第10話 ロクシーの鍛冶屋

「じゃあ……そうだな。最初は、買い物でもするか」


「お買い物、ですか?」


「ああ。クララは可愛いのに、髪飾りの一つもつけていないんだからな。今日は特別だ。お兄ちゃんが買ってやろう!」


「そんな! 申し訳がないです!」


 勿論アントンの金である。

 当然ながら、リクハルドは次の給金が出た暁には、クラリッサにかなり高いものを贈るつもりではある。先日に三姉妹全員に特注の品を贈ったために、金欠なのだ。今日に限っては仕方ない。

 だが、そんなリクハルドの懐事情を知らないクラリッサは、リクハルドの突然の提案に戸惑いを見せた。


「か、髪飾りなんて、私がつけても……」


「似合うと思うけどな」


「わ、私、いつも全身鎧フルプレートですから……」


「……」


 そういえば、そうだ。

 確かに、妙な装飾品をつけていたら、全面兜フルフェイスを被るのにも邪魔になるはずだ。ネックレスやイヤリングなどをつけていても、結局のところ鎧を着れば何も見えなくなる。

 だが、問題はない。

 クラリッサの喜びそうなデートのパターンを九十六通り考えているリクハルドにしてみれば、このクラリッサの返しは二十八パターン目の想定内である。


「確かに、クララは下手に着飾るよりも、実用品の方が好きそうだな」


「そ、そうですね」


「なら、俺や他の将軍が行きつけにしている鍛冶屋がいるんだが、一緒に行くか?」


「しょ、将軍が行きつけの鍛冶屋……ですか?」


 ぴくっ、と肩を震わせたのをリクハルドは見逃さない。

 貴族家の令嬢としてどのような教育を受けてきたのか謎だが、クラリッサは武闘派である。

 何せ、初対面の際に先日の戦争における、北のエスティ公国との諍いやリクハルドの活躍について知っていたのだ。つまり、戦うことに興味があると考えていい。

 そんな状態で、ガングレイヴ帝国の武の頂点と言われている八大将軍が一人、『黒烏将』たるリクハルドや他の将軍が行きつけにしている鍛冶屋があると聞けば、それだけでも食いつくだろうと思っていた。


「ああ。少しばかり入り組んだところにはあるが、腕がいいからな。俺も鎧や剣に関しては世話になってる。まぁ、あいつは弓は専門外だっつって見てくれないんだけどな。特に鎧に関しては腕がいい」


