第18話 『白馬将』ルートヴィヒ
黒と白は仲が悪い。
それは、ガングレイヴ帝国の誇る八大騎士団に所属する者の共通認識である。
歴戦の精兵たちによる嗅覚により戦場を先駆ける黒烏騎士団、そして騎馬隊による迅速な派遣のできる白馬騎士団は、互いに遊撃に特化した騎士団である。白馬騎士団が派遣した先の戦場において、既に黒烏騎士団が殲滅していたという事例や、逆に黒烏騎士団が向かった先で既に白馬騎士団が敵陣を制圧していたという事例など、その対立は枚挙に暇がない。
ゆえに、お互いに口にこそ出さないが思っているのだ。鬱陶しいと。
「けっ。いつ来ても好意的な視線を感じねぇな」
「当たり前だ。好意的な視線が欲しいのなら、来る場所を間違えている」
「てめぇに用事なんだから仕方ねぇだろうがよ」
けっ、と吐き捨てるルートヴィヒ。
黒烏騎士団駐屯所の廊下を歩きながら、感じるのは憎い相手を見るような視線だ。白馬騎士団はそれだけ黒烏騎士団の邪魔をしており、そして出動時に『白馬に遅れを取るな!』と檄を入れるほどに対立しているのだから。
そして、ここにいるのはそんな白馬騎士団の長、『白馬将』ルートヴィヒ・アーネマン。
憎い目で見るな、という方がおかしな話である。
「それで、俺に何の用だ」
「まぁ、そう焦んなよ。ちぃっと、大きな声じゃ言えねぇ話だ。近くのサテンでも行こうぜ」
「俺にも仕事があるんだよ。手短にしてくれ」
「そんなもん、あのデカパイのねーちゃんにやらせりゃいいだろ」
うけけ、と薄汚い笑みを浮かべるルートヴィヒ。
女癖と勤務態度の悪いルートヴィヒは、ほとんど仕事をしないと評判だ。そのせいで、白馬騎士団の副官や補佐官はとにかく忙殺されていると聞く。最低限将軍が目を通さねばならない書類でさえ、本人が駐屯所に現れないせいで溜まりに溜まってゆく一方なのだとか。
そのせいで何度も降格されていると聞くが、それでも『白馬将』としてルートヴィヒが就任しているときの白馬騎士団と、別に『白馬将』が任命されているときの白馬騎士団は、その戦闘能力に天と地ほどの開きがあるのだ。リクハルドの知る限り、この十年で五回は将軍を罷免されているはずだというのに、即座に舞い戻るのである。
能力には優れているのに、そこに人間性は伴わなかった好例だろう。
「いやぁ、しかしあのねーちゃん、いい女だよなぁ。そーいや、名前聞いてなかったわ。名前なんてんだ?」
「リクハルド・レイルノートだ」
「てめぇの名前なんざ聞いちゃいねぇよ。誰が好き好んで男の名前なんざ聞くか」
「ああ、誰の名前とは言われなかったものだからな。まさか俺の名前を忘れるほどに年がいったかと心配してしまった」
「ブッ殺すぞ?」
「馬に乗ってないお前なんざ、相手にもならねぇな」
くくっ、くくっ、とお互いに含み笑う。
ルートヴィヒは興味深そうに、にやにやと笑みを浮かべながらその無精髭を撫でた。
相変わらず掴みどころのない男だ。好色であることは分かるけれど、その好色で何かを隠しているような雰囲気すら感じる。その視線が、本当はどこに向けられているのか――それを、どうにも判断しかねるのだ。
「ここでいいか?」
黒烏騎士団の駐屯所から出て、帝都西門から入ってすぐに喫茶店を指差す。
西門から最も近いそこは、時々リクハルドも利用する店だ。もう少し行ったところに大衆食堂があり、そちらより少しばかり値が張るのが問題ではあるけれど、近いしそれなりに美味いために時間がないときは利用している。
だが、そんなリクハルドの提案にルートヴィヒは首を振った。
「駄目だ。もう少し向こうの店だな」
「一応、この店にも個室はあるが」
「ここはおねーちゃんが働いてねぇんだよ。誰がおっさんの入れたコーヒーを飲みてぇんだ」
「……」
本当に、ただの好色でしかないのだろうか、と思ってしまう。
実際に、道をすれ違う少々露出の多い女性に対しては、いちいち鼻の下を伸ばしているし。もしもリクハルドと共に歩いていなければ、積極的に声をかけに行ったのではなかろうか。
そんなルートヴィヒの悪癖に溜息を吐きつつ、ようやく目当ての喫茶店へ辿り着いた。
「おう、ここだ」
「……」
「よぉ、やってっかぁ」
扉を開いて、まずルートヴィヒが入る。それにリクハルドも続いた。
すると、恐らく給仕であろう若い女性が、笑顔と共に迎えてくれるのが分かる。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」
「ああ。おねーちゃんも含めて三名でもいいぜ」
「あはは。お席はカウンターと個室とございますが、どちらにいたしますか?」
「個室で頼むわ」
「はい。こちらへどうぞ」
女性に促され、店の中へと入る。
小綺麗な内装は、普段リクハルドの行く店と違って、落ち着きのあるものだ。情緒溢れる、とでも言えばいいのだろうか。革張りの椅子など、割と高級な代物であると思われる。
そして、そんな奥の個室へと二人で対面に腰掛け。
「ご注文はお決まりですか?」
「ああ……ブレンドで」
「俺もだ。ミルクも頼むな。おねーちゃんの搾りたてミルクでもいいぜ」
「あはは……か、かしこまりました」
ぐへへ、と下品に笑うルートヴィヒは、完全にただの変態親父である。
こんな奴と一緒に来ていることを恥ずかしく思ってしまうが、大事な話があるのならば仕方ない。ひとまず、話だけ聞いてコーヒーだけ飲んでさっさと帰ろう、と決意した。
程なくして運ばれてきたコーヒーを、一口すする。
味はまずまずだ。だが、普段行っている喫茶店よりも酸味が少し強めか。
「あのねーちゃん、可愛いだろ? 落とそうと通ってんだけどよ、まだ心開いてくれねぇんだわ」
「……」
「なかなか気が強そうな目ぇしてやがるし、ああいう女を寝台でひーひー言わせてぇなぁ」
「……」
ルートヴィヒの下品な言葉に、何も言えない。
ただ、そんな声はきっと従業員の女にも聞こえているだろう。というか、もう四十も越えているというのに少しは落ち着きを持ってほしいものだ。
リクハルドは溜息を吐きつつ、ルートヴィヒを見る。
「それで、話ってのは何だ。ルートヴィヒ」
「ん? ああ、そうだったな」
「さっさと言ってくれ。俺も暇じゃない」
「あぁ……まぁ、ちぃっと言いにくいんだけどよ」
ぽりぽりと、ルートヴィヒがそう頬を掻いて。
それから、辿々しく、言った。
「……お前、見合いする気ねぇか?」
「は……?」
思わぬルートヴィヒのそんな言葉に。
リクハルドは、ただそう目を見開いて驚くことしかできなかった。
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