第21話 ステイシーの真意

 突然のそんなステイシーの言葉に、何も言えなくなる。

 いきなりすぎて心が追いつかないというのが事実である。突然そのように言われたところで、あっさり受け入れろという方がおかしな話なのだ。


「……」


「……」


 周囲はがやがやと騒がしいというのに、リクハルドとステイシーの間にだけ、そんなえもしれない沈黙が走る。

 どう答えればいいのだろう。そのあたりが全く分からず、ただリクハルドは視線を泳がせるだけである。


「え、ええと……」


「はい、将軍」


 整理してみよう。

 まず、リクハルドに結婚は無理だと、そういう話だったはずなのだ。その理由は明白で、リクハルドのように病的なまでに妹を愛するような男に、結婚相手など現れるはずがない。結婚したところで、妻よりも妹を愛し続けるからに決まっているのだ。

 だからこそ、そんな物好きなどいるはずがないと、そう言ったのだ。

 それに対して、ステイシーが答えたのは。


――ここに、そんな物好きがいたりしてるんですよね。


 これは、どう受け止めればいいのだろう。


「あ、あの、な……」


「はい、将軍」


「ど、どういう、ことだ……?」


「おや。それを女の口から言わせるのですか? 将軍は割と酷なことを仰る方だったのですね」


 ……。

 リクハルドは決して鋭い人間というわけではない。かといって、病的に鈍感だというわけではないのだ。少なくともステイシーの言葉が、少なからず自分に対して好意を抱いてのものであると理解できる程度には。

 もっとも、だからといってすぐに答えが出てくるわけではない。

 今まで、ステイシーのことはただの仕事上の付き合いしかない副官だと考えていたのだ。突然そんなことを言われても困る、というのが本音である。


「さて、どう言いましょう。迂遠な言い方では伝わらないということは分かりましたし、かといって直接的に申し上げるのもこんな衆人の前ですからね。いえ、まぁ端的に伝えた方が逆に恥ずかしくないという可能性も考えられますが」


「お、おい……?」


「まぁ、そうですね。いい感じに酒も回ってきましたし、それなりに口はよく滑りそうです。あ、決していやらしい意味ではありませんよ。まぁ、将来的にはそういう関係になる場合、そういうプレイにもちゃんと理解はある方ですのでご安心ください。理解があるだけで腕があるわけではありませんけど」


「何を言ってんだお前!?」


「冗談ですよ、将軍」


「お前、無表情だから冗談と本音の区別がつかねぇんだよ……」


 頭を抱えたくなってくる。

 割と本気で悩んでいたのだけれど、ステイシーはどことなく冗談っぽい。もしかすると、酒の席での冗談だったのだろうか。

 そのあたりも、ステイシーはやはり表情が揺らがないために読みにくい。


「まぁ、一応本気で言ったつもりですけど、伝わってますかね?」


「……まぁ、な」


「それは良かった。これでどこにいるんだ? とか惚けられたら困りましたからね」


「……」


 一応本気らしい。

 どうすればいい。どうすればいい――そう心ばかり逸るけれど、何をどうしていいやら全く分からない。

 しかし、そう焦るリクハルドに対して、ステイシーは薄く微笑む。


「大丈夫ですよ。安心してください、将軍」


「な、何がだ……?」


「将軍のことは、仕事上のパートナーとして信頼しているわけです。私に対してこれからどのような対応をしようと、仕事上の付き合いは今まで通り何も変わりません。勿論、私が顔を出しにくいからと休むこともありません。今のところ、銀狼の方も補佐官がなかなか育っていないので、私が副官から外されることもないでしょうね。ティファニー将軍もまだまだ現役ですし、戦時でもないわけですから『銀狼将』の引き継ぎも必要ありませんし」


「……え、ええと」


「私がそのように、将軍のことを考えているということだけ分かっていただければ。エスティ王国との最前線から、ずっと秘めていた想いですからね。いつになれば気付いてくれるのかと思っていましたけど、もう永遠に気付きそうにないので言ってみました」


 何をどう安心しろというのか。

 とりあえず、ステイシーがそういう気持ちであるということは分かった。だが、今までそういう目で見たことがない以上、どう答えればいいのかさっぱり分からない。

 そもそも妹のことだけ考えていれば幸せだったはずのリクハルドだというのに、最近頭が痛くなることばかりである。


「ああ、安心してほしいと申し上げた件ですが」


「……ああ」


「どこの馬の骨かは分かりませんが、ルートヴィヒ将軍に女性を紹介してもらうくらいなら、私でと思っただけです。将軍が妹のことを愛していることは重々承知しておりますし、妹に愛を囁くのも存分にどうぞ。ただ、将軍の外見だけを見てファンになったとかいう小娘に誑かされる前に、せめて意識はしておいてもらわないと」


「……俺は、お前が何を言っているのか分からん」


「おや。割と分かりやすく言っているつもりなのですけれど」


 ステイシーが、言いながら肩をすくめる。

 勿論、ステイシーが何を言いたいのか、何を求めているのか、そのくらいのことはリクハルドにだって分かっている。ただ、それを認めてしまうと、全ての関係が終わる気がしてしまうのだ。

 このまま――仕事上のパートナーという関係すら。


「まぁ、心の端にでも留めておいてください。今すぐ答えろとは言いませんから」


「……」


「大体、将軍に愛を告白して、受け入れてもらう方法なんて簡単なんですよ。それをしていないだけでも、評価してほしいものです」


「……何、だと?」


 ステイシーの言葉に、眉根を寄せる。

 愛を告白して、受け入れてもらうなんて簡単――そんなわけがない。

 リクハルドにだって好みはあるし(主に妹)、愛を囁く対象だって選ぶし(主に妹)、共に過ごしたいと思う相手だっている(主に妹)。

 そんなリクハルドが、まるで簡単に落ちるみたいな――。


「おや、お疑いですか?」


「当たり前だ、お前、何を言って……」


「お兄ちゃん、あたしをお嫁にしてください!」


「ぶごふぅっ!」


 思った以上の破壊力を持っていた。

 無意識のうちに承諾して抱きしめてしまうのではないかと思うほどの一撃である。もしもリクハルドとステイシーの間にテーブルがなければ、きっと無意識のうちに抱きしめてしまったのではなかろうか。

 妹への愛が限界突破しようとしている己を抑えながら、必死にステイシーを見る。


「ほら、やっぱりちょろいんですよ、将軍は」


「う、ぐぐ……」


 そんなことはない、そう反論したいけれど。

 結局、お兄ちゃんと呼んでくれる相手であれば無条件に承諾しそうになる――そんな自分の悪癖に、リクハルドはただ頭を抱えた。

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