第十一話 随分とご立派なテント
「ワルターさん、あれはなんでしょうか?」
野営に適していそうな場所を探していると、ツェツィからそんな声が。
見るとそこには一張のテントがあった。
しかも野営向きの場所だ。
「そうだ、一応索敵をっと」
魔王討伐後にバックアップ隊と合流した以降、囚われの身となっていた俺は投げやりになっていたため、しばらく索敵などしていなかった。
だが今は、見知らぬ地でツェツィ以外の人間がいない状況に遭遇している。
もしかしたらテントに悪人がいるかもしれない、そんな事を想定した瞬間、自分に索敵能力があるのを思い出したのだ。
同時に気づきもあった。
場合によっては移送の道中で、変な場所で降ろされて刺客に殺されていた可能性もあったのだ。
そんな事を警戒せず、のんきに馬車に揺られていたと思うとぞっとした。
「ん? 何の反応もないな」
それはさておき、現状の確認だ。
テントそのものやその周辺も広く索敵してみるが、何度確認しても無反応。
自分の能力がなくなったのかと不安に思いつつ、ツェツィを背後に庇いながら武器を片手にテントへ向かった。
「誰もいないな。――ん、なんだ?」
用心しながらテントの中を
それはツェツィに宛てた内容で、『こちらをお使いください』との事だった。
「お姉さまがご用意してくださったのでしょうか?」
俺たちの移送には、第二王女付きではなかったが別の馬車で侍女が同行しており、道中の宿などでツェツィの面倒をみていたし、護衛兵も付いていた。
ただし、俺やツェツィと一切会話をしなかったので、単なる逃亡防止の監視だった可能性もある。
それらは第一王女の指示によるものだろう。
しかし、ガルゲンに一番近い街まで運ぶと言っておきながら、変な場所で放置した挙げ句、おかしな場所にテントが用意されていた。
痴女の考えが良くわからん。
「とりあえずこの場所は野営に向いてるから、俺の持ってるテントを出すよ」
俺はストレージからテントと呼ぶには立派な、地球知識で言うところの遊牧民が使うゲルのような物――便宜上ゲルと呼ぶ――を取り出した。
しかも組み立てが完了した状態で。
というのも、一切の防衛機能を持っていない小さなテントなど安心できなかったからだ。
「ええと……随分とご立派なテント? ですね。しかもすでに立ってます」
「勇者パーティ時代に使って……あっ」
「どうしました?」
勇者パーティが倒した魔物から得た素材の類は回収されたが、旅や戦闘用に支給された物は一切回収されずに、俺のストレージに入ったままだったのだ。
だから何も考えずにゲルを出したのだが、ツェツィは元とはいえ王女、俺が盗んだと言い出すかも……そう思い、拙いと感じた。
だが見られてしまったのも事実。
仕方なく、回収されなかったから持っていた旨を伝える。
ゲルがすでに立っているのは、組み立てた状態でしまえるほど俺のストレージが大容量、というのも補足して。
「支給品は、勇者を含めた勇者パーティに用意された物です。勇者であるワルター様が使うのに、何の問題がありますか?」
どうやらツェツィは、俺が所持しているのを問題視していなようだ。
「持ち運びのできる簡易宿泊施設にしては立派ですし、備品も色々あるのですね」
ゲルに入ったツェツィは、物珍しそうにキョロキョロ眺めている。
「俺のストレージの容量がかなりのものだったから、ゲルンがわがまま言って作らせたんだよ」
今出したのは、複数所持しているゲルの中で最大のものだ。
料理用の設備や道具が置いてあるリビングダイニング的なゲルだが、雑用をする関係で俺の寝室用としても使っていた、ある意味で俺の私室とも言えるゲル。
「そうだ、ツェツィの寝室用も出さなきゃだな。入浴用はどうする?」
なぜ入浴用が必要か聞いたのは、ツェツィが『洗浄』という身体や着用している衣服を洗える魔術が使えるからだ。
道中は俺もその恩恵に
魔術で思い出したがある。
俺はツェツィのことを、『神託を授かる能力しかない』と思っていたのだ。
しかしそうではないと聞いた際、『え、ツェツィは神託を降ろされる能力しかないんじゃないの?』という失礼な反応をしてしまった。
どうやら巫女の紋章には、回復の能力が宿るらしい。
巫女にも段階があり、上位に”神託の巫女”などがあり、ツェツィの”神託の
さらに味方を強化するバフや、アンデット系を浄化する能力もあるという。
『だったらどうして、勇者パーティに入らなかったの?』
そんな能力があるなら、絶対に戦力になったはずだと思って聞いてみた。
『私は”
魔王討伐の旅に出るより、神託を受け取る事が優先させる紋章だと言われれば、納得せざるを得なかった。
当初、勝手にツェツィを”役立たず仲間”だと思っていた俺。
だが彼女は、全然役立たずではなかったのだ。
本来なら有能な相方だったと喜ぶべきなのだろうが、裏切られたような気がして落ち込んだ事実は心の内にしまっておいた。
「入浴用も、私の寝室用も不要ですよ」
「入浴用はまぁ分かるけど、寝室用は必要でしょ? それとも、別のゲルに俺が移動しろってこと」
道中の馬車では常に一緒に居たが、さすがに宿泊時は別の部屋だった。
俺は気にしないけど、元王女がいきなり男と同室で二人っきりはさすがに嫌がるだろうし。
そんな事を思っていたのだが、ツェツィから意外な答えが返ってくる。
「違います。――こんなどことも知らない地で、一人で寝るなど怖くて無理なのです。ご迷惑と存じますが、私もここで一緒に寝る事をお許しくださいませんか?」
初めて世話係がいない、しかも見知らぬ場所で寝るのだ、一人になる不安の方が強いのはある意味当然なのかもしれない。
ツェツィの言わんとする事を理解した俺は、気を遣って自分用のベッドから離れた場所にツェツィ用のベッドを出したのだが、彼女は離れていると怖いと言い出し、俺のベッドの真横に並べる事で納得したくれた。
俺としては、ツェツィを上司と割り切って見ているし、嫌な気持ちになりたくないので女性として見る事はない。
だから何ら問題ないのだが、元王女様の男性に対する無警戒さを心配してしまう。
いや、彼女にすれば俺を警戒する以上に、恐怖心の方が強いのかもしれない。
そういえば、そういった葛藤の末、心に隙ができ、吊り橋効果と言うのだろうか、側にいた者に心を奪われる、なんて話を聞いた事がある。
もしかして、そんなのが莉愛やアメリアにあったのかも……。
って、ふざけんな!
仮にそうであろうが違おうが関係ねー!
あのクソ女共は、自分の利益を追求して俺じゃない男を選んだだけだ。
アイツラは俺を裏切った、その事実が全てだ。
騙されるな!
ツェツィもそうだ。
今は身辺に俺しかいな状況だから俺を頼ってる。
もっと強くて便利な男が見つかれば簡単に手のひらを返す。
それは織り込み済みだ。
しかし俺とツェツィは一蓮托生。
ツェツィが便利な護衛を見つけてくれれば、ついでに俺も護ってもらえる。
ツェツィがあのクソ女共と同じでも、俺には関係ないな。
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