第三話 封印

 魔王特効装備鏡盾アイギス

 この盾は魔王の攻撃を反射させ、その攻撃エネルギーを使って魔王を封印させるのだという。

 だが鏡盾アイギスには欠点がある。

 この世界を創った女神によると、魔王は意図せず生まれてしまったバグ的存在で、完全消滅させるのは不可能なのだが、通常の戦闘で打ち倒せば約二百年は再降臨しないと言う。

 しかし封印では、数年から最長でも十年ほどで再降臨してしまうもだとか。

 だから女神は、一時しのぎに鏡盾アイギスを使わず、きっちり倒す事を望んでいたのだ。


 使えるのは一度きりって言われているけど……背に腹は代えられない!


 これから繰り出される攻撃を食らってしまえば、きっと全員死んでしまう。

 そうなると、数年後に再降臨する魔王に太刀打ちできる者がいなくなる。

 それはダメだ。


 何より、リアを死なせたくない!


「何やってんだ雑魚! さっさと回復薬をよこせ!」


 ゲリンが何か言っているが、今はかまってる余裕などない。


鏡盾アイギス!」


 鈍臭い体を叱責しながら酷使して、どうにかリアの前にたどり着いた俺は、鏡盾アイギスを顕現させる。

 刹那、禍々しい黒紫の閃光が眼前に広がった。


 間一髪間に合った、そう安堵するも、魔王が発する閃光で体が吹き飛ばされそうになる。

 なんとか踏ん張ろうとするが、所詮はお荷物で役立たずな俺。

 善戦もさせてもらえず、あえなく吹き飛ばされてしまう。


「クッ……」

「きゃー」


 リアを巻き込んだ俺は、『拳姫』と『剣王』の間を抜ける。

 が、俺は叫ぶ。


「ゲリン、止めだ!」


 無力な俺は、更に『弓姫』と『賢姫』をも置き去りにして飛ばされ続ける。

 後はただ、ゲリンが動いてくれるのを祈るのみ。


「ガハッ――」


 飛ばされている最中、砕け散った鏡盾アイギスの代わりに自然とリアを抱きしめていた俺は、強かに背中を壁に打ち付けた。

 あまりの衝撃に意識が飛びそうになるが、気力を振り絞って耐える。


 視界の先に、あの禍々しい黒紫の閃光はなかった。

 では魔王は?


「まだ、いやがる……。ゲリンの野郎、追撃、してねーの、か……」


 実は鏡盾アイギスには、もう一つ欠点があった。

 それは、俺ではなく現地人の誰かが攻撃を当てて、初めて封印の効果が発揮されるというものだ。


 なんでそんな効果を?


 素朴な疑問を女神にぶつけたのだが、答えはこうだった。


鏡盾アイギスを使用するのは余程の状況です。もし仮に、現地人が全員亡くなってから使用しても遅いのです。そうならないよう、勇者パーティが全滅する前に使う決断を下す、そのための強制措置です』


 可能な限り鏡盾アイギスを使うなと言いつつ、使う場合は早めに使えということだ。

 なんとも理不尽な話だった。


 しかし今回、俺は早めに決断を下せたと思う。

 唯一の誤算は、こんなに飛ばされるなどと想定していなかった事だ。


 あの女神、ちょいちょい説明不足なんだよな……。


 魔王の攻撃を反射・・して封印する”鏡”の盾だ、当然ながら攻撃のダメージを受けないと思っていたので、俺が吹き飛ばされるのは完全に想定外。

 予定では、勝手な事をしてゲリンに文句を言われつつも、ヤツに止めを刺すよう進言するはずだったのだ。


「リアは……、気絶中、か」


 リアに止めを刺してもらおうと思ったが、どうやら無理のようだ。


「ゲリン以外、遠隔攻撃の、二人。『弓姫』か、『賢姫』に……」


 そう思って二人の姿を確認しようと思ったところで、魔王の体が崩れ落ちていくのが視界に映った。


「やった、か?」


 俗に言う”フラグ”を立てる言葉が、無意識に口から零れていた。


 それにしても、封印されるなら、魔王の体が崩れるのはおかしいような気がしたのだが……魂的な何かが封印され、肉体は崩れたのだろうと考え至る。


「この『剣王』ゲリンが、見事に魔王を討ち取った!」


 前方から、ゲリンの誇らしげな声が聞こえてきた。

 自分で『見事に』とか言ってしまうのは、ちょっとどうかと思う。

 それでもゲリンが動いてくれたのは、俺的には正直助かったので安堵した。


 一段落した事で、俺はゲリンに何か言われる前にひっそり回復薬を飲み、リアにも無理やり回復薬を飲ませる。

 すると、一対の巨大な魔王の角を持った誇らしげなゲリンが、残り三人のメンバーを従えてこちらにやってきた。


「貴様! この俺が魔王を討ち取ったから良かったものの、一歩間違えばこの勇者パーティは全滅していたのだぞ!」


 勇者として凱旋する事を意識しているのだろうか、ゲリンの口調がいつもと違う。


 それはそうと、たしかに皆の立ち位置が少しズレていれば、全員が俺に巻き込まれて吹っ飛ばされていたかもしれない。

 俺が勝手に動いてリアが巻き込まれ、彼女は庇った俺より怪我が酷く、回復薬がかなり必要だった。

 本当に、一歩間違えば死んでいたかもしれない。

 しかし、ゲリンが言いたいのはそうではないだろう。

 単にゲリンは、俺が行動した事そのものに文句を言っているに違いない。


「今回の貴様の愚行、王女殿下にしっかり伝えるからな!」


「まったく、ふざけんじゃないわよ! アンタのせいで、わたしは死にそうになったのよ! アンタはこの”槍姫アメリア様”を、死の縁まで追いやったのよ! 絶対許さないわ! 死ね! このクズ! 死ね! 死ね!」


 ようやく立ち上がったリアは、ゲリンに支えられながら鬼の形相で罵詈雑言の嵐をぶつけてきた。

 万に一つでも、リアがまだ俺を想ってくれている可能性に期待したが、もはや望み薄だったようだ。


 違うな、情けない俺がリアに縋り付いていただけだ、受け入れるしかない。


 今度こそ現実を受け入れよう、本気でそう思った瞬間、胸のつかえが下りた気がした。

 すると――


 結局、女なんてこんなものなのだ。

 条件の良い男がいれば媚びを売る。

 長年一緒に過ごし、いくら将来を誓いあっても、簡単にその関係は断ち切る。

 

 幼馴染? 恋人? 将来の結婚相手?


 そんなの、簡単に捨てやがるんだ。

 このクソ女共は!


 日本で幼馴染に裏切られたというのに、まさか二度目の人生でも幼馴染に裏切られるとは思ってもいなかった。


 日本人時代に幼馴染で恋人だった莉愛りあは、おとなしい顔して俺だけしかいないような事を言っておきながら、俺の知らない男と肩を組んで歩いていやがったのだ。

 やけにバイトに行く日が増えて、俺と会う回数を減らしていたのは、あの男に会うためだったに違いない。

 そんな事を知らない俺は、莉愛に会えない時間が増えた分だけバイトの時間を増やし、次の誕生日プレゼントは大奮発しよう、そんな事を考えていた。

 なのにアイツは、他の男とよろしくやってやがったんだ。


 俺の中でくすぶっていた感情に火が点いた。

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