第二十四話 安産型のカーヤさん

「はじめまして。アウスガング冒険者ギルド職員のカーヤと申します。ですが、本日はギルド職員ではなく、二人と同じ孤児院卒の先輩としてきております」


 アストとヴェラに連れられてきた女性は、最初こそキャリアウーマンという言葉が似合いそうな、キリッとした”できる女”的な雰囲気を醸し出していたが、ギルドで受付嬢をしているというだけあって、最後は柔らかい笑顔を向けてきた。

 ガルゲン平原を抜け、シュレッケン大森林に入るというのはかなり緊張する事だろうに、オロついた感じを見せないのは大したものだ。


「ワルターです。一応、アストとヴェラの師匠みたいな事をやってます」


「お初にお目にかかります。私はツェツィと申します、以後お見知りおきを」


 外面を飾るのをやめた俺は、失礼ではない程度の挨拶を。

 相棒のツェツィはやはり育ちが良いので、生真面目な挨拶をしていた。


「いきなり不躾な質問になってしまいますが、ツェツィーリア・アオフガーベ・レーアツァイト第二王女殿下と、勇者色の紋章を授かったワルター様ではございませんか?」


 どうにか笑顔を維持しているカーヤだが、インチキ勇者の俺はともかく、ツェツィが自国の第二王女だと気づいたようで、表情筋がピクピクしている。


「やっぱり、ツェツィの髪の色で分かります?」


 淡いストロベリーブロンドなどという髪の女性は、魔王討伐の旅で多くの王国人を見てきた俺でも、ツェツィ以外に見た事がない。

 彼女は王城を出た事のない本当の箱入り娘だったらしいが、噂話などで容姿が世間に知られていると思った……が、カーヤ曰く、名前以外の情報はないとの事だった。


「ですが、ワルター様のお名前は存じておりました」


「あ、ツェツィじゃなくて俺で分かったのね」


 どうやらツェツィの見た目ではなく、俺の名前の方が有名だったらしい。


「はい。それとギルドには、ワルター様と第二王女殿下がガルゲンより先の開拓を行うとぼ連絡がございましたので、ワルター様にご同行されている女性が第二王女殿下なのだと予想しました」


「なるほど」


 たしかに、アウスガングに入ろうとしたら、俺とツェツィは門前払いされた。

 ならば、関係各所の一つである冒険者ギルドにも、俺たちの情報が通達されていてもおかしくない。


 その後、カーヤに殿下呼びをやめるよう、ツェツィが凄みのある笑顔で圧をかけ、ゴリ押しに成功していた。

 そして話し合いがはじまり、俺がアストとヴェラの師匠になった経緯などを聞かれたので、特に偽る事なく事実を伝える。

 ついでに、俺は勇者色の紋章を持つ役立たずであることも。


「ワルターさん……師匠は凄いです! 僕に戦い方を教えてくれますし、模擬戦だって僕よりずっと強いじゃないですか」


「ワルターお兄ちゃんは、わたしが魔法を使えるように、してくれた。いろいろ、教えてくれる」


「そうですよ。ワルター様は、ストレージだけでも規格外です。もし仮に他のスキルがなかったとしても、ストレージだけでも稀有な人材と言えるでしょう」


 アスト、ヴェラ、ツェツィが、次々に俺を擁護してくれた。

 しかしツェツィの擁護の仕方はどうなのだろう……などと思ってしまったが、ストレージは限界を知らない内容量に、解体もしてくれるラベリング機能がある。

 これは十分にチートと呼ばれる性能だと自分でも思う。


 そんなこんなで、兄妹の保護者的な感じのカーヤと面談(?)をした訳だが、彼らの面倒を見る俺たちが怪しい者ではないと安心してもらえた。

 しかもインチキ勇者でしかない俺が、冒険者ギルドでは思いの外評価されていると聞かされた。

 といっても、本来なら勇者は一騎当千であるべきなので、戦力としての評価ではなく、ツェツィも言っていたストレージの運搬能力が評価されているようだ。


 もしツェツィが開拓を諦めてくれたら、俺は運び屋として生計を立てられるんじゃないか?


