第三十四話 ある意味復讐
「おいアスト、体捌きを教えてやっからこっちこい」
「でも僕、伐採をしないと」
「そんなんアイツラがやっから、お前は鍛錬に集中すりゃいーんだ」
トゥーダと囚人たちを連れて本拠地に戻り、開拓作業を本格始動させたのだが、彼女は開拓作業が苦手なようで、隙を見てはアストをだしに使って鍛錬を始めるのだ。
「ツェツィ、あれはほっといていいのか?」
「デークさんたちが予定外の働きをしてくれていますし、アストくんが強くなるのは歓迎です。何より今後を考えると、トゥーダ様がより強くなるのは非常に助かりますし、いいと思いますよ」
それに、トゥーダが強くなるのは実際助かる。
少しずつだが肉体を持った魔物が出現し始めている現状、王国最強戦力の一人である拳姫がいるのは、対魔物戦を考えるとかなりありがたい。
一応、トゥーダに対する対処法も考えてある。
まだ仲間への経験値譲渡について、不明な部分はあるものの不可能ではない。
逆に経験値回収については間違いなく可能だ。
万が一トゥーダが俺を裏切ったら、先導者のバフを切ってヤツを弱体化させ、回収した経験値でツェツィたちを強化できる。
そう考えると、最悪裏切られても経験値の回収ができるのだから、どちらに転んでも問題ない。
また、強さを求めるトゥーダは、中毒者のように俺のバフを求めている。
一方で、俺が仲間認定を取り消すと、彼女は経験値が回収されて弱体化するのを分かっているのだ、俺が手綱を握っているような状態と言えよう。
俺は、高圧的で意地が悪いトゥーダが嫌いだった。
だからといって、復讐をしたいと思うほど憎んでいない。
それでも彼女の手綱が握れるというのは、ある意味
それはそうと、デークを始めとした囚人五人衆は、開拓にうってつけの連中だった。
まず、デークを含めた三人兄弟。
長男デークは大工の棟梁で、指示出しだけではなくゴリゴリのマッチョな体で、率先して現場仕事をする。
次男キッコリは
三男ザイクは細マッチョな細工師で、ドアを作った上で取り付けもすれば、細かい作業はお手の物だ。
そして建築家兄弟の所で、従業員として働いていたのが残りの二人。
足場を組んだり高所の作業をする長身で細身なトビーと、壁や床などを塗り仕上げる中肉中背のシャカン。
この五人にヴェラの土魔法が加わると、なんとビックリ家が簡単に建ってしまうのだ。
俺のバフがあってこそだとデークは言っていたが、それでもちょっと早すぎる勢いで家が建つ。
仲間認定してパッシブバフをかければ、もっと建築速度が上がるんかな?
建築速度が早いのは、彼らが有能なのもあるが裏もある。
実をいうと、五人衆以外に生き残った囚人を全員この地に連れてきていたのだ。
なので、ある程度の伐採と整地が済んだ場所に仮住まい的な長屋を作り、元囚人を総動員して建築を行い、順次開拓を進めている。
食料は元々の備蓄に加え、モグノハシの肉が増えた。
だがそれだけでは心許ないので、ゴーストから得た魔晶石をトゥーダに持たせ、冒険者ギルドで換金して街で小麦粉などを仕入れてもらっている。
彼女もツェツィと同じように収納の魔導具を持っており、当然俺より運搬能力は劣るが兄妹より断然高く、『拳姫』の肩書があるので信用度が高いのだ。
それはそうと、刑務所の騒動は『拳姫』が単独で解決した事になっている。
彼女は最初、他人の功績を取り上げるような事は嫌だと言っていたが、そもそも俺やツェツィが街に入れない事や、表立って目立てない事などを説明し、最後に俺が『嫌ならバフを切る』と言ったら納得してくれた。
トゥーダが上手く説明できない事も考慮し、カーヤを呼び出してある程度の説明はしてある。
簡単に言うと、トゥーダが駆けつけた際に囚人は全滅しており、モグノハシが街に向かう前に殲滅した、という内容だ。
そこに、亡くなった囚人の遺体は全て火葬した、というある意味証拠隠滅の行動がカーヤの手により、『囚人と言えど、亡くなった者の魂を鎮めた』という美談に変わり、トゥーダは強い上に慈悲深い英雄として名を挙げる事になった。
普通に考えるとそれは
だが当の本人は――
『チキショー! アタイは強さを求めて自由に生きてくつもりだったのに、なんで英雄を気取らなきゃいけねーんだ! しかも慈悲深いとか、アタイはそんなキャラじゃねーぞ!』と荒れた。
しかしこれも、『嫌ならバフを切る』と対応。
ツェツィがトゥーダに使った駆け引きのお陰で、交渉材料としてパッシブバフが使えるのを俺も覚えたのだ。
若干汚いやり口だが、駆け引きとはそういうものだろう。
バフ切り宣言をされたトゥーダは、苦虫を噛み潰したような顔をしながら受け入れていたので、小物な俺はちょっとだけざまぁと思った。
と同時に、トゥーダに対してはツェツィ頼りでなくてもどうにかなると確信。
すると、意地悪された仕返しなど考えてもいなかったのに、俺の中に
軽く脳内でシミュレートしたら、なんだか楽しくなってきた。
若干腹黒くなった俺はというと、バフを撒く事を意識しながら全員分の食事を作る、器用な料理人になっている。
料理人だった元囚人なども手伝ってくれるが、五十人分を用意するのはなかなか大変だ。
一応、ガルガン刑務所から使えそうな調理器具などを拝借してきたのだが、それでも大変で嫌になる。
元囚人たちなのだが、現状は全員が首輪をつけたままだ。
管理側の魔導具は当然発動させている。
殺人犯のようなヤツはいなかったが、刑務所に入れられるような連中を簡単に信用する訳にはいかない。
「で、姫さんはいつまでティータイムなんだ?」
「ワルター様までそう呼ぶのですか? 私はもう王女でも姫でもないのですよ」
「いや、”神託の
「それはそうですけど……」
トゥーダがツェツィを姫さんと呼ぶ事から、元囚人たちもそう呼ぶようになり、ツェツィは少しうんざりしているようだった。
「はぁ~、そろそろ整地にいってきます」
ため息を吐いたツェツィは、自称”魔杖”の
俺とツェツィはあまり離れられないので、彼女の作業地付近に食堂ゲルを出し、俺はそこで作業している。
開拓が進んで行動範囲が広がった事で、俺とツェツィに付けられた魔導具の影響が出てしまい、こうせざるを得ないのだ。
ストレージがあるからまだいいが、魔導具が本格的に鬱陶しくなってきた。
少しばかり辟易した気持ちでツェツィを見送った俺は、これから何度も大鍋をかき回さなければならず、ますます気が重くなる。
「はぁ~、魔法でバンッて料理が出てこないまでも、もうちょい楽に調理ができないもんかね」
俺もため息を吐きつつ、重たい気持ちで鍋をかき混ぜる。
すると、僅かだが頭の中で何かがよぎり、ゾワリとした感覚が一瞬だけ俺を支配したような気がした。
「ん、何だ今の?」
あまりの違和感に思わず独り言ちって考え込んでしまったが、眼前の鍋がグツグツ煮え立っているのに気づき、慌ててかき混ぜる事で現実に意識を戻した。
とはいえやはり気になる。
「今夜ツェツィに相談してみよう」
すっかりツェツィ頼みが身についてしまった俺は、考えるのを止めて調理に専念するのであった。
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