第三十一話 拳姫トゥーダ(後)※

「おいそこのお前、何かあったのか?」


 いつもと違うざわつきを感じさせる冒険者ギルドで、アタイはうだつの上がらなそうな冒険者を捕まえ、騒ぎの原因を問い質した。


「ん? ああ、ガルゲン刑務所の坑道から魔物が溢れ出てきて、看守やらが全員逃げ出しちまったらしいんだ」


「なんだそれ? でもよ、看守は逃げても衛兵とかが戦ってんじゃねーのか?」


「この時期は元々少数の兵士しかいないんだけどよ、なんとたった三人しか詰めてなかったらしくて、その三人も逃げてきちまったんだとよ」


 随分と馬鹿げた話に絶句してしまった。

 しかもこのギルドにいる冒険者も、低ランクしかいないって話だ。

 アタイは義憤に駆られるタイプじゃないと自負しているが、さすがにこれは酷いと思い、気づいたら自然と刑務所の場所を聞いて乗り込んじまった。


 辿り着いた刑務所の中は、死屍累々といった感じで酷い有様だ。

 その状況でも、モグノハシという魔物を威嚇してる囚人を見つける。

 アタイはソイツらに檄を飛ばし、手こずりながらもモグノハシを一体倒す。

 やはり本来の力が発揮できていない。


 そんな中、モグノハシを倒してるヤツを見つけた。

 その人物は巫女装束を纏い、ストロベリーブロンドの髪をツーサイドアップにした小柄な少女だ。

 アタイはそんな少女を一人だけ知っている。


「二の姫さんだな。――ってことは、アイツもここに」


 神託の姫巫女である二の姫さんが、どうして最前線で戦ってるのか不思議に思ったが、目に見えている光景は事実だ。

 アタイは姫さんがモグノハシを倒したのを確認すると、すぐに駆け寄って話しかける。


「久しぶりだな姫さん」


「……え、トゥーダ様! どうしてここに?」


「そんなんどーでもいーだろ? それより、ワルターの野郎もいるのか?」


「えっと~、あちらにおりますけれど」


 姫さんが顔を向けた方向を見ると、アタイと同じ地味な灰色のローブを着たチビがいる。

 それを確認すると、アタイの足は勝手に動き出した。

 だがそんなアタイを姫さんが追い越していく。


 やっぱりワルターの野郎、付与術的な力を隠してやがったな。

 じゃなきゃ、姫さんがアタイより早く走れるはずがねー。

 いや、アタイの力が低下させられてるからか?

 どっちにしろ、ヤツから聞き出さねーとだな。


 アタイと同じ赤金オリハルコンといえど、姫さんの巫女は戦闘職じゃない。

 そんな姫さんに遅れをとった由々しき事態に目をつぶり、アタイは自分を弱体化させているワルターに意識を向けた。

 アタイよりひと足早くワルターの前に立った姫さんが、何か言おうとしていたがまどろっこしい。

 だからアタイは、ガバリとフードを脱いで言い放つ。


二の姫さん・・・・・がいたから、もしかしてお前・・もいると思ったら本当にいやがったな」


 アタイの口角が無意識に上がった。

 そんなアタイの目の前では、ワルターがガチガチに固まっている。


 コイツにゃ散々冷たく接して、時には意地の悪い事をしてたから、以前からアタイにビビってる節があったし、この反応も当然か。

 だからって呪術で力を低下させるのは、ちーとばかしやりすぎだな。

 

 少しばかり頭に血が昇ったアタイは、威嚇するようにワルターを問い詰めると、何故か姫さんが口を挟んでくる。


「トゥーダ様、それは何かしたのではなく、何もしなくなった・・・・・・・・が正解かと思われます」


 意味が分からない。

 何もしなくなった・・・・・・・・事が正解と言われても、アタイにはちんぷんかんぷんで理解不能だ。

 だが兎にも角にも、アタイの動きが悪くなってる現状をどうにかしてほしいのだが、姫さんはまずは魔物を倒せと言う。


 なら先に弱体化をどうにかしろ!

 そう言いたいのだが――


 よそ者のアタイは、あんな地元に帰る気なんざこれっぽっちもねー。

 だが獣人は、この王国以外では迫害される。

 そうなると、この王国で居住権を与えてくれる王族に従わなくてはならない。

 とはいえ、居住権を得る条件である魔王の討伐は成した。

 今のアタイは、この王国に居住権を持つ客食という、ちょっと変わった立ち位置にいる。

 それでも余程の事がない限り服従する必要はないのだが、居住権を取り上げられる可能性は無きにしも非ずだ。

 それに、ああ見えて一の姫さんは、二の姫さんを可愛がっている。

 万が一、二の姫さんが一の姫さんに泣きついて、アタイの居住権が剥奪されては事だ。


 ここはおとなしく従っておくのが吉だろーな。


 そんな打算で従ってみると、体から力がみなぎるのを感じる。


 やっぱりワルターが関係してたか。


 少しばかりイラッとしたが、それ以上に力が出せる事が嬉しい。

 アタイは久々に全力が出せるのが楽しく、嬉々としてモグノハシを殴り続けた。


 楽しい祭りは思いの外早く終わりを告げる。

 だがアタイの祭りはまだ終わらない。


「おいワルター! お前、やっぱり何かやってやがったな? 魔物は倒したんだ、素直に全部吐きやがれ!」


 今は力がみなぎっているものの、また弱体化される可能性もある。

 どんなカラクリなのか吐き出させ、今後はアタイを弱体化させないようにしなければならない。

 だがまたもや姫さんが邪魔をする。


「これだから王族は……」


 二の姫さんはかわいらしい顔をしているが、王族らしくしれっと強権を発動する。

 一応、今の姫さんは王族籍を剥奪されているようだが、そんなの鵜呑みにできない。


 結局アタイは面倒な片付けをする事になり、やっと話し合いの時間がやってきた。


 できれば力任せでどうにかしてーが、姫さんがいるからそれは無理だろーな。


 話術でどうこうするのはアタイが一番苦手とするやり取りだが、姫さんがいる以上仕方がない。

 アタイは腹を括って話し合いに望むことにした。

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