「まさか不法占拠者がワルターさんたちだとは。このゲルと言いましたか? これほどの家屋を一瞬で出し入れできるのですから、冒険者たちが発見できないのも当然ですね」


 先日の不法占拠者追い出し依頼が不発に終わった事に、カーヤは納得したようだ。


「もしかして、アストくんが持ち込んだ魔晶石もお二人が?」


「ほとんどツェツィが倒したけど、アストとヴェラが協力してスケルトンを倒したのも本当だよ」


「本当にアストくんとヴェラちゃんが? この二人は戦闘の才能があるのですか? 孤児院では戦闘訓練などしていません。なのに、冒険者になってひと月足らずの子が……」


 カーヤは腑に落ちない様子だ。

 その様子を見たツェツィは、一言断り俺を連れて席を外す。


「カーヤさんにワルター様の能力をお伝えすべきかと」


 ツェツィがそんな事を言ってきた。


「彼女は信用できるお方だと思います。それに冒険者ギルドに味方が増えれば、今後も色々と動きやすくなるかと」


「開拓を手伝ってくれそうな冒険者を紹介してもらう、とか?」


「そのとおりです。我々に人を集める伝手はありません」


「たしかに」


「それに、『先導者』の力は極めて強力であると思うのですが、だからこそ誰でも良い訳ではありません。信用ならない悪人に、無駄に力を与えてしまう可能性もあります。そういった意味でも、カーヤさんは非常に有用かと」


 ツェツィの言葉は一理あるどころか、かなり的を射ている。


「彼女は安産型のお尻をしていますし……」


「ん、それはどういう意味?」


「お気になさらず、こちらの話です」


「???」


 よくわからない事をツェツィはのたまわっていたが、とりあえずカーヤに事情を伝えた。


「本当に開拓をするのですか? ですが、既にこの辺りのアンデッドも退治しているようですし、勇者様のお力は凄いのですね」


 一番凄いのはツェツィなんだけど、と思っても口に出さない。


「それに強い者ではなく、くすぶっていた不遇な者をご紹介する、という事でよろしいのですか?」


「はい! 我々『ヌッツロース』の信念は、役立たずからの脱却ですから」


 ツェツィがつらつらと理念を語り、それを聞いたカーヤは、『素晴らしい!』と納得の表情を見せた。


「あ、これは絶対条件なんだけど、『俺を絶対に裏切らない』と約束できる者しか受け入れる気ないから」


 俺は女が信用できない。

 だからといって、男なら信用できるわけでもない。

 現状、ツェツィとは離れられないので過度の信用はせず、付かず離れずを心がけている。

 究極的には、利害関係で一致できれば最良だ。

 アストとヴェラはまだ子どもだ、洗脳とまではいかないが、俺を裏切らないよう絆を深めていこうと思っている。


 薄っすら自分の感情に気づいたのだが、俺は裏切られるのが何より怖いようだ。

 しかし、裏切りは唐突にやってくる。

 だったら独りで生きていくのが一番楽だが、置かれている環境や俺の持つ能力がそれを許さない。

 ならば、少しでもリスクの少ない者を集めるしかないのだ。


 そんなやり取りをしたカーヤを森の外まで送り、「二人をよろしくお願いします」と丁寧に頭を下げられた。

 そしてその兄妹に守られて、カーヤは街に向かっていく。


「これで開拓が本格始動しますね」


 あまり乗り気ではない俺を他所に、ツェツィが嬉しそうにそんな事を言う。


「まぁ、焦らずやっていこう」


「はい!」


 元気よく返事をするツェツィの表情があまりにも眩しかったので、俺も少しは頑張ってみようと思ってしまうのであった。

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