魔物が生まれる量を調整すればいいだけの話だ。危険な領域を減らし、安全な領域を増やす。少し考えれば行き着く答えだと思うけど、女神信仰ってのは、そんな分かりきった答えすら否定しなきゃダメなのか?』


『…………』


 女神を敵対視している俺は、本当ならもっと女神をおとしめるような事を言いたい。

 だがツェツィは神託の姫巫女だ。

 信仰する女神を冒涜されるのは耐え難いだろう。

 俺としても、わざわざツェツィを敵に回す事はしたくない。

 ならば、通るかどうか不明でも、理責めで説き伏せたいと思ったのだ。


『…………そう、ですね……。ワルター様がお望みなのであれば、そのようにするのがよろしいかと思います。(勇者様がこの世界を満喫できるよう補佐する、それが私の務めなのですから……)』


 論破するのに苦労するかと思ったが、ツェツィは思案する様子を見せながらも、結局は反論せずに受け入れてくれた。

 問答としては少々ちぐはぐであったし、最後は何を言っているのか聞き取れなかったが……。


 そんなやり取りがあったため、少なくとも自分たちの生活圏内は、安全を優先して浄化する事にしたのだ。



「やはり神楽鈴をシャラシャラ振るより、魔杖を振り回したいですね」


 森の外に出てカーヤを迎えるゲルの準備を終えると、仮拠点までの浄化を済ませてひと仕事終えていたツェツィは、俺の淹れたお茶を飲みながら姫巫女らしくない事を言っていた。


「いやいやいや、ツェツィは魔杖鈍器じゃなくて神楽鈴が本来の採物とりものだから」


 殴り巫女という間違った道へ邁進するツェツィを、俺が正そうとしていると――


「し、師匠! たた、大変です!」


 カーヤを迎えに行ったアストが、慌ただしくゲルに入ってきた。


「ん、何をそんなに慌ててるんだ?」


「それが――」


 アストの説明を聞いたツェツィの顔が、いつもの温和なものからいかめしいものへと変わったのであった。

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