第十五話 たったあれだけ
「あれ? 知らなかった斧の扱い方が、勝手に頭に浮かんできました」
俺の疑問を他所に、アストが不思議な事を言い出す。
「斧の握りはこうで、――構えはこんな感じですよね?」
先程の光はひとまず忘れる事にして、アストと距離を取って彼の姿勢を見た。
「おぉー! なんか急にそれっぽくなったな」
「ちょっと振ってみていいですか?」
「やってみな」
持つ位置を修正しただけ……とは思えないくらいアストの構えは堂に入っていて、いざ斧を振ってみると非常に安定している。
先程のように、斧がすっ飛んでいきそうな不安感はない。
その後もアストは「こんな動き知らなかったはずなのに」とか、「おー、なんか良くわからないですけど、自分が自分じゃないみたいです」などと自身の動きに驚きつつ、かなり良い動きを披露していた。
「すごいですワルターさん! たったあれだけで、僕の動きが良くなりました!」
本当に『たったあれだけ』、つまり持ち手の位置を修正しただけだ。
むしろ、指導は一つもしていない。
それがとても不思議で、その原因が気になって仕方なかった。
「今日は色々とありがとうございました! それと、本当に明日もきていいんですか?」
俺がアストに斧の指導していた――実際はただ見ていただけ――際、魔法使いの紋章を授かったが魔法を教えてくれる者がいなかったヴェラに、ツェツィが魔法を教えていたのだ。
しかし、不意の暴発などを考慮するとゲル内での実技は拙い、そう思ったと言うツェツィは、明日改めて実技を教えてたいと言い出した。
それを受けてのやり取りだが、俺に異存はない。
少し早めの夕食も兄妹と一緒に済まし、その二人も既にいないので、ツェツィと一緒にのんびり茶を飲んでいるのだが、慌ただしい一日が嘘だったかのような静寂が訪れている。
「それにしてもあの光、いったいなんだったんだろ?」
油断……とは違う、安堵感からだろう、俺の口から心の声が漏れていた。
その独り言が聞こえていたのか定かではないが、ツェツィが少し改まった表情で話しかけてくる。
「ワルター様、少しお話しなさいませんか?」
「ん? 別にいいけど」
「ではその前に、私の目を見てください」
少し大きめのダイニングテーブルの向かいに座っているツェツィは、テーブルに肘をついてズイっと顔を寄せてきた。
「お、おう」
彼女の迫力に気圧された俺は、一瞬
自分で行動しておいてなんだが、ツェツィの顔が近い。
日本人時代もこの世界にきてからも、幼馴染以外の女性に興味のなかった俺は、こんな間近で幼馴染以外の女性の顔を見た事がない。
ツェツィは傍から見ても整った顔立ちなのは知っていたが、こうして間近で見ると、とんでもない美少女なのだと気付かされた。
とはいえ、一目惚れ……とは違うが、急に惚れたりすることはない。
むしろ普通の感性の持ち主であれば、簡単に惚れてしまうのだろうか、などと考える始末。
それはそうと、気まずい……というか、なんか恥ずかしい……。
女性と関わる事を拒否したい俺は、仕方なくツェツィと行動を共にしているのだが、それでも美少女と間近で見つめ合うのは、どうにも落ち着かなかった。
「やはり――」
どれほどの時間そうしていたのだろうか、羞恥心で顔を背けそうになるのを必死に堪えていると、ツェツィは一言零して視線を外してくれた。
そして俺は、永遠とも思えるく緊張からようやく解き放たれる。
「相変わらず『そうせい』については不明ですが、『先導者』の方は少し分かったと思います」
唐突なツェツィの言葉に、俺は彼女が言わんとする事を理解できない。
「ツェツィはさっき何をしてたの?」
「ご説明不足でした。申し訳ございません。――巫女を含む神官系の紋章持ちは、効果の違いはあれど鑑定ができるのです」
なるほど、だから紋章を発現させる”鑑定の儀”は、鑑定できる人物がいる教会で行われるのか、などと妙な納得をしていると、ツェツィはさらなる説明をしようとしたが、その前に自身の能力を聞かせてくれるらしい。
「”神託の姫巫女”は、古い資料にその名が記されていたので、過去には存在していたようです。しかし、詳しい内容が記されるようになってから、誰一人授かっていないのか、名称しか記録が残っておりません」
勇者である虹色を除けば最上位である
なので彼女は、”神託の姫巫女”の一ランク下で、
とはいえツェツィも俺と同じ年齢で、紋章を授かってから現在で三年少々だ。
経験で身に付ける部分もあるので、”神託の巫女”の能力ですら、十全に使いこなせていないという。
件の鑑定能力も、鑑定対象との距離や測る時間など、色々と試して少しずつ使い勝手が良くなっているらしい。
そんなツェツィだが、魔王討伐が報告された以降に、今までの鑑定では視えなかったものが視えたのだという。
しかし、自分自身でも半信半疑だったため報告はせず、自身付きの侍女などを視て、独自に考察を始めたのだとか。
だが早々に勇者パーティが凱旋し、精査不足のまま放逐されてしまったと言う。
「未だ不確定ですが、より確実な鑑定を行うには近距離で対象者の瞳をじっくり視る、これが正解に一番近い方法だと思っています」
「さっきの行動の意味を理解したよ。それで、何が視えたの?」
「それなのですが、私の新しい能力だと思うのですが、対象者の所持するスキルが見えるようになった……と思います」
「マジか!」
この世界にスキルは存在している。
とはいえ、ゲームなどにあるような、所持スキルがステータスボードに表示される、といったことはない。
各紋章毎の固有スキルがあり、通常は『〇〇の紋章は〇〇スキルを所持している』といったデータが蓄積され、紋章を授かった者にそれを伝えているらしい。
なので、スキル保持者に師事して身に付けるのが一般的だが、伝手がなかったり習うための謝礼金を払えない者は、自分が持っているスキルを使えるよう、意識して鍛錬して覚えるのだとか。
そして、俺の持つ『そうせいの先導者』は史上初の紋章だったため、スキル内容は不明。
当然、俺のスキルを視れる者など存在しなかった。
だから俺は手探りで色々教えられ、結果的に索敵系スキルが使えるようになった一方で、『槍聖』と言われながらも、槍どころか様々な武器を使ったスキルは何も覚えられなかったのだ。
「じゃ、じゃあさ……」
俺は一度言葉を区切る。
そもそも魔王を討伐するための勇者なのに、戦闘スキルがないのはおかしいと思っていた。
そして、俺がスキルを持っていても、そのスキルを使える人から指導されず、力が眠ったままなのでは? という可能性に心が躍る。
「もしかして、眠っている戦闘スキルがある……とか?」
俺はゴクリと唾を飲み、少しだけ興奮しながらツェツィに尋ねた。
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