第十二話 あってよかったストレージ
「おはようございますワルター様」
「ああ、おはよう」
のんびりした時間に起きて朝食の支度をする俺に、眠そうなツェツィが挨拶をしてきた。
昨夜はなかなか寝付けなかったようだから、元王女様は寝不足なご様子。
俺の出したゲルは、勇者パーティがゆっくり休めるよう手が加えられている。
それも魔物除けどころかかなり強力な結界が張れ、他にも色々な強化が施された安眠ゲルだ。
しかしツェツィは初めての野営だったのだから、ゲルが強化されていようがいなかろうが、不安感は拭えなかっただろう。
一方の俺は、戦闘力の低い雑魚だ。
不寝番をして魔物を警戒しても、戦えばどうせやられてしまう。
それならゲルの結界に任せ、日中しっかり動けるように寝た方が断然マシだ。
だから余裕ぶっこいて寝るつもりだったのだが、ツェツィの話し相手になっていたので、今朝は俺も寝坊している。
「なんだか、魔物が倒れていますね」
遅めの朝食を済ませてゲルを出ると、夜襲を仕掛けて結界に返り討ちにされたのであろう魔物が、全方位にポツポツ転がっていた。
それ自体は気にならなかったのだが、弱い魔物――具体的には、ホーンラビットと呼ばれる角の生えたウサギ型の魔物しかいないのは気になる。
聞いていた話から、この辺りは強力な魔物が多いと思っていたのだが……。
もしかして、強い魔物は森の中にしかいないのか?
「とりあえず食料になるから、獲物はストレージに入れとこう」
情報がない中で考えても仕方がないと思った俺は、とりあえず気絶している獲物は止めを刺し、すでに絶命しているのはそのままストレージに収納する。
ストレージは便利だが、唯一と言っていい弱点が生きたままの生物を収納できない事で、収納するには確実に絶命させる必要があるのだ。
「解体というのはなさらないのですか?」
獲物を収納する俺を見て、ツェツィはごもっともな質問をしてきた。
「どうやら俺のストレージは、一般的な魔導具やスキルと違うらしいんだ」
この世界には、紋章により収納系のスキルを使える者がいたり、見た目以上の収納力を持つ便利な魔導具が存在し、ツェツィも収納の魔導具を持っている。
しかし、俺のストレージは他を圧倒する収納量もさることながら、他にはない便利な能力があった。
それは、俺が勇者パーティ時代に判明している。
戦闘で役立たずな俺は、仲間が倒した獲物を解体し、それを収納して運ぶ役割を命じられていた。
しかし解体には時間がかかるので、いつしか俺は置いてけぼりにされるようになり、仕方なく解体せずストレージに入れて仲間の後を追うようになる。
その後、改めて解体しようと重々しい気持ちで獲物をストレージから出そうとしたら、未解体の獲物が解体されて部位別に収納されていたのだ。
最初からあったのか不明だが、そのとき初めて気づいた能力――
それが『ラベリング』能力だ。
この『ラベリング』によって、ストレージが勝手に仕分けして、部位ごとにタグ分けして名前を付け、俺にわかりやすくしてくれるのみならず、仕分け時に解体してくれる超便利能力だった。
なので、わざわざ獲物を自分で解体する必要がなくなったいたのだ。
普通に考えればありがたい能力なのだが……。
「やはり、勇者様の能力は凄いのですね!」
「まぁ、戦闘そのものには役に立たないけど……」
ツェツィは興奮気味に感心していたが、便利であっても戦闘に直結しない能力なので、俺は少しばかり物悲しい気持ちになってしまった。
「食料の貯蔵量が増えたのは助かったな。でも調味料とかは心許ないし、やっぱり街で仕入れしないと」
「それに、情報集もしないといけませんよね」
冒険者登録の件もあるため、結局のところ俺たちは街に向かうより他ない。
しかし、昨夜の話し合いで懸念すべき問題が浮き彫りになっている。
「俺たちの認識証が、すでに追放者として登録されてて街に入れないかもしれないって事だよな」
この世界の住民票的なドッグタグ型の認識証は、
しかも超文明の遺産による技術で、キャッシュカード的な機能や犯罪履歴など、地球でもあり得なかったような機能が満載のドッグタグなのだ。
そこに、意味不明な罪状と共に追放された旨が記載され、入国拒否の扱いをされる可能性をツェツィが示唆した。
わざわざアウスガングで俺たちを降ろさなかったのは、開拓の下準備をさせない、という第一王女の嫌がらせの可能性もある、と。
「もし入れないとしても、一度は確認しておく必要があると思います」
「まぁそうだよね」
それは昨夜の内に決めていたことだ、さっさと確認しに行かなければ。
「…………そんな気はしてたけど」
「すでに手が回っていましたね……」
街に入るための審査でドッグタグを見せると、俺とツェツィはものの見事に追い払われてしまった。
当初、ドッグタグの確認をした門衛は驚いていたが、感情を押し殺すようにしていたので、ツェツィが元第二王女だと気づいても忠実に職務をこなしたのだろう。
念の為、ツェツィはいつもの巫女装束から普通の神官服にフード付きのマント、俺も普段の格好にフード付きマントを羽織っていたので、追い返されても周囲に俺たちの身元はバレていない。
もしツェツィが、巫女装束のままストロベリーブロンドの髪を曝け出した状態で門前払いを喰らっていたら、身バレはともかく非常に目立っただろう。
現状、悪目立ちする事は望ましくないのだ。
「お姉さまは、よほど私が
フードを被って俯いているツェツィの表情は伺えないが、その声は悲しみの色を帯びているように思えた。
「それにしても、私だけではなく勇者であるワルター様もご一緒だというのに……何を考えて……まったく…………」
先ほどとは打って変わって、今度は怒りの色に染まった呪詛のような言葉を口するツェツィ。
やはり沸点が低いようだ。
「そういえば!」
「ど、どうしたの?」
ようやく落ち着きを取り戻したツェツィが、何かに気づいたっぽい。
彼女が少し怖かったので、俺は少しどもってしまった。
「お姉さまは、ワルター様がストレージに様々な物資を蓄えたままである事を知らないのでは?」
「誰かから聞かされていなければ、たぶん知らないんじゃないかな?」
「もしかすると、私たちが餓死する事を企んでいた可能性も……」
「あ~、無きにしも非ず……かな?」
戦闘力のない俺とツェツィが、食料を持たずにあんな場所で放置され、アウスガングに入れない。
となると、食料がなくて餓死……というのは想定できなくもない。
そうなると、あのクソ女神は大概だけど、このストレージには正直感謝だな。
女神こそが諸悪の根源だと思っている俺だが、あって当然だと思っていたストレージが、今は本当にありがたいものだと感じた。
で、でも、感謝なんてしてあげないんだからねっ!
あの女神を認めたくない俺は、脳内に浮かんだ意味不明な言葉を口に出さないように押し留め、ツェツィに伝えるべき言葉を冷静に考える。
「餓死の心配はとりあえず考えなくて大丈夫だし、調味料の類は余裕じゃないけどまだ問題ない。できれば買い足しておきたかったけどけど、現状はそれも無理だし、とりあえず仮拠点に戻る?」
「そうですね」
街に入れないという事実のみを収穫とし、俺とツェツィは昨日野営した地である仮拠点に向かいトボトボ歩いていると――
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