「鎧……!」


「行ってみるか?」


「はい!」


 ぐっ、と拳を握り締める。

 一般的な令嬢ならば、小物や雑貨、装飾品などを見たいのが当然だ。だが、クラリッサを一般的な令嬢にカテゴリしてはいけないとパターンをしっかり考えていたのだ。

 商店街からは少し逸れることになるけれど、そこまで行けばいい時間になってくれるだろう。そのときこそ昼食だ。


「じゃ、こっちだな」


「は、はい」


 クラリッサの手を引き、リクハルドは商店街から一つ外れた道へと入る。

 スラムというわけではないが、あまり治安の良くない道ではあるのだ。商店街が食材や雑貨などを売っているのと異なり、こちらは裏通りと呼ばれる道なのである。

 この道にある店が主に扱っているもの――それは、武器や防具の類である。

 そして、武器や防具を求めるのは当然ながら戦場に身を置く者であり、基本的に厳つい男ばかりなのだ。ゆえに、ちょっとした衝突や喧嘩が日常茶飯事なのである。

 もっとも、今日そんな真似をされたら、リクハルドが将軍として強制執行してやるつもりだが。


 とはいえ、普段からそれほど人がいるわけでもない裏通りは、今日も閑散としており、人影もまばらである。

 特に問題が起こりそうな気配もないか――そう安心しながら、ようやく目的の場所に到着した。


「ここだ」


「ええと……『ロクシーの鍛冶屋』……?」


「ああ。まぁ、面倒な奴だが腕はいい」


 クラリッサと共に、看板が出ているだけの簡素な店構えの、その扉を開く。

 中には夥しい数の剣や盾、鎧が雑多に並んだ中に、頬杖をついて欠伸をしている黒髪の女が一人。


「いらっしゃい……ああ、アンタかい」


「相変わらず態度が悪いな、ロクシー」


「別に。あたしは誰に対してもこんなさ」


 ふぁぁ、と欠伸をしているロクシーは、いつもこんな態度だ。

 たまに来る客に対しても、愛想を振りまくことが全くない。商売をする気がないとしか思えないほどだ。

 だがそれでも、リクハルドが行きつけにしている程度には腕のいい鍛冶屋なのである。


「んで、何だい。あんたも嫁もらったのかい?」


「いや、妹だ」


「ああ、なんだ。違うのかい。熊のおっさんが随分若い嫁もらってたから、あんたもかと思ったよ」


「あー、あいつな」


 リクハルドは苦笑する。

 熊のおっさん――ロクシーの言うそれは、同じ八大将軍が一人『青熊将』バルトロメイ・ベルガルザードのことだ。

 同じ将軍ではあるけれど、駐屯所が全く逆方向にあるために、あまり関わったことがない。だが一応、リクハルドも同じ八大将軍の一人として彼の結婚式に参加していたのだ。ちらっとしか見ていないけれど、確かに随分若い妻だと思ったものである。


「まぁ、今日は冷やかしだ」


「帰んな」


「今日は、って言ってんだろ。そのうち上客になるかもしれねぇんだから、もうちょい愛想良くしろよな」


「けっ……一体何だい?」


「クララ」


「は、はい!?」


 リクハルドとロクシーがそうやって話している間、どうやら周りの剣などを見ていたらしいクラリッサが驚きの声を上げる。

 やはり、これだけの武器や防具が集まっているのは物珍しいのだろう。どことなく目がキラキラしていた。


「ちょっと、色々試着してみないか?」


「え……あ、はい」


「ロクシー、クララに合いそうな鎧を用意してくれ」


「……あんた、妹に何させるつもりなんだよ」


「まぁいいから」


 はぁ、と溜息を吐きながらロクシーが立ち上がり、クラリッサの前に立つ。

 女性にしては長身のロクシーの上から目線に晒され、クラリッサが戸惑うのが分かる。だが、ロクシーは暫くクラリッサを見てから、幾つかの鎧を用意してきた。

 勿論ながら、革鎧である。全身鎧フルプレートなんて発想が出てくるはずがない。


「着てみな。服の上からで大丈夫だ」


「え……あ、はい」


 よっ、とクラリッサが革鎧に体を通す。

 胸当てと腹まわりだけの、簡素な鎧だ。だが、それでもクラリッサが驚きの声を上げる。

 当然だ。

 その大きさが――ぴったりなのだから。


「え……?」


「腕と脚はこいつな。腕はともかく、脚は試着室使え」


「は、はい!」


 クラリッサが戸惑いながら、しかし鎧を装着してゆく。そして、そのたびに全く狂いのないサイズに驚きの表情を見せていた。

 そんな風に、身体中に鎧を装着し。

 にやっ、とリクハルドは笑う。


「ぴったりだな。うん」


「ど、どうして、こんなにぴったり……」


「ロクシーは、大体見ればサイズが分かるらしい。俺も今まで、色んなところで鎧を作ったけどな……ロクシーの鎧が、一番体に馴染むんだ」


「す、すごい……!」


 ぱぁぁ、と感動に震えているクラリッサが、ぺたぺたと革鎧を触っている。

 そして、リクハルドの仕事はここからだ。

 ここに連れてきたこと――それは、リクハルドの計画通りなのだから。


「ロクシー」


「ああ」


「鋼で同じものを、全面兜フルフェイスも一緒にだ。来月には支払う」


「……重いよ? あの娘で大丈夫かい?」


「大丈夫だ」


 全身鎧フルプレートを装着するにあたって、最も必要なのは着心地である。

 良い鎧であればあるほど邪魔にならず、スムーズに動かすことができるのだ。オーダメイドになる分高いけれど、それでも自分の体に合った鎧というのは貴重なのである。

 リクハルドがクラリッサをここに連れてきた、最大の理由――それは、ロクシーにクラリッサの体格を確認してもらうためだったのだ。


「俺の妹だからな」


「何の根拠なのさ」


 そう。

 自分が常に着ている鎧に、『リクハルド』という名前をつけているクラリッサ。

 ならば。

 リクハルドが、新しい『リクハルド』を贈ろう――。

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