第31話 閑話:令嬢たちのお茶会(焦)

「どうして、そんなことに……!」


「いやー、それは不味いですねー……」


 クラリッサの言葉に、クリスティーヌ、エカテリーナ共に顔を青くする。

 そもそも彼女らの集いというのは、実在人物(男)同士のカップリングを好む集いである。元よりその趣味というのは、他者に理解されにくいものだ。そして、それが高名な八大将軍に対して行われているとなれば、名誉毀損として訴えられてもおかしくない。

 自分のことをそのように妄想されていると聞いて、良い気分になるような男などまずいないのだから。


「ごめん……ほんと、ごめん……」


「一体、どうしてそうなりましたの? クララは、そのあたりの擬態は完璧だと思っていたのですけど……」


「わたしもそれは気になりますねー。わたしもー、クララの部屋に勝手に入るまで知りませんでしたしー」


「実は……」


 二人に対して、経緯を説明する。

 レイルノート侯爵家での教育は、厳しいものが多い。特に、宮廷における高官たちを纏める立場にある宮中侯を継ぐとなれば、それだけ覚えることも多いのだ。具体的に言うならば、この国の法を暗唱できるまで覚えなければならないのである。

 それに加えて、アントンの補佐という形で宮廷における仕事を覚えつつ、あらゆる人事を頭に入れておかねばならない。人の顔は一度会っただけで覚えろ、というレベルで求められているのである。

 それでも、継ぐまでに十年以上はかかる――そんな、気の遠くなりそうな日々なのだ。

 しかし、クラリッサは何一つ文句を言うことなく、アントンの厳しい要求に応え続けてきた。努力することしかできないクラリッサであるがゆえに、そこに努力を惜しむことはなかったのだ。

 その代わりに、疲れた頭と体――そこに求めたのは、唯一の癒し。

 毎夜のように、絵姿を抱きしめ妄想に浸る――そこを、見られてしまったのである。


「……」


「……」


 二人が、黙り込む。

 それだけのことを、クラリッサはしてしまったのだ。


 元々、今度行われる祭典ですら、箝口令が敷かれているほどだ。

 そこに参加している誰もが、決して情報が漏洩しないように気を配っているのだ。僅かにでも漏れたら、その瞬間に参加者全てが終わってしまうのだから。

 八大将軍に対する名誉毀損――それは、高位の貴族であっても罪を免れ得ないほどの重罪なのだから。


「あ、あのね……」


「え、ええ……」


「はいー……」


「私……もしも、お義兄様が許してくれないなら……自首、するから……」


「……」


「ちゃんと……二人には、迷惑にならないように、するから……」


 クラリッサにだって分かっている。そんな風に妄想するなど、された相手が気持ち悪いと思うだけだということなど。

 でも、止まらないのだ。

 でも、止まってくれないのだ。

 いつの間にか、やってしまっていた。いつの間にか、沼に落ちるように嵌ってしまった。


「……クララ、大丈夫ですわ。あなた一人にだけ、罪を背負わせるわけにはいきません」


「でも……」


「まー、わたしたちも同罪ですからねー。せめてー、クララを擁護はしますよー」


「二人とも……」


 思わず、二人の友情に涙が滲んでくる。

 嬉しく思うけれど、だけれど、二人を巻き込んでもいいものか――そんな葛藤が、ぐるぐると脳を回る。

 どうすればいい、どうすればいい――そんな風に、事態が理解の外へと向かっていきそうになるけれど。


「――っ!」


 クラリッサは、その一瞬目を見開いた。

 そして言葉の一つもなく、クリスティーヌ、エカテリーナと視線だけで会話し、テーブルの上に広げていた姿絵の数々を一斉に隠す。

 勿論、そこに広がっていた姿絵はアレやコレなちょっとヤバいものばかりである。

 急いで、しかし皺の一つもつけないように、一瞬で隠すことのできるそれは神業にすら近い。


「クラリッサ、すまんが入るぞ」


「はい、お義父様」


 がちゃり、とクラリッサの部屋――その扉が開く。

 今日は、本当ならば休みだったアントンである。用事があるとのことで午前から宮廷に向かい、夕刻くらいに戻ると言っていたのだ。

 クラリッサの鍛えられた聴覚はアントンの帰宅をしっかり聞き取り、気配を読み、その上でアントンの歩くルートを把握すると、クラリッサの部屋に向かってきているということが分かったのだ。ゆえに、一瞬の早業が生まれたのである。

 ちなみに、リクハルドは無駄に卓越した武人であるために、クラリッサを驚かせようとレイルノートの屋敷に入った瞬間から己の気配を消していたがために、近付いてくることに気付かなかったという事実があったりする。

 もしもリクハルドが普段通りであったのならば、クラリッサの趣味が暴露することはなかっただろう。


「おや、来客だったか」


「いえ、大丈夫です。お義父様」


「お邪魔しております」


「お邪魔してますー」


 扉から顔を出したアントンに、二人が余所行きの笑顔でそう答える。

 趣味の集いである三人だが、しかし側から見れば優雅なお茶会に見えるだろう。三人揃って擬態が上手いため、どれほど勘の鋭い人間であっても、彼女らの妄想にまで辿り着きはしないはずだ。


「いや、大したことではないのだ。クラリッサ、明日は暇か?」


「え……明日、ですか?」


「ああ。明日の昼に、少しばかり用があるのだが」


「はい、大丈夫です。特に用事はありません」


 アントンの言葉に、少し悩んでから答える。

 明日は特に何もなかったはずだ。アントンからも休みだと聞いていたし、ちょっと訓練をしてから部屋で絵でも描こうと思っていたくらいだ。

 だが、アントンの用事があるというならば、そちらを優先するのは当然である。


「ああ、良かった。実は、明日の昼に『綿人形亭』という店に向かってほしいのだ」


「『綿人形亭』……ですか?」


「儂も今日の昼に言われたばかりでな。ジェイムズ伯から使者が来てな……何でも、明日の昼に縁談の席を設けたらしい」


「縁談の、席……?」


「うむ。良縁を用意してくれたとのことだ。儂としても、良い縁談であるのならば、是非ともクラリッサに受けてほしいと思ってな」


「……」


 クラリッサは少しだけ、顔を伏せる。

 レイルノートの家に養子として入ったのは、全てリクハルドという憧れの人に近付くためだった。

 妹として愛してもらおうと思って、ただそれだけの理由で養子になったのだ。

 だけれど。


 リクハルドは。

 憧れのリクハルドは。

 愛するリクハルドは。

 クラリッサの隠れた趣味に対して――嫌悪感を見せて、去っていった。


 最早、愛してもらうことなどできるはずがない。


「……わかりました」


 ゆえに。

 せめて、こんな気持ち悪い自分は、リクハルドから離れよう――そう考えて、クラリッサは頷いた。

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