第三十二話 実力以上の力
「さて、やっと一段落しましたね」
モグノハシの回収や怪我人の治療、亡くなった囚人の遺体を集めての火葬などをし、奴隷を縛る魔導具のマスター側を発見したりが一通り終わった。
そして今、所長室には俺とツェツィ、アストとヴェラ兄妹にトゥーダの五人に加え、トゥーダに従っていた五人の囚人までいる。
この五人の囚人は、何故かトゥーダを姐御と呼んで慕っている様子を見せ、片付けの手伝いをした流れで同席しているが、それを許可した覚えはない。
だがツェツィは、何も問題などないかのように話を進めようとしている。
「おいツェツィ、さすがに見ず知らずの連中がいる前で話す気はないぞ」
俺の能力はおいそれと口外して良いものではない……と思うので、ツェツィに釘を差したのだが――
「せっかくなので、この方々にはお亡くなりになっていただきましょう」
「お、おい。このオッサンたちを殺す気なのか?」
殴り巫女はご乱心なのだろうか、急に恐ろしいことを言い出した。
「そうではありません。今回の騒動で多くの方がお亡くなりになりましたが、この方々もその騒動に巻き込まれて亡くなった、とう事にするだけです」
「あー」
これから虐殺が始まる訳ではないようだが、それでも意味がわからない。
「姫さん、アタイはコイツラがどうこうはどーでもいーんだ。そんな事より、早くワルターと話をさせてくれよ」
「いや、だからこのオッサンたちの前でする話じゃないから――」
「その前に、何故トゥーダ様がここにいるのか、それをお聞かせ願えませんか?」
逸る気持ちを隠せないトゥーダに俺が対応すると、それを遮ってツェツィがトゥーダに問いかけた。
「アタイはまどろっこしいのが苦手だから端的に言うが、ワルターにかけられた呪いを解いてもらうためにここへきた」
「ん、呪い?」
めんどくさそうに頭をポリポリ掻きながら、トゥーダが訳の分からないことを言い出したではないか。
「それでしたら、ワルター様のバフが切れただけで、呪いなどではありませんよ」
ツェツィの言葉で俺は合点がいった。
再会した当初も、トゥーダは意味不明な言いがかりを付けてきたが、そう言えばそんな話だったと思い出したのだ。
「そーいやー、姫さんはワルターが何もしなくなったとか言ってたけどよ、それってのは、バフをかけなくなったって事か? ん、そもそもワルターはバッファーだったのか?」
「そのとおりです」
ツェツィの説明は非常に短いものだったが、トゥーダは即座に理解を示していた。
俺の知る限りのトゥーダは、脳筋で考えるより先に手が出るタイプの女なのだが、もしかすると俺がそんな姿しか見ていないだけで、実はなかなか頭の回る女だったのかもしれない。
「つってもバフがないだけで、アタイがこんなに弱体化するのはおかしくねーか?」
「”こんなに”がどれほどか私にはわかりかねますが、ワルター様のバフは、一般的なバッファーがかけるバフとは性質そのものが違うのです」
「性質そのものが違う? ……姫さん、ちょっと意味がわからねーんだが」
俺もよくわからないのだが、それはパッシブとアクティブで二種類のバフがある、ということだろうか?
「ワルター様は二種類のバフを発動できるのですが、パッシブで常に発動されているバフが、通常ではありえないバフなのです」
「パッシブのバフ? そんなん、アタイは聞いたことないぜ」
「はい。私もワルター様だけしか存じていません」
俺もツェツィに言われて初めて知ったからな。
「そして、まだ実験途中なので絶対とは言えませんが、凄まじい効果があるのは確かです」
「気になるね」
「それは――」
ツェツィは語った。
先導者のパッシブバフには、『成長速度促進』『習得力促進』や『地力強化』といった、まんま地力を強化する効果がある。
だが、『取得経験値倍化』『必要経験値半減』といった、レベルに該当するものを手早く成長させるインチキに近いバフがあるという。
そもそもこの世界にレベルの概念自体なかったのだが、過去の研究などから経験値の概念はある。
ただレベル◯◯といった数字を見る事はできない。
そして経験値により強化される事実は判明しているので、パワーレベリング的なことは行われている。
なので、冒険者などが組むパーティでは、戦闘結果による経験値の分割がパーティ内で行われるのは常識だ。
だがやはり、その経験値は数字などで目に見えるものではない。
詳細は割愛するが、それにより俺の『取得経験値倍化』『必要経験値半減』が大きな役割を果たしていると言う。
そしてある意味恐ろしいのが、俺とパーティを組んだ者はその恩恵に預かれるが、パーティを解消するとズルのような力で得た恩恵は俺に回収されてしまう、と言う事だった。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ姫さん。それってのは、アタイの経験値がワルターに奪われたって事か?」
おい待て、俺を睨むな!
「それは違います。トゥーダ様が得た経験値は、そのままトゥーダ様に残っております。ですが、ワルター様のバフによってある意味ズルで稼いだ分の経験値は、トゥーダ様から失われているのです」
「…………すまん姫さん、あんまよくわからねーんだが」
俺もよくわからないのだが、ツェツィが例を挙げて説明してくれた。
例えば、次のレベルまで百の経験値が必要だったとしよう。
『必要経験値半減』で必要経験値が五十で済む。
そして経験値二十五の魔物を倒すと、『取得経験値倍化』で得られる経験値は五十になる。
それは百の経験値が必要なところ、実際は二十五の経験値でレベルアップできるという訳だ。
つまり、実際には経験値五十が軽減され、二十五がズルで上乗せされた訳で、俺との縁が切れることでズルして得ていた――あるいは軽減されていた部分が消えてしまい、内部的に得た経験値が額面の四分の一になっていたのだと言う。
「……まだなんとなくしかわかってねーけど、つまりアタイの強さが四分の一になったって事か?」
「あくまで、トゥーダ様の内面で処理されていた経験値が四分の一になっただけで、強さが四分の一になった訳ではありません。ですが、レベルはかなり下がっていると思われます」
例えばの話、レベル三十に必要な総経験値が二十五万。
レベル四十に必要な総経験値が五十万。
レベル五十に必要な総経験値が百万だとする。
トゥーダは総経験値百万でレベル五十になったと仮定すると、俺とパーティを解消した事で、レベル三十に落ちたという事になる。
これは推定の数字を当て嵌めただけだが、このとおりだと仮定すれば、トゥーダはかなり弱体化した事になるのだ、呪いと思うのも仕方ないだろう。
「おいワルター! 随分とふざけたことをしてくれやがったな!」
「それは違いますよトゥーダ様。あくまでワルター様は、成長の速度を上げてくれていただけで、トゥーダ様は得るべき経験値を得ています。なので今のトゥーダ様は、ワルター様がいなかった場合の本来のレベルになっているだけに過ぎません」
「こんな弱い、今のアタイが本来のアタイ……」
「弱くはないと思いますよ。トゥーダ様は『拳姫』の紋章をお持ちなのですから。ですがワルター様のお陰で実力以上の力を得ていたのは確かです。決して呪いではありませんので、ワルター様を恨むのはお門違いなのです」
「クッ……」
「更に――」
苦痛で顔を歪めているトゥーダに対し、ツェツィは死体蹴りよろしく、正論という言葉の暴力を投げかけるのであった。
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