第十三話 ズブ濡れ

「雨か」


 雲は出ているものの、よく晴れているので雨の心配などしていなかった。

 しかし、ポツポツと雨が降り始めたかと思うや否や、雨脚が一気に強まる。

 今日は目立たないようにするためフード付きのマントを羽織っており、雨合羽の代わりになってくれているものの、ゲリラ豪雨とでも言うべき状況はさすがにキツい。

 近くに少しだけ地面が高い場所があったので、俺はそこにゲルを出した。


「すごい雨ですね。それにしても、ワルター様のストレージは本当に便利です。さすが勇者様!」


「いや、むしろこれ以外の取り柄がないから……」


 ツェツィは俺をヨイショするような事を言ってくるが、荷物運びしかできない勇者など、魔王が降臨する世界では本当に役立たずだ。

 むしろ馬鹿にされてる気がしてくる。


「このマントもすごいですね。雨を完全に弾いている訳ではなさそうですが、中は全然濡れていません」


「あまり使う機会はなかったけど、特別な素材で作られてるらしいからね。それより俺は、ツェツィの『洗浄』がかなり便利だと感じたけど」


 神託の姫巫女の紋章によるスキル『洗浄』で、雨を吸って重くなったマントがあっと言う間に元の状態に戻っている。

 単に体や衣服を綺麗にしてくれるだけでも凄いと思ったが、こういった使い方もできる事に感心してしまう。


「はぁ~、温まりますぅ~」


 一段落し、淹れたての茶を飲んだツェツィは至福の表情だ。

 俺も一口飲んでホッとひと息つき、優雅ではないがしばしのティータイムを楽しむ。


「ゲルを叩く雨の音がなくなりましたね」


「そう言えばそうだね」


 何も考えずにボケっとしている間に、どうやら雨は上がったようだ。

 ぬかるんだ場所を歩くのは気が引けるが、天気による魔物の動きなど知りたいので、少しだけ周辺を見て回る事にした。


「思ったより水はけがいいな」


 一時的に大量の雨が降った後だが、驚くほど大地が雨水を吸っているのだ。

 逆に考えると、この水はけの良さでは農業に適さない地なのかもしれない。


「ん、索敵に何か引っかかったぞ」


 考え事をしながらでも魔物の住まう地を歩いているのだ、一応警戒はしていた。


「魔物ですか?」


「これは人間……いや、その後ろに魔物の反応もある」


「誰かが追われているのでしょうか?」


「そうみたいだな」


 この情報を得てしまった以上、救助に向かうのが正解だろう。

 しかし俺の戦闘力は雑魚だ。

 思わず二の足を踏みそうになるが、追われている人間もそうだが、追っている魔物の気配も強さを感じない。


「助けに行く?」


 多分大丈夫だが、相手が弱くても極力戦いたくない俺は、嫌々ながらも上司であるツェツィの指示を仰いだ。


「勿論です。助けに行きましょう」


「だよね」


 聞くまでもなく、思っていた返答をいただいてしまった。


「ワルター様、後ろを走ってる子が追いつかれそうです!」


 視界に捉えたのは、小さな男の子と女の子の二人組で、追っているのは角の生えたウサギの魔物、ホーンラビットだ。

 そして間もなく、女の子がホーンラビットの攻撃圏内に入るだろう。


「上手く投げられるかな?」


 そんな事を言いながら、俺はストレージから木製の盾を出しては放り投げを繰り返した。

 一応俺は勇者パーティ在籍中、戦闘中のメンバーに各々が必要とする武器なりアイテムを投げ渡していたので、物を投げるのは得意になっている。

 盾を投げる機会が少なかったので、あまり自信はなかったが大丈夫そうな雰囲気だ。


「よし」


 心配は杞憂だったようで、最初に投げた盾がホーンラビットの直前の地面に突き刺さり、その盾に勢いのついたホーンラビットの角が突き刺さる。

 俺はゆっくり近付くと、手にしたナイフで獲物の首をねた。


「すごいですワルター様! さすが勇者様です!」


「いやいや。ホーンラビットはウサギのくせに好戦的で猪突猛進だから、障害物に突っ込ませれば角が刺さって動けなくなる。後は首を刎ねるだけだから、対処法を知ってれば簡単に狩れる魔物なんだよ」


 ツェツィがものすごい賞賛の声をかけてくれたのだが、大げさすぎて逆に恥ずかしかった。


「他には……いなそうだ」


 索敵で周囲の状況を改めて確認し、安全を確信した俺はストレージにホーンラビットを放り込んだ。

 勝手に仕分け解体をしてくれるから、血抜きすらしなくても大丈夫。


「助けていただき、ありがとうございました」


 追われていた二人組の男の子の方が、腰を深く折って礼を述べてきた。

 その際、彼が被ったのであろう泥水が、頭を下げてきた勢いで飛んできて、せっかくツェツィに『洗浄』してもらったのに、また俺の体が汚れてしまう。

 少しイラッとしてしまったが、悪気のない不可抗力だったのだ、仕方ないと自分を落ち着かせた。


「ズブ濡れのままでは大変ですね」


 俺の後ろにいたツェツィは、そう言うと俺を含めた全員に『洗浄』をかけてくれ、彼らを濡れていないどころかすごく綺麗な状態にしていた。

 とはいえ、着ている服自体はボロだったが。


「こんなに綺麗にしてくれて、ありがとうございます。魔法……じゃなくて魔術ですか? すごいですね」


 目を輝かせた少年は、とても良い笑顔でツェツィに礼を言うと、その頬がにわかに赤みを帯びてきた。

 間近で魔術を見て興奮したのだろう。

 俺も初めて見たときは、やはり興奮したのを覚えている。


「ここじゃなんだから、そこにあるゲルの中で話をしないか?」


「あれ? この辺りにこんな立派な家なんてなかったのに……あっ! これも魔術ですか? 魔術って凄いですよね。これは何魔術ですか?」


 興奮を隠しきれない少年が、矢継ぎ早にツェツィへ質問を飛ばしているが、少し落ち着いてほしい。


「す、すみません……。なんだか色々すごくて、ちょっと興奮しちゃって……」


 なんとも落ち着きのない少年は、恥ずかしそうに頭を下げた。

 が――


「え、あれ、ワルター様?」


 下げた頭を戻した少年は、キョトンとした表情で俺の名を口にした。

 見知らぬ赤茶の髪と瞳の少年……いや、よくよく見るとなんとなく見覚えのあるような気がする。


「えっと~、君は?」


「はい! 二年半前、ワルター様に助けていただいたアストです!」


 二年半前といえば、実地訓練がはじまった頃のはず。

 俺は当時の記憶を引っ張り出す。


 そして――

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