第九話 実質奴隷としての再出発

「やっとか……」


 ポロッと本音が漏れた。


 現在、俺の収監からひと月と少々過ぎている。

 その間、魔王討伐を記念して、王都で”勇者パーティ”の祝賀パレードなどが行われ、連日のお祭りが繰り広げられていたようだ。

 それも少し前には落ち着いていたらしいが、俺たちは忘れられていたのか不明だがしばらく放置されており、ようやく追放が執行されるときがきた。


 俺たちが乗せられた馬車は、荷車に乗せられた鉄格子の全面に板が打ち付けられ、ぱっと見は出来の悪い簡素な箱馬車に見える特別な犯罪者移送馬車だ。

 特犯馬車に乗せられた俺と第二王女……ではなくなったツェツィーリアは、早朝に人知れず王都を出発させられた。


 特犯馬車には、明り取りか換気用かわからないが小さな鎧戸が付いている。

 その僅かな隙間から入る弱々しい光しかない馬車内で、俺は自分の左腕を眺めた。

 紋章を授かった左手甲の上部、つまり左手首に魔術的な仕掛けが施された、腕時計サイズの魔導具が二つはめられている。

 同様の物が、ツェツィーリアの手首にも。

 二つの内一つは、お互いを一定以上の距離から離れられなくする魔導具。

 もう一つは、お互いに危害が加えられなくなるという魔導具なのだとか。


 付かず離れず、お互いを害して逃げる事が不可能な魔導具。

 どう考えても俺を拘束するのが目的にしか思えない。


 ツェツィーリアは除籍されたとはいえ、腐っても王族だ。

 与えられためいを反故にするとは思われていないだろう。

 そもそも煽り耐性が低いのであろう元王女様は、煽り返すような啖呵を切り、自ら開拓をすると宣言したようなものだ。

 開拓を放り出して逃げる……などという事はないと思われる。

 であれば、俺もおとなしく開拓するより他なかった。


 あの痴女、犯罪奴隷に落とした訳でもない、とか言ってたくせに!


 第一王女は、俺を犯罪奴隷にした訳ではないと言っていたが、腕にはめられた魔導具は犯罪奴隷にはめる首輪の別バージョンらしく、実質奴隷にされたも同然だった。

 そのせいで俺は、”逃げる”という唯一の希望的手段も消されたのだ。


 だがこうなると、俺とツェツィーリアは一蓮托生だと言えよう。

 そして俺には、”満足できる本当の幸せを探す”という、掴んだ事はないが掴み取りたい目標がある。

 となれば、彼女と一緒に生き抜く道を模索しなければいけないのだ。


 でもどうやって……。


「ワルター様」


 幸せという曖昧なものを、どう探せばよいか分からない俺が途方にくれていると、ツェツィーリアは気遣ってくれたようで、彼女の方から話しかけてくれた。

 小柄で幼く見えても淑女の鑑のような元第二王女は、第一王女がいなければ、という条件下では本当に優しくて気遣いのできる良い人だ。


 彼女は勇者の俺がこんな扱いになってしまった事に、誠心誠意謝ってくれた。

 俺は俺で、なんだかんだツェツィーリアを巻き込んでしまったのは自分の方だと思っていたので、こちらからも誠意を込めて謝罪する。

 結果、お互いが何度も謝罪して、しばらくペコペコ頭を下げあった感じだ。


 その後、お互いの呼び方を決めた。

 ツェツィーリアは頑なに俺を呼び捨てにできないと言い張り、結局ワルター様呼びのままだ。

 一方、俺からのツェツィーリアに対する呼び方だが――


「王女や殿下、様を付けて呼ぶ必要はありません。そこで、家族が呼ぶ私の愛称であるリア・・、と呼んでくださいませ」


「リア……ですか?」


「はい。リアで……あれ? どうかなさいましたか?」


 ツェツィーリア・・だからリア、愛称の由来は分かる。

 しかし、リアと呼ばれる二人の女性――雨宮莉愛とアメリアに、俺の人生は散々振り回されてきたのだ、そんな名を口から出したくない。


 俺は一蓮托生のツェツィーリアとは、上司と部下の関係として割り切り、それなりの距離感でやっていこうと思っていた。

 女性と深く関わりあうのは本当に嫌だったが、そうせざるを得ない状況なのだから仕方ない。

 そう自分に言い聞かせ、気持ちに折り合いをつけ、自分を納得させたのだ。

 なのに……。


 リアって呼びたくねー!


「あっ、そうでした! 申し訳ございませんワルター様」


 悶々としている間に、ツェツィーリアが急に謝罪してきた。


「”槍姫アメリア”様を、ワルター様はたしか、”リア”とお呼びしておりましたよね。……私、無神経でした」


 俺とアメリアが恋人――婚約関係であることは公にしていた。

 それを思い出したのであろうツェツィーリアは、より深く頭を下げてしまう。


「頭をお上げください、ツェツィーリア様」


「やはりワルター様にツェツィーリア様と呼ばれるのは……。そうです! 私の事は是非、ツェツィとお呼びくださいませ。今はお会いになれないお母さまだけが、私をツェツィと呼んでくださったのです。今は誰もその呼び方をしてくれず……」


 そういえば、王妃に会った事はなかったな。

 でもこの言い方って事は、もしかして亡くなってる……とか?


 リアと呼ぶより、ツェツィと呼ぶ方が俺としては気が楽だ。

 しかし、故人となった母親だけが呼んでいた呼び名を、俺みたいなインチキ勇者が呼ぶのははばかられる。


「そのような大切な呼び名を、俺……私ごときが口にするのは不敬かと」


「いいえ、ワルター様にはそう呼んでいただきたいのです。それから、口調も普段どおりにしていただきたく存じます」


 そんなやり取りの結果、俺は彼女をツェツィと呼ぶことになり、敬語も使わない方向で決まった。

 しかし一方のツェツィだが、生まれや育ちが良いせいか、敬語でなければ話せないらしく、口調はそのままだ。

 王侯貴族の使う言葉より多少砕けた言葉を使えるようだが、それでも敬語なのに変わりない。

 ならば俺も敬語で話すと言えば、それはやめてほしいと言われ、挙げ句にもっと言葉を崩せるように努力する、そう決意の籠もった言葉で言われてしまった。

 なんだかとても申し訳ない。


 この元王女様、本質的には腰が低くて良い人なんだよな。

 でも沸点が低そうで、キレるととんでもない事を言い出す危険性があるけど。

 それに、俺の事はすごく尊重してくれてる……けど、過剰評価されてる部分もあるんだよな。

 もしかして、腹に一物抱えてるとか?


 ありえる。


 そもそもツェツィは女だし、きっとそのうち手のひらを返すはず。

 よし、極力信用しないで、疑ってかかろう!


 綺麗な見た目の女性でも、内面はドロドロに汚れきっている事を、俺は身をもって思い知らされた。

 そして見た目が綺麗……ではあるけれど、どちらかと言えばかわいらしく、人当たりの良いツェツィであっても、いつ本性を現すか分からない。

 だから俺は、簡単に女性を信じないよう自分に言い聞かせた。


 呼び方などが決まった事で、多少なりとも上司との絆が深まった、そう前向きに考える事にしたが、過度に親しくするつもりは現状ない。


 慣れない状況だが、俺は少しずつ自分の感情に折り合いをつけていくことにした。

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