第19話 ルートヴィヒの事情

「二年……くれぇ前か? まぁ、兄貴のところに顔を出したわけだ。そんときに、姪っ子と話をしたんだよ」


「ほう」


 ぽつぽつと話し始めたルートヴィヒの言葉に、耳を傾ける。

 ルートヴィヒから、そんな話を聞くのは初めてだ。そもそもあまり関わりのない相手であるため、当然でもあるけれど。

 だが、何故そのような話をしてくるのか。


「まぁ、俺もろくに会ったことのねぇ姪っ子だったんだが、どうも話を聞いてるとよ……お前のファンだってんだ」


「俺の?」


「丁度、二年くれぇ前にお前の『黒烏将』就任式典があっただろうが」


「ああ、そういえば、そんなものもあったな」


 あの頃は、心から就任を喜んでいた。これから将軍として頑張っていこう、と覚悟を決めていた。

 今となっては、心から返上したい。


「それを姪っ子が見てたらしくてな。そん時以来、お前のファンなんだとよ」


「それは……ありがたいが」


「んでな、当時から俺『白馬将』なわけだ。いくら貴族ったって、そう簡単に八大将軍と会えるわけじゃねぇ。だから、姪っ子から是非一度『黒烏将』リクハルド様とお話をさせてください、ってお願いされてたわけだ」


「ふむ……」


 確かに、ただの貴族の要請ならば軽く断る自信がある。

 そもそも軍は圧倒的な実力主義であり、貴族も平民も関係がないのだ。そもそも現在の八大将軍の中でも、貴族家の出自であるのはリクハルド、バルトロメイ、そしてルートヴィヒくらいのものであり、残りは平民からの叩き上げである。ティファニーは母であるテレジアが元『銀狼将』という珍しい出自であるが、将軍位はあくまで名誉貴族であるため大した変わりはない。

 そんな中で、ちょっとした貴族がちょっと顔を出せと要請を出したところで、仕事が忙しいと言って断るだろう。夜会への出席ですら断っているのだし。


「まぁ、黒と白の仲が悪ぃってのは、軍の中では有名でも市井では知られてねぇからな。同じ八大将軍の俺から頼めば、無下には断られねぇだろ、って兄貴も言いやがるわけだ」


「……ふむ」


「んで、まぁそのうちな、と約束だけはした。その日以来戦争も激化しやがったし、最前線から動けなかったから顔を出せなかった。戦争が落ち着いてからも、女のところ転がり込んでたからな。ぶっちゃけ二年前から実家に顔出してねぇんだわ」


「相変わらずの生活だな……」


 リクハルドには理解できない生活ではあるけれど、そういう生き方をしているのがルートヴィヒという男だ。

 いつだったか、十数人の女と同時期に関係を持ち、そんな女たちが一斉に駐屯所へ雪崩れ込んできたせいで業務が一時停止し、その咎としての降格を受けたという話も聞いたことがある。実に馬鹿らしいと感じたものだ。


「まぁ、そういうわけだ。姪っ子にいずれ引き合わせてやる、って約束をな」


「ああ」


「今朝思い出した」


「どんだけ忘れてたんだ!?」


「大体、ろくに会ってもねぇ存在忘れかけの姪っ子とのいけすかねぇ『黒烏将』絡みの約束なんざ、覚えてるわけねーだろうが」


「おい、本音が漏れてるぞ!?」


 あまりにもフリーダムすぎるルートヴィヒの言い方に、最早呆れを通り越して溜息しか出てこない。

 だが、そんなルートヴィヒは楽しそうに笑みを浮かべる。


「まぁ、俺にしてみても可愛い姪っ子なんだよ」


「存在忘れてたんじゃねぇのかよ……」


「思い出した限りは、お前とせめて一度くれぇは会わせてやろうと思ってな。まぁ、見合いっつったけどそれほど気負うこたぁねぇ。ちょっとしたファンサービスとでも思ってくれ」


「ふむ……」


 なんだか色々と混乱しそうだが、それがイコールで結婚だとかそういう話ではなさそうだ。

 さすがに名前も顔も知らない相手と、結婚を前提とした会食になど向かいたくないというのが本音である。そもそも妹が好きすぎて心から狂っているリクハルドに、結婚願望など皆無なのだから。

 ちょっとしたファンサービスというのならば、乗ってやるのも吝かではない。


「まぁ、俺は構わん。お前の顔を立てて、会うだけ会ってやってもいい」


「お、マジか?」


「お前の姪に会うだけで、白馬に貸しが一つ作れるんなら安い」


 にやり、とリクハルドも笑みを浮かべる。

 黒烏と白馬は仲が悪いが、それはあくまで互いの戦闘範囲、領域が重なっているからだ。そして迅速すぎる行動をお互いに行うがゆえに伝達が行われず、気付けば先に制圧されている、などという未来が沸き起こるのである。

 白馬に貸しが一つあれば、そういう事態において「貸しがあるだろうが」と強く出ることができる。それが末端の白馬騎士団には何の関係もないことであれ、『白馬将』ルートヴィヒの承諾さえあればいいのだから。


「ちっ……まぁ、そうなるな」


「次回の騎士団戦では、便宜を図ってもらうかもしれん。そのときは頼むぞ」


「追加予算が下りねぇと、俺らも困るんだがよ」


「三割はくれてやる。それでどうだ?」


「……仕方ねぇ」


 互いに腹黒い笑みを浮かべながら、そのように取引が成立する。

 毎年、定例のように行われている『騎士団戦』は、帝都の闘技場において騎士団が二つ、皇帝の目の前で模擬戦を行うものだ。そして、その模擬戦に勝利した騎士団に対しては追加の予算が支給されるのである。

 時々変わることもあるけれど、そんな騎士団戦において黒烏と白馬はよく戦うのだ。両方とも遊撃に特化した騎士団ということで、互いに切磋琢磨するという名目で。


 そして。

 今回のルートヴィヒの要請を受けることで、八百長が決まったということだ。

 黒烏騎士団は白馬騎士団に騎士団戦で勝利し、追加の予算を貰う。そして、そのうち三割は秘匿に白馬騎士団の方へと回してやる。その代わりに貸しはチャラ、ということだ。

 何気に腹黒いリクハルドである。


「んじゃま、うちの姪っ子との件は頼むわ。また今度、日程とかは連絡する」


「ああ。そういえば……」


 先程から、そういえば姪っ子、姪っ子、としか聞いていない。

 恐らくルートヴィヒの兄の娘であるわけだから、若いはずだ。だが、個人情報がどこにもないのだ。


「お前の姪っ子、名前は何というんだ?」


 ファンサービスといえ、名前を知っている知らないで大きく違う。

 サインを与えるにしても、そこに自分の名前が入っているだけでその喜びは大きく違うのだ。そして、最初から名前でちゃんと呼んでやることで、向こうの喜びもまた増すだろう。

 だが、ルートヴィヒはそんなリクハルドの問いに。


「……忘れたな」


「おい!?」


「昨夜寝た女の名前も忘れる俺が、興味もねぇ姪っ子の名前なんざ覚えるわけねぇだろ」


 うひひ、と笑うルートヴィヒに。

 ただ、リクハルドは溜息を吐くだけで返した。

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