第五話 王女姉妹の舌戦

「ワルターよ、貴様は勇者パーティ壊滅の危機を招くような愚行を犯したらしいな」


 後ろ手に縛られ、腰紐を括られて正座をさせられている俺に、第一王女は不機嫌さを隠す事なくそう吐き捨てた。

 彼女からは、初対面時の友好的な雰囲気など微塵も感じられない。

 それもそうだろう。

 俺が役立たずだと判明する以前、それどころか初対面時に、第一王女は俺を夫にすると公言していたのだ。

 謂わばそれは黒歴史、俺の存在そのものが第一王女の汚点と言えよう。

 さらに、『剣王』ゲリンによって盛りに盛られた適当な魔王討伐報告を聞き、俺を塵芥ちりあくたどころか、本気で罪人だと思っているに違いない。


 だったら好きにしろ、なんて思いつつも小心者で根が臆病な俺は、『死ぬのは嫌だな』と本能的に思ってしまう。

 しかし俺は、幸せを探し得るまで死なないと決めたのだ。


 だから俺は、『死罪は勘弁してください!』、本気でそう思った。


「大罪人ワルターよ、貴様に国外追放を命ずる」


 命は助かった、そう思った瞬間――


「追放先は、王都の南西ガルゲン方面とする」


 今日は魔王討伐を果たした勇者パーティを褒め称える式典だが、参列者は重鎮や一部の高位貴族のみ。

 華やかさより荘厳さを感じる式典ではあったが、俺にだけは裁判が行われ、いきなり判決が言い渡された。

 すると、列席者から様々な声が漏れ出る。

 そこには驚きや哀れみの声もあるが極僅かで、侮蔑ぶべつ嘲笑ちょうしょうの方が多い。

 近い場所からも、『ざまぁみろ』といった声が上がっているのだが――婚約者のリアだった……。


 クソ女も痴女王女もムカつくけど、追放されてこいつらに関わらなくなるんだ、むしろ良かったんじゃねーの?

 国外追放ってことは外国で生きていけるってことだろ?

 こんなクソみてーな国から出られるんだ、むしろ清々するわ!


 あっ!


 ふと思い出してしまった。

 実のところ魔王は討伐しておらず、数年間の一時的な封印がされているだけ、と伝えてない事実を。

 俺の甘さで、『リアを死なせたくない』などと思って鏡盾アイギスを使った事が原因なのだが……。


 まぁ、”勇者パーティ様”がいるし、教えてやる義理もねーな。


 すっかり心がやさぐれてしまった俺は、すぐにでも追放してくれ、という自分本意な気持ちになっているので、魔王のことなどもはやどうでもよくなっている。

 すると――


「お待ちくださいお姉さま!」


 それほどの声量ではないが、凛として良く通る若い女性の声が室内に響いた。

 声の主が視線を向けているのは、玉座の前に立つ国王代理。

 そして、国王代理である第一王女をお姉さまと呼ぶ人物は、この王国に一人しかない。


 王国第二王女、ツェツィーリア・アオフガーベ・レーアツァイトだ。


「ツェツィーリアよ、余は国王代理であるぞ」


「申し訳ございません、国王代理殿下」


 いつの間にか自称が『余』になっている第一王女。

 そんな彼女の前に進み出たのは、ストロベリーブロンドというのだろうか? 淡い金髪にうっすらとピンクが乗った感じの色をした髪を、幼い子がするようなツーサイドアップにした小柄な少女、第二王女のツェツィーリアだ。


 第二王女は幼い見目をしているが、俺と同じ十五歳。

 もっとも、俺も十五歳に見えないチンチクリンなので、傍から見ればどちらも年齢不相応のガキに思えるだろう。


 それはともかく、第二王女は『神託の姫巫女』らしく紅白の巫女装束姿を纏っており、その緋袴をちょこんと摘んで淑女のお手本のようなカーテシーをした。

 中・近世ヨーロッパ風な世界観に似合わぬ和風な服装に西洋の作法なため、絵面はちぐはぐなのだが、何故か違和感もなくしっくりくる。

 むしろ、王侯貴族の淑女はドレス姿が当然のこの世界で、娼婦の如き扇情的なドレス姿の第一王女の方が違和感満載だ。


「何故ワルター様が、国外追放されるのですか? 勇者色と呼ばれる虹色の紋章を持つワルダー様は、勇者として魔王討伐で活躍したではありませんか」


「戦闘能力もない荷物持ちが、魔王討伐で活躍した? 戯言ざれごとを」


 いつの間にか王女姉妹の舌戦がはじまった。


 そもそも第二王女は、どうして俺の肩を持つのだろうか?

 いや、王都での訓練期間中も、他の者が俺に失望して次々と背を向けていく中で、彼女だけは『お困りの事はございませんか?』などと気にかけてくれていたのを覚えている。


 もしかすると彼女は、神託で女神から何か言われていたのかもしれない。

 だがそれならそれで、神託の内容を他の者にも伝えるだろう。

 しかし伝わっているなら、第二王女以外にも俺を気にかける人がいてもおかしくなかったのだが、そんな人はいなかった。

 なので俺は、単に第二王女が気遣いのできる人なのだと思っていたのだが。


 いくら第二王女が気遣いの人だとしても、ここまで庇い立てるか?


 俺には第二王女の真意がわからなかった。

 それと同時に、余計な口を挟まないでほしいと思ってしまう。


「ワルターはすぐ壊れる玩具のような盾を持ち、勝手に魔王に肉薄し、あわや勇者パーティが全滅するような危機を招いたのだぞ。それのどこが勇者だと言うのだ」


「その盾こそが、勇者パーティをお護りくださり、魔王討伐最大の要因となったのです」


「何故そう言い切れる。そのような神託でも降されていたのか? であれば、何故その報告をしておらんのだ?」


 それには俺も興味がある。

 もしかして女神から告げ口のような神託が……。

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