第14話 絶望のリクハルド

「おい、リクハルド。お前何をした」


「……」


 結局。

 デートという形で二人で出かけていたにも関わらず、リクハルドはクラリッサに追いつくことができず後から屋敷へと戻ってきた。異常に走るのが早いのは、毎日のように全身鎧フルプレートに身を包んでいるからだろうか。

 まさか追いつけないとは思わなかった。リクハルドとて、走るのには割と自信があったのに。


「クラリッサが先程、泣きながら帰ってきたが……貴様、もしや手を……!」


「……違ぇ」


「ならば何故泣かせたのだ!」


「……」


 アントンの糾弾に、黙り込むことしかできない。

 悪いのはリクハルドなのだ。クラリッサを妹として可愛がりながら、それでいて他の妹に目を向けたリクハルドに対して、クラリッサが嫉妬をしていたのだろう。

 そして、妹喫茶『ときめき☆シスターズ』の妹たちに対してデレデレしていたリクハルドのことを、見損なったのだと思う。

 だが、かといって何をどうすればクラリッサが許してくれるのだろう。


「お前ならば妹を楽しませるために、全力を尽くすと考えていたのだぞ! それが何故、このように泣かせるような真似をした!」


「……俺、は」


「言え! 何をした!」


「……喫茶店に、連れていった」


「は?」


「きら、われた……」


 リクハルドが、両手と膝をつく。

 心から、後悔をしている。いくら行きつけで慣れていたからといって、初めてのデートで誘うべき場所ではないのだ。以前にステイシーを連れていったときには、「……個性的なお店ですね」と苦笑いしていたのだが、それはステイシーがリクハルドに対して特に感情を抱いていなかったからであろう。

 少なからずリクハルドのことを慕ってくれているクラリッサに、幻滅されるような真似をしてしまったのだ。

 生まれたそのときから溺愛しすぎて、冷たくあしらわれるのが愛の証だと考えられる肉親の妹たちと異なり、クラリッサはちゃんとした妹として接してくれていたのだ。それを、己から消してしまうなど――。


「死にたい……」


「り、リクハルド!? お、お前、一体……?」


 ゆらり、と立ち上がる。

 リクハルドと血の繋がった三人の妹は、既に誰かの妻になっている。これで、四人目の妹として受け入れたクラリッサにまで嫌われてしまったら、最早生きている意味がない。

 ふらふらと、覚束ない足取りでレイルノートの屋敷に背を向ける。

 どこか、死ねる場所に――そう、破滅的な考えで歩を進めると。


「あん? リック?」


 唐突に、そんな聞き覚えのある声がした。

 そこにいたのは、普段の軍服と異なり随分とラフな格好をした、同じ八大将軍の一人だった。


 帝国最強の騎士団の一つとされる赤虎騎士団の『赤虎将』ヴィクトル・クリーク。まだ三十代になったばかりだが、その持てる戦闘能力は大陸でも五指に入るとされる男である。

 そして叩き上げの軍人にはよくあることだが、割と男前であるというのに女っ気は何一つない。絵姿などのファンは多いらしいが、それが恋愛にまで発展することがないのだ。


「あー、そうか。お前ん家か、ここ」


「……ヴィク、トル」


「俺も情けねぇな。まだ吹っ切れねぇってか……こないだ、バルトが言ってた話、受けてもいいかな」


「……」


「あん? お前、何死にそうな顔してんだよ。何か病気か?」


「……」


 ふらふらと、相変わらず覚束ない足取りで、リクハルドはヴィクトルの襟を掴む。

 今にも真っ白になりそうなほどの、生気のない瞳で、ヴィクトルをじっと見て。


「きら、われた……」


「は……?」


「妹に、嫌われた……」


「そうか。よし、分かった。飲みに行こう」


 ぽんぽん、とヴィクトルがリクハルドの背を叩く。

 ちなみに、ヴィクトルとリクハルドはそれぞれ八大将軍の一人であり、それなりに国民に顔が知られている。そして同時に共に男前であるために、絵姿の売れ行きが非常に良いという共通点があるのだ。だというのに、一人は過去の恋愛を引きずるダメ男であり、一人は妹にしか愛を抱けない残念な男である。そのため、この二人は残念なイケメン将軍という謎の称号が与えられているのだ。

 そして、そんな二人であるために割と仲が良く、時折こうやって酒を交わすこともあるのだ。特にリクハルドとヴィクトルの年齢が、それほど変わらないというのが理由の一つでもあるのだが。


「……俺は、俺は、生きていても仕方ないんだ」


「んなことねぇよ。『黒烏将』が下手なこと言うんじゃねぇ。お前の背中についてくる連中がいるんだからな」


「妹が、妹が俺の全てなんだぁ……!」


「ああ、とりあえず愚痴は聞いてやる。行くぞ。ああ、お前年中金欠だったな。やっすいとこでいいか」


 ヴィクトルが、リクハルドの肩に腕をかける。そして、そのまま引きずるように二人で歩く。

 端から見れば酔っ払ったリクハルドを介抱しているかのように思われるかもしれないが、残念ながら現状、酒は一口も飲んでいない。

 けらけらと、ヴィクトルが明るく笑いながら。


「つーかよ、ちょっと聞いてくれよ。あの『青熊将』バルトロメイがな、俺に女を紹介してやるって言ってんだよ」


「……」


「意味が分かんねぇよ。あのバルトだぞ? あんなおっかねぇ顔の奴が、紹介してくれる女ってどんな奴だよ。びびるわー」


「……」


「しかもクソ強ぇらしいしよ。一体どんな女なんだよ。ゴリラか。ゴリラなのか」


「……」


 落ち込んだリクハルドを連れて、そのまま屋敷から離れるヴィクトル。

 ちなみに余談ではあるが、八大将軍の中でも比較的若く男前の二人にはそれなりのファンがいて、特に二人揃って描かれている絵姿は非常に令嬢たちに需要が高い。その中でも、特に特殊な趣味を持つ令嬢の中には、二人が半裸で絡み合っている絵姿すらも出回っているというのが現実であったりする。

 もっとも公式で出回っているものではなく、あくまで水面下で取引されているものばかりである。そのため、ヴィクトルもリクハルドもそんな絵姿が売られていることも、そのような趣味の対象になっていることも全く知らない。


 ゆえに。


「はぁ……おふたりが、尊い……はぅ……」


 そう。

 熱っぽい視線がレイルノート侯爵家の屋敷から送られてきたことに、ヴィクトルもリクハルドも気付かなかった。

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