第32話 その意味の重み

『みんなOKだって』


 マネージャーさん――今は何らかの理由で違うらしいけど――のメッセージを受け取って、そのままマンションの外を見る。

 そこには今まで見たこともないくらい、たくさんの人のが集まっていた。

 狙いはおそらく僕。

 今日報道されたという、白石さんの熱愛報道を追っている記者たちだ。

 試しにつけているテレビではウチの様子は流れていないが、そのうちこの様子も流れるのだろう。


「……それじゃあ、行くね」


 父さんたちにそう告げて、僕は部屋を出て行く。

 彼らは僕を心配そうに見つめていたものの、やがて納得したようにうなずくと、そのまま僕を見守っていった。


「――ギャラクシーズ! の――」

「――という報道が――」

「――実際はどう――」


 四方八方にキャスターの人たちが集まってきている。

 僕が扉を開けると、彼らが一斉にこちらへと視線を向け、続いてマイクを向けた。

 色々な質問があるけれど、どれもこれも聞きたいことは同じものばかりだ。

 ――つまり、白石さんとの関係はどんなものか、という。


「……皆様がお考えのものは基本的に事実です」


 だから、僕は毅然として答えた。

 一瞬彼らの中に静寂が走り、次第にどよめきへと変わっていく。


「いつ頃からですか!」

「つい最近です。そこまで長く付き合っているわけではありません」

「彼女はあなたとの交際を理由にして仕事を手に入れたのではないかといううわさがありますが!」

「それは嘘です。僕は彼女の仕事に対して何ひとつ口を出していません。僕はただの素人ですから」


 彼らが出してくる質問は虚実ないまぜになっていて、僕はそれぞれに適切な答えを出せるよう気を付けながら答えていく。

 だんだんと記者のトーンが落ちていくなか、最後にとあるひとりが大きな声を上げて僕に質問した。


「白石海さんとの交際と、それによる影響についてはどうお考えですか!」


 ――白石さんとの交際について、か。

 たぶん、これは相当核心にせまった質問なのだろう。

 これの答え次第でそれぞれの雑誌の見出しが変わってもおかしくない。

 だから僕は大きく深呼吸をして、質問をした記者の目をまっすぐ見つめて答えた。


「……まず、こうやってファンの皆様に動揺を与えてしまったことを謝罪します。申し訳ありません」


 大きく頭を下げると、パシャパシャとカメラのシャッター音が聞こえる。

 回数があまりにも多すぎて、一体どこからなっているのかわからなくなってしまうほどだ。


「ただ、これは彼女の――白石海さんのせいではありません。すべて、確認を怠った僕の責任です」

「では、アイドルが交際するという事実自体はどうお考えですか!」

「それは――」


 前をまっすぐにむいて、はっきりと言う。


「アイドルは確かに芸能人ですが、その前にひとりの女の子です。彼ら彼女らが人並みの幸せを得ようとするのを止める権利は誰にもないと思います」


 ――とはいえ、その事実にショックを受けるという人がいること自体は理解できなくもない。


「そうは言っても彼女たちはアイドルとして人々に元気を与える存在です。だからこそ、僕たちのような存在が彼女たちのプライベートを大切に守っていく必要があるのではないでしょうか」


 記者たちが言葉につまる。

 もちろん、これで彼らが白石さんを擁護するような記事を書くようになるとは思わない。

 それでも言いたいことは言った。


「……できれば、この発言だけは記事にしてください。他はどう扱っても構いませんから」


 僕はそう言って、マネージャーの人から伝えられた場所へと走って行った。


◇ ◇ ◇


「……あら、来てくれたのね」


 メッセージで伝えられた場所――中央にある高層ビルの地下駐車場だ――へ向かうと、そこでマネージャーと土田さんが待っていた。


「うみうみ……じゃなくて、白石は気まずいみたいだからな、私が来ている」


 初対面ということで軽く挨拶をすませると、土田さんがそう補足する。

 どうやら白石さんは控室の方で待っているらしい。


「それじゃあ、控室の方に向かいましょうか」


 マネージャーにそう言われて、ビルの内部へと入っていく。

 しばらく歩いてエレベーターまで向かうと、土田さんが5階を押して、そのまままっすぐ目的の階へと昇っていく。


「簡単な話だけは聞いている。……気持ちは理解できなくはないが、白石のことも考えてくれないか」


 モーター音だけが響く静かな室内で、土田さんがそう切り出した。

 おそらく、あの喧嘩のことを言っているのだろう。


「それはそうなんでしょうけど、今の僕は白石さんと釣り合っていないような気がして」


 だからもっと成長したいんです。

 そう答えると、ふたりは呆れたような顔をして僕を見つめた。


「……だからと言って、海外留学する?」


 マネージャーが問いかける。


「そ、それは……」

「……別にするべきじゃないって言いたいわけじゃないの。けど白石ちゃんはあなたの存在に助けられている」


 そのことをよく考えて、その上で決めた方が良いわよ?

 マネージャーのその言葉は、今の僕に重く響いた。


「……私としては、白石と君の交際をあまり歓迎できない」


 土田さんがそう切り出す。


「アイドルとは多くの者へと夢を与えるものであり、特定の恋人がいてはその矛先が鈍ってしまうと考えているからだ。……しかし」


 彼女が僕の眼を見て続ける。


「彼女は君のためにアイドルになった。その重みを理解していないわけではない。……君ももう少し、その意味を考えた方が良い」


 土田さんのその言葉とほぼ同時に、エレベーターのドアが開いた。

 ……白石さんがアイドルになった理由である重み、か。

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