第28話 縁談

「どういうことだ! おい!? どういうことなんだよ!?」


「う、ぐ……! り、リクハルド……!」


「クララに縁談だと!? ふざけんな! どこのどいつだ! 俺がぶっ殺す! クララを嫁になんぞ出すかぁーっ!」


「て、手を……!」


「俺の持てる全ての権力を使ってやる! そいつを社会的に殺す! いざとなればこの手を汚して命を奪ってくれてやらぁ!」


「離……!」


 アントンの首を絞めながら、リクハルドは叫ぶ。

 良い縁談の話が来たのだ――アントンは嬉しそうにそう言ったけれど、そんな言葉に笑えるリクハルドではない。むしろ、妹の結婚とあれば全力で妨害するのがリクハルドという男である。

 実際に実の妹であるアルベラ、リリスの二人の結婚の際には、全力で邪魔したのだ。残念ながら、持てる武器の状態次第ではリクハルドよりも強い妹たちに、逆に撃退されてしまったのだけれど。

 クラリッサは、リクハルドに唯一残った妹だ。

 そんな最愛の妹を、どこの馬の骨とも知らない男に嫁がせるわけにはいかない。縁談の話など、全力で妨害してみせる。


「てめぇまさか承諾したんじゃねぇだろうな!? クララは絶対に嫁になんぞ出さねぇからな! そいつ連れてこい! 俺がぶっ殺す!」


「手を離せと言っておろうが!」


 首を絞めるリクハルドから、無理やりにアントンが脱出する。

 それなりに強い力で絞めていたのだけれど、なんとか脱出できたらしい。アントン自体に戦闘力は欠片もないが、それでも最強無敵にして天下無双と謳われた母の夫ではあるということだろう。

 ぜぇ、ぜぇ、と息を切らしてはいるけれど。


「おい、詳しく話せ」


「儂は仕事中なのだが……」


「どうでもいい! さっさと話せ!」


「ああ、もう……まぁ、少々ならば問題あるまい。儂の執務室に来い」


 アントンがまず、首を絞められたために散乱してしまった書類を拾い、それから背を向けて顎だけでついてこい、と示した。

 リクハルドは黙ってその後をついてゆく。既にクラリッサの縁談などというとんでもない事態が目の前にあるため、何の理由でここに来たのか忘れてしまったほどである。

 まぁ、どんな用件でもどうでもいい。クラリッサの縁談以上に、リクハルドに優先することはないのだから。


「ふぅ……」


 歩くアントンの背を追いながら、ようやく一つの執務室で止まる。

 割と豪奢な扉の、それなりに立派な執務室だ。どうやら、ここがアントンの執務室であるらしい。札を見ると、『宰相執務室』と書かれてある。

 アントンが中のソファにまず座り、それから手で逆側のソファを勧めた。

 黙ったまま、リクハルドはアントンの指示に従って前に座る。

 怒りを、その目に讃えながら。


「まぁ、まずは説明しよう」


「ああ」


「昨夜、ジェイムズ伯爵……ああ、クラリッサの実父だ。彼が、自ら我が家へやってきたのだ」


「ああ」


 顔も知らないジェイムズとやらを、まず殺すリストに入れておく。

 そのような百害あって一利ない縁談とやらは、持ってきた者ですら万死に値するのだから。


「ジェイムズ殿の縁故に、軍でもかなり高い身分にいる者がいるらしい。その方に話をしたところ、どうやら八大将軍に伝手があるらしくてな……将軍に独身の者がいるらしく、その方との縁談を紹介してくれたのだ」


「……俺の知る限り、候補は三人だな」


 八大将軍には、独身の男が四人いる。

 勿論『黒烏将』リクハルドを含んでのものだ。そして、残りは『赤虎将』ヴィクトル、『白馬将』ルートヴィヒ、『碧鰐将』アルフレッドの三人だ。リクハルドを除外すれば、この三人で間違いあるまい。

 ちなみに『金犀将』ヴァンドレイ、『青熊将』バルトロメイは既婚であり、『銀狼将』ティファニーは女性である。


「まぁ、八大将軍が相手であれば、今後金銭面で困ることはあるまい。元よりクラリッサは宮中侯を継ぐ予定だ。夫が軍を、妻が宮廷を、という形になれば両方に力を持つことができる。儂としては、良い縁談だと思ったのだ」


「……相手は誰だ」


「儂もまだ詳しく聞いてはおらんのだ。ただ、八大将軍の一人だとは聞いたが……」


「……ふむ」


 誰なのか、考える。

 最も怪しいと思われる、リクハルドとほとんど交流がない『碧鰐将』アルフレッド・ガンドルフについては全く情報がない。確か年齢は三十六か七あたりだったと思うが、地味な顔をしているためによく副官と間違われるらしい。『道で会っても気付かない八大将軍』と評判の男だ。

 詳しく知らないために情報がなく、現時点では可能性として否定できない。


 そこでふと、いつだったか言っていたことを思い出した。

 それは、リクハルドがクラリッサに嫌われたと心から嘆いていたあの日、ヴィクトルが呟いていた言葉――。


――なんかよ、あの『青熊将』バルトロメイが俺に女を紹介してくれるらしいんだよ。


 つまり、こういう可能性を考えることができる。

 ジェイムズとやらの縁故である誰かが、バルトロメイの知り合いだったという可能性だ。確かバルトロメイの妻は後宮にいたらしく、その際にクラリッサと交流があったのだろう。そして、そんなバルトロメイの妻からバルトロメイを通じて、ヴィクトルにそのような話が出たのかもしれない。

 そして、ヴィクトルは言っていた。あの話、受けてもいいかな、と。


「ヴィクトル……!」


「まぁ、お前が妹好きということは知っている。だがな、良い兄であろうとするならば、妹の幸せを考えるというのもまた兄としての努めだ。あまりそのように、妹の縁談に口を……」


「百回殺す!」


「頼むから儂の話を聞いてくれんか!?」


 そんな風に叫ぶアントンを全力で無視して。

 リクハルドは立ち上がり、そのまま宮廷から赤虎騎士団の駐屯所へ向けて全力で走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る