第36話 種明かしと一つの結末
ヘレナがリクハルドに、事の次第を説明する。
「そもそも、クラリッサがレイルノート家の養子になった理由が、兄上に嫁がせるためでしたからね」
「そうだったのか!?」
「後宮にいた頃から、兄上のことを慕っていましたから。私としても、兄上に身を固めてもらう方が良いと思っておりましたので」
なんということでしょう。
全てはヘレナに仕組まれていたことだったらしい。昔から馬鹿で脳筋で可愛かったはずのヘレナだというのに、これほど見事な策謀を仕掛けてくるとは思わなかった。
クラリッサがリクハルドの義妹になることから、全てにおいて仕組まれていたのか。
「い、いや、でもな、ヘレナ……」
「はい?」
「俺が、もしもクララに愛を抱かなければどうするつもりだったんだ。血は繋がっていないといえ、義妹だ。そんな相手と結ばれるなんて……」
「妹であれば、兄上が嫌うわけがありませんよ。妹喫茶に足繁く通っているという話は聞いたことがありますし」
「……」
ばれてた。
まぁ、別段秘密にしていたわけでもないけれど。実際クラリッサを連れて一緒に向かう程度には全くその認識がなかったが、本来妹喫茶に通っているなどと妹に知られては白い目で見られるだけだ。
ヘレナはさらに続ける。
「ちなみに、今日の縁談については父上は全て知っていますよ。相手については絶対に言わないように伝えましたので、クラリッサは驚いたかもしれませんけど」
「お、驚きました、ヘレナ様……」
「ルートヴィヒ将軍にも、ちゃんと名前は伏せておくように言いましたからね。そのおかげで、兄上にもばれなかったみたいです」
「……」
名前は普通に言われた気がする。クラリッサ、と。
何故そこに考えが結びつかなかったのか謎だが、よくよく考えれば食事の席を一緒にする相手の名前がクラリッサであり、そこにいたのがクラリッサならばどう考えても同一人物だ。
人間は二種類にカテゴライズできる。妹とそれ以外だ。という考えのリクハルドでなければ、その時点で感づいていたのかもしれない。
「まぁ、そんな色々ありまして兄上とクラリッサの縁談の席が設けられたわけです」
「……ええと」
「兄上、ばっちり決めてくれましたか?」
「すまん、まだ俺の理解が追いついていない」
「おや」
あまりにも意味不明な言葉の羅列に、思わずそうリクハルドは項垂れる。
ええと。
まずは一度、頭を整理しよう。
「……親父、クララに来た縁談の相手ってのは」
「お前だ。ちゃんと言っただろう。軍の高官だと」
「……ヘレナ、俺に会いたいって言っていたルートヴィヒの姪っ子ってのは」
「クラリッサですよ。昔から兄上のファンだそうです」
「……」
何がどうここまですれ違ったのだろうか。
なんだか化かされたような気持ちになってくる。白昼夢でも見ているのではなかろうか。
「ええと……つまり、俺に会いたいっていうルートヴィヒの姪っ子はクララで、クララの縁談相手だっていう軍の高官は俺で、ヘレナは俺の可愛い妹で親父はハゲってことでいいんだな」
「そうですね」
「さりげなく儂を馬鹿にするな」
アントンが主張してくるが、無視である。
だが、これで大体繋がってきた。そもそも、ルートヴィヒが姪っ子とリクハルドを会わせたいなどと言い出す時点でおかしな話だったのだ。白馬騎士団と黒烏騎士団は反目しており、決してルートヴィヒとも仲良くなどないのだから。何か裏があるのではないかと最初から疑うべきだったのだろう。
そんなルートヴィヒの奇妙な行動――それが、皇后の命令だとなれば、納得だ。
「ちなみに、大元の骨子を作ったのは父上ですよ。後継者がいないことを本気で悩んでいましたからね」
「本来、レイルノート侯爵家の当主が宮中侯となるのが当然だ。だが、全く勉強をしようともしない長男のせいで、儂も苦労しているのだ。ならば、せめてお前の妻が宮中侯であればまだ先祖に顔向けができる」
「……」
本来ならばリクハルドが継がなければならない宮中侯。
そこに皇帝からの要請があったとはいえ、全くの他人を養子にして教育し、後継とするというのも奇妙な話だったのだ。レイルノート侯爵家はそれなりに古い家であり、代々の当主は常に宮中侯をしているのだから。長子でありながら宮中侯を全く継ごうとしないリクハルドが異常なのである。
だが、そう考えれば納得だ。
最初からクラリッサをリクハルドの妻にすると考えて、養子にした。そうすれば、少なくとも次期当主となるリクハルドの妻が宮中侯を継ぐという形になる。
全部が全部――仕組まれていたことだったなんて
「さて、そういう形で種明かしをしてみましたが」
「……」
「兄上、どう思われますか」
「ああ……」
正直に言うならば、納得しかねる部分はある。
だが、少なからずそれを喜んでくれる自分がいるのも分かるのだ。
クラリッサの縁談相手を、殺してやろうと思っていた。可愛い妹を嫁にやるくらいならば、その命を絶ってみせると。
「兄上」
「……」
「父上が仕組んだことだとお分かりいただけたと思います。その上で、質問をします」
「ああ……」
「クラリッサのことを愛していますか?」
可愛い可愛い義理の妹、クラリッサ。
だが全ては、妹狂いのリクハルドに対して好感情を持たせるためだけに、妹になったのだ。元からリクハルドの妻として迎えることを前提として。
そして、リクハルドにとってクラリッサは、最早代え難いほどの可愛い妹になってしまった。
愛しているか――そんなもの、答えは決まっている。
「ああ……愛している」
「ならば、結論は一つですね。兄上、ちゃんと兄上の方から言ってください」
震えているクラリッサを、見る。
全て仕組まれていたことなのかもしれない。だが、そんなものどうでもいい。
この妹狂いに、最愛の妹がいて、そんな妹と一生を一緒にいられるのだ。
ならば、言うべきことは一つ。
「……クララ」
「は、は、はい……」
潤んだ眼差しで、頰を朱に染めながら、クラリッサがリクハルドを見返す。
そんな姿も可愛らしく、あれ、俺の妹世界で一番可愛くね、などと思考が斜めに向かってゆくが、どうにか矯正する。
せめて――この一言くらいは、びしっと決めなければ。
「ずっと俺の妹でいてくれ!」
「はいっ!」
「何だそりゃ」
リクハルドの決めた一言に、強く頷いたクラリッサに。
アントンが、小さく苦笑いをした。
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