第二十七話 ふんすっ!

「思ってたより静かだな」


 ガルゲン刑務所まで残り僅かという場所に来た俺の感想は、まさにそれだった。


「この刑務所は、周囲の魔物に対して強固な壁で囲まれています。それに、音で周囲の魔物を刺激しないよう、吸音などの魔術術式が壁に施されていると思いますよ」


 アウスガングの街はガルゲン平原に接するだけあって、かなり大きな壁に囲まれていた……といより城塞化されていていたが、ここガルゲン刑務所も王都の城壁に匹敵するほど巨大な壁で取り囲まれている。

 しかもただ巨大なだけでなく、吸音の他にも様々な術式が組み込まれているのではないか、とツェツィは付け加えた。


「実際にどう動くかは、まず中に入って状況の確認をしてから決める。救出と戦闘のどちらを優先するか判断したら、改めて指示を出すから」


 時間のない中、道中である程度の動きを想定してみたが、本格的な戦闘が初めてな神託の姫巫女と新米冒険者の兄妹だ、選択できる作戦は少ない。

 そして指揮官である俺自体も、勇者パーティでは役立たずだったのだ。

 なので、自分たちの命を一番にした行動の中で、救出と戦闘という大雑把に二通りの作戦しか用意していない。


「ワルター様、門の周辺が騒がしいです」


 巨大な壁のせいで小さく見えるが、そこそこ大きい門が開いているのを確認すると、たしかにその付近が少しばかり騒がしい。


「なっ! あれは門から出られない囚人が殺到してるのか!?」


 囚人の首にはめられた首輪の影響だろう、門は開け放たれているというのに、見えない壁に行く手を遮られるように、多くの囚人が見えない何かを叩くような仕草をし、『出せ!』や『助けてくれ!』と悲痛な声をあげていた。


「ですが魔物の姿は見えていません。すぐにあの方たちをお助けいたしましょう」


 気持ちが浮足立っている俺に、ツェツィは冷静に状況判断してすべき行動を示してくれた。

 俺は自分を情けなく思うが、今はそんな事をグチグチ考えている場合ではない。


「中の状況は? それと魔物の数はわかるか?」


「ま、魔物が暴れてて手に負えねー!」


「数はわからねーが、少なくとも二十体以上はいる!」


「俺たちゃこの首輪のせいで外に出られねーんだ!」


「頼む、ここから出してくれ!」


 開け放たれた門を問題なく通過すると、俺は周辺の囚人に質問した。

 すると、チンチクリンな俺たちに、大の大人が藁にも縋るようにまとわり付いて回答したり、助けを懇願してくる。

 俺たちをガキ呼ばわりしたり非難する声がないところに、囚人たちが切羽詰まっているを感じられた。


「し、師匠……」


「ワルターお兄ちゃん……」


 特に小さいアストとヴェラが揉みくちゃにされている。

 このままここに留まるのは得策ではないと感じ、俺は三人を促しその場を離れた。


「――なっ!」


 目の前に広がる光景はまさに死屍累々といった感じで、そこかしこに死体の山が築き上げられていた。

 一方で、戦闘を繰り広げている者の姿もある。


「戦闘を優先する。まずはツェツィがひと当たりし、モグノハシにどれだけ攻撃が入るか確認。二人は周囲の警戒だ」


 情けない話だが、ちょっとした自衛くらしかできない俺は、ツェツィにバフをかけて突っ込ませるしかできない。

 だがそのツェツィは、気合の入った引き締まった表情を見せている。

 そして討つべき相手の姿を確認すると、白衣の袖に手を入れ、『そこから出てくるのはおかしいだろ!』と突っ込みたくなるような彼女の愛杖の一つである戦棍メイスを取り出し、臆する事なく突っ込んでいった。


「ふんすっ!」


 ツェツィは身体強化の自己バフをかけ、更に俺のバフで強化値が上昇している。

 そのため、地球のアスリートの比ではない勢いでモグノハシに詰め寄ると、突進した勢いをそのままメイスに乗せ、ホームランバッターよろしく大きく振り抜いた。

 そんな一撃を喰らったモグノハシは、ガッツリ肉が抉り取られた脇腹を晒してドスンっと倒れる。

 彼女の倒したモグノハシと対峙していた囚人は、呆気にとられた様子で立ちすくす。

 俺は俺で、『もしかして楽勝か?』という思いが湧き上がる。


「ワルター様、あの魔物は攻撃力が高いとの事でしたが、攻撃特化ではなく、防御力もそこそこ高いように思えます」


 今しがたモグノハシを瞬殺してみせた殴り巫女は、即座に離脱してくると所感を述べてきた。

 その言葉は俺の感想と違うものだ。


「楽に倒したように見えたけど?」


「あの表皮は思ったより固く、生半可な攻撃では皮に薄っすら傷をつける程度でしょう」


「そうなんだ……」


 さすがは殴り特化の姫巫女様だ。


「となると、アストの攻撃力だと厳しいか……」


「いいえ、アストくんの攻撃も通ると思いますよ」


「じゃあ――」


「ですが、スキル『斬斧』を使った全力の一撃でなければ無理でしょう。――アストくん、全力のスキル攻撃は何発くらい使えますか?」


 俺の言葉を遮ったツェツィは、アストに質問を投げかけていた。

 だが彼の師匠である俺は知っている。

 その答えは五発だ。

 本来であればその倍は使えそうなのだが、アストの体が出来上がっていないため、貧弱な体が負荷に耐えられない。


「ワルター様、現状モグノハシは何体いますか?」


「お、ちょっと待って」


 冷静なツェツィに対し、俺の方が落ち着きを欠いていたらしい。

 俺が役に立てる数少ないスキル、索敵を使っていなかったのだ。


「ツェツィが一体倒して三十九体だな」


 門を通った際に二十体以上との情報を得ていたが、その倍近くもいやがった。

 この数が相手となると、完全な鎮圧は難しいだろう。

 であれば、所長室あたりに保存されているであろうマスターキーを探し出し、ひとまず囚人を外に逃がす。

 これは罪人を放逐する危険な行為かもしれないが、人命を優先するツェツィの考えを尊重するなら、これが最適解だ。


 もし、その後の囚人がどこかで悪さをしでかしたら、そんな奴らをほったらかしにして逃げた刑務所の管理側の責任だ。

 場合によっては殺人犯みたいのが混じっていて、善良な民が命を落とす可能性もあるだろう。

 だがその可能性があっても、助けると判断したのはツェツィだ。

 ツェツィも現実を見て、目先の命を助ける事が正義ではないと知った方が良い。

 そして、俺がこの世界の救世主たる本当の意味での勇者ではないのだと、ハッキリ分かるべきだ。


 俺はこの世界を救おうなどと思っていない。

 俺は俺自身の幸せを求めているだけだ。

 仮に善良な民が命を落としても、申し訳ないがご愁傷さまとしか言えない。

 何故なら俺は、聖人君子ではなく、自分の幸せだけを求める自己中男なのだから。


「……わかりました。私がります!」


 想定より芳しくない状況により、俺の思考が少々くらい方向へ流されていると、ツェツィが何かを決意したような表情で『る』と宣言した。


「いやツェツィ、あくまで『命大事に!』がモットーだから――」


「大丈夫です! ワルター様のバフ群には『自動回復リジェネ』があります!」


「…………」


 たしかに俺のバフにはそんなのもあるようだが、ツェツィは俺……というか、勇者の能力を過信しすぎだ。

 あまり目にしたくないが、彼女は少し痛い目を見た方がいいのかもしれない。


「わかった。でも危険だと思ったら指示するから、そのときは無理せず引いてくれよ」


「わかりました!」


 またもやツェツィの迫力に負けてしまった形になるが、今回はこれでいい。

 そう思った俺は、アストとヴェラにも指示を出し、本格的な戦闘に突入するのであった。